第317話●きだまきしコンサートに未亜が出演

「ドキドキだよー。」

「初めての客層だもんな。」


 いま未亜と俺は有楽町の東京ユニオンフォーラム大ホールの楽屋にいる。もちろんきだまきしさんのコンサートに未亜が出演するためだ。今回のコンサート、6月17日と18日の二日間にわたって出演することになっている。今日は途中できださんから呼ばれてステージへ姿を見せ、簡単なMCをしたあとでまずはきださんが大好きだという「円山町の夜に」を歌う。そして、そのままなにもMCをせずに「あなただけにアンコール」を披露するという鬼のような流れになっている。また太田さんが仕組んだのかと思ったら、前に顔合わせをした際にきださんが「インパクトが欲しいよね。早緑さんならいけるってー!」というリクエストを出したのだそうだ。芸能界はけっこうこういうノリで動くのだろうか?


 それはともかく、いまはリハも全て終えて、楽屋で待機中となっている。きださんのコンサートはとにかくMCが長くて終演予定をかなり押すという話を聞いていたのだけど、昔はともかくいまはだいぶ普通になってきているそうで、ゲストの出演タイミングはそんなにずれないことが判っている。ちなみに「あなただけにアンコール」が誕生した市川でのコンサートは17時開演19時終演予定の所が19時25分終演になったそうだが、その三日後に川崎でやったコンサートではほぼ定時だったとのこと。今日は17時開場18時開演で終演は20時30分予定なので、まあ、そんなに大変なことにはならないだろうと思う。


「早緑さん、そろそろ出番です。舞台袖までお願いします。」

「はい!」

「頑張って!ここのモニタで見ているからね。」

「うん、ありがとう!」


 未亜がスタッフの方に呼ばれて楽屋からステージ袖へと移動した。事前にもらっている進行表によるといま歌っている「セルゲイまたは漢口租界」という曲のあとにMCで呼ばれることになっている。それにしてもこの曲、戦争の悲惨さを間接的な表現で伝えていて、本当にすごい曲を書く人なんだなあ……。おっ、曲が終わったぞ。


「『遠いキーウの空で』『セルゲイまたは漢口租界』と続けて聞いていただきました。戦争はいけないと判ってはいても人は過ちを繰り返してしまう。その切なさのようなものを感じていただければ、それがきっと次の平和につながる、僕はそう信じて歌を歌っています。……ありがとうございます。さて、実は今日はスペシャルなゲストをお招きしております。入っていただきましょう、早緑美愛さんです。どうぞ!」


 呼び込まれた未亜が少し緊張した面持ちでステージ上へ姿を現すとひときわ大きな拍手が贈られる。ありがたいことだなあ。真ん中まで来ると一礼をして顔を上げる。


「初めまして、早緑美愛ともうします。」

「早緑さん、今日はわざわざありがとうね。」

「いえいえ、こちらこそお招きいただきましてありがとうございます。」

「今年の正月にNKHでやったいつもの番組の時にも話したんですが、僕は早緑さんの曲を聴いて感じるものがあったんです。最近の若い人であれだけ難しいバラードを何曲も歌いこなして、どれもちゃんとみんなが聴く曲に昇華させているのが本当にすごくてね。」

「ありがとうございます。」

「それで、ぜひ早緑さんの歌声を皆様にも聞いていただきたくて今日は僕のコンサートにお招きしました。じゃあ、早速お願いできますか。」

「はい、判りました!」

「早緑美愛さんで『円山町の夜に』です。どうぞ。」


 きださんが下手に捌け、きださんのバックで演奏されているバンドの皆さんが演奏をはじめたあと、未亜が歌い始める。会場の様子はモニタからだとちょっと見にくいけど、嫌な感じではなさそうだ。未亜のほうは、いつもに増していい感じで歌えている。東京ユニオンフォーラム大ホールはとても音響がいいと聞くから歌いやすいのかもなあ。

 さて、「円山町の夜に」を歌い終わった。ここからがある意味本番だな。拍手が途切れた絶妙のタイミングで、バックバンドの皆さんが、新曲の演奏をはじめる。なんか会場が全体にざわついている感じがする。「円山町の夜に」はお正月に歌っているから聞いたことのある人も多かったと思うけど、こちらは完全に初出しだからもしかしたら未亜が普段歌っている別の曲だと思われているのかも。完全初出しを早緑美愛のファンではない、ある種アウェイな環境で歌うという状況なのに本当にすごい伸びのある歌声が披露できている。おっ、2番の途中で予定通りきださんが入ってきたぞ。オーラスではきださんが絶妙なハモりを入れている!さすがトップミュージシャンだけあって、この音域でもちゃんと対応してくるんだなあ……。無事に一曲披露したところできださんのトークかな?


「2曲目、驚いた方も多かったと思いますが、実は僕が早緑さんに書いた新曲で今日が初披露です。」


 おお、会場からどよめきと大きな拍手が。


「曲名は『あなただけにアンコール』っていうんですけどね。実は早緑さんに曲を書くという約束を正月の番組でしていたんですけど、市川のコンサートの最中に急にインスピレーションが沸きまして。その日の夜、ホテルで一気に作り上げたのがいま聞いていただいた『あなただけにアンコール』です。市川で聞いていた人、なんかいつもと違っていたでしょ?いいことがあったから乗っちゃってね。最近はちゃんと予定通り終わらせてたのに市川は30分近く伸びちゃったのはこれが原因。来てた人はお得だったねー。」


 おお、ここで会場から笑いが。雰囲気を上手く和やかにするのはさすがだ。


「早緑さん、歌ってみてどうだった?」

「とても楽しかったです!きださんのハモりも本当に温かくて、感動しながら歌っていました。」

「皆さん聞きました?僕のハモりを『温かい』って表現するんですよ。なかなか出来ない表現でしょ。」

「あっ、そ、そうですかね。あはは。」

「早緑さんはそれでいいと思うからね。そのままぜひ進んで下さい。」

「ありがとうございます!」

「いま歌って下さった曲は12月くらいに発売予定でしたっけ?」

「はい、まだ詳細は決まっていませんが、12月くらいの予定と聞いています。」

「紅白で僕が感動の涙を流した早緑さんのオリジナル曲『主役』と『My dream, Your dream』っていう曲も収録されるんだってね。」

「そうなんです!」


 あれ!?それいっちゃっていい情報なのか!?


「『My dream, Your dream』は僕と前に『野母崎のもざき』っていう曲を共作してくれた大佐古おおさこくんが書いたそうで、歌っていてどう?」

「とても楽しくなって前に進みたくなる曲ですね。ありがたいことにみなさんからも評価していただけていて、本当に嬉しいです。」

「これも大佐古カズユキならではのいい曲だよね。発売日が決まったら僕の公式ツインスターアカウントからマネージャーの広畑がツイストするんでね。良かったら買って下さい。」

「あっ、宣伝ありがとうございます!」

「宣伝は基本、だからね。今日歌ってくれた『あなただけにアンコール』は明日も歌ってもらうのともう一曲はまた別の曲を歌ってもらう予定なので、明日も来られる方は楽しみにしていて下さい。」

「明日もよろしくお願いします!」

「今日はありがとうね。」

「こちらこそ、ありがとうございました!」

「スペシャルゲスト、早緑美愛さんでした!大きな拍手を!」


 こんな大舞台でも動じることなく歌って話してって出来る俺のフィアンセは本当にすごいな!明日も楽しみだ!

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