第299話●「My dream, Your dream」渋谷公演前日

 さあ、今日は「My dream, Your dream」渋谷公演の前日だ!といっても木曜日は大学の授業があるので、会場入りは16時少し前になる。6号館裏のパーキングメーターで智沙都さんが待機しているということで、未亜と華菜恵さん、リハを見たいという希望を出していた紗和さんの4人で一緒に大学を出る。6号館裏から白山通りへ出ると歩道の所に智沙都さんが立っていて、車道には白いファイアードが止まっている。


「あれ?智沙都さん、今日はこれですか?」

「うん!華菜恵ちゃん、実は今朝、一足早く共用社用車を支給してもらえたんだ!」

「えっ!?そんな話、太田さん、昨日はしてなかったですよね!?」

「今朝いきなり駐車場に連れて行かれて、『これが智沙都に割り当てられた共用車』って。」

「色は希望した感じですか?」

「先週社内連絡で希望確認が回ってきたときに白を希望したから希望通りだね。あっ、これを先に渡しておくね!受け取った人はあらかじめ首からぶら下げてからどんどん乗っちゃって!」


 手渡されたのはバックステージパス。未亜は黒の「Performer」、華菜恵さんは金の「Employee」、紗和さんと俺は緑の「Related Person」となっている。智沙都さんが付けているのももちろん金色。これがないと自由に動けないもんね。

 社用車に乗り込むと当たり前だけど新車独特の匂いがする。華菜恵さんは助手席に乗り、後部座席には3人が座る。


「太田さんのところはこれから二台体制になるから機動力が上がりますね。」

「そうなんだよー。社用車が割り当てられたっていうことは私もいよいよ独り立ちしなさいっていうことなので緊張するね!」

「車の運転は大変ですよね。」

「華菜恵ちゃんにももしかしたら社用車の割り当てがあるかもよ!」

「ええっ!?私、短時間社員ですよ!?」

「大崎はアルバイトでも状況によっては共用社用車が割り当てられることがあるからね。まして太田さん、いま売れっ子のアイドルを三人とこれから売り出していく優璃ちゃん、さらにラジオ出演とかが増えそうな雨東先生もいて、マネージャが立ち会わないといけないタイミングとか送り迎えとかが増えるかもだからね。」

「私は軽自動車を貸してもらうことにしたいです……。」

「あはは、太田さんに頼んでみるといいかも!」


 そうかあ、華菜恵さんが運転する車に乗る機会も出てくるかもしれないんだなあ。それはそれで面白いけどな。

 白山を出た社用車は護国寺から首都高に乗る。都心環状線を通過して、外苑の出口から国立競技場の脇を抜け、渋谷シアターアリーナへとひた走る。


「なんか大きな建物が!」

「あれは渋谷サッカースタジアムだよ。」

「この前は渋谷駅から井の頭通りを歩いたのでスタジアムは初めて見ました。」

「あの下に渋アリが入ってるね。」


 前方二人のそんな会話を聴きながら、車は施設専用道へと入っていく。この前タクシーで来たときには直進した、「駐車場搬入口」という看板の付いた左折路を曲がって進む。途中、「フドパ」「シネマズ」「鶴亀座丸座」「競技場」「演舞場」などと書かれた信号付きの分かれ道が次々と右斜め前に分岐していく。これはそれぞれの搬入口と駐車場が分離して用意されているということなんだなあ。全体的に道幅と天井がゆったりしていて、直角ではなく、斜めに分岐していくのが面白い。最後、Yの字になった突き当たりで車は右折した。初めて見かけた左の道には「スタジアム」、右には「アリーナ」と書かれている。

 右折してすぐの所にまた検問所があって、智沙都さんが再び社員証を見せているようだ。検問を無事に通過して、しばらく進むと20台くらいの駐車場とエレベーターホールらしき所が見えてきた。一番手前の右側には大きな荷物用エレベーターも見える。車は奥にあるエレベーターホールのすぐそばに止められた。


「はい、着いたよ!」

「こんな風になっているのかあ。」

「『大道具昇降』って書かれている荷物用のエレベーターのあたりはずいぶん広く場所が取られているんですね。」

「あとなんか駐車場の割に天井が高い!」

「ステージセットやバンドセットの搬出入用にウィングボディの10トントラックとかも入ってくるからね。」

「あっ、それで、道が直角じゃなくて斜めに分岐しているんですね。」

「大型車は旋回する幅がたくさんいるからね。」

「なるほど!」


 日々、面白い発見があるよなあ、と思いながら、バックステージパスをぶら下げたまま、智沙都さんに連れられてエレベーターホールへと進む。警備員さんにバックステージパスを見せた上で楽屋専用と書かれたセキュリティエリアに入ってそのまま地下4階へ直結したエレベーターで降りると3月にも来た楽屋スペースが見えてきた。こけら落としの時は鶴本さんが使っていた「楽屋B4B21」が今回は未亜の楽屋となる。

 「楽屋B4B21」に入ると珍しく太田さんが待機していた。智沙都さん・華菜恵さん・紗和さん・未亜・俺が全員楽屋に入ると太田さんがいきなり話を切り出してくる。


「ちょっと急ぎで美愛の意思を確認したいことがあるんだけど、その前に儘田先生、ごめん、ちょっと守秘義務のある話をするから中央のラウンジのところで待っていてくれるかな?」

「あっ、はい、判りました!」

「私も一緒に行くね。」

「華菜恵、ありがとう!」

「華菜恵にはあとで伝達するわね。」

「お願いします!」


 華菜恵さんが紗和さんを連れて楽屋の外へ出て行った。仲間だけど関係者外秘の話は仕方ないよね。ある種、俺が例外だし。

 ドアが閉まったタイミングで太田さんがおもむろに書類を取り出して話し始める。


「この資料を見て欲しい。」


 太田さんがテーブルの上に置いた書面の表紙には「アイドルプロデューサーシンデレラライブ岩井いわい莉麻りま役募集要項」と書いてある。


「えっ!ドルプロですか?」

「そうよ。ちなみにこれオクダイナンコさんからの指名よ。」

「指名なんですか!?」

「大石くんに聞いたらドルプロって完全競争のオーディションのほかにたまに指名オーディションが来るんだって。指名オーディションはほかの役を演じているのを見て、このアイドルのイメージに合っていると思われるっていう場合に来るんだけど、今回はこの岩井莉麻の声に美愛の声があっているって思ってくれたっていうことね。」

「嬉しいですね……。」

「ドルプロが取れると大きいわよ。コンスタントに声の仕事があって、年に一回は必ずライブもあるコンテンツだからね。」

「役のライブって大変そうですね。」

「うん、早緑美愛ではなく、その役として歌うからね。美愛の役者経験値としてもシンガー経験値としても絶好の機会ではある。まあ、まずはオーディションに受かってからだけど。受けてみるっていうことでいいかな?」

「はい!ぜひお願いします!」

「わかった。オクダイナンコさんに連絡しておく。オーディション日程が決まったら連絡するわ。」

「わかりました!」


 これは嬉しい話が来た!未亜には頑張って欲しいなあ!みんなで楽屋を出て中央のラウンジの所へ行くと紗和さんと華菜恵さんがお茶を飲みながら楽しそうに話をしていた。


「儘田先生、みんなで来たのにごめんね。」

「いえいえ!大崎がたとえ仲間内であってもちゃんと守秘義務を守っていることが判って逆に安心しました!」

「そういってもらえると助かるわ。」


 紗和さんもこの世界にいる人だから特に気分を害してはいないようで一安心。


「じゃあ、美愛は早速準備して。ウォーミングアップが終わったらすぐにリハに入る。智沙都と華菜恵は事務局で仕事をお願い。雨東先生と儘田先生はライブスタッフに誘導させるからスタンド席から見学してて。」


 早速ライブスタッフの方に誘導いただいて、スタンド席へ向かう。楽屋から直接客席へ行くことの出来る別のエレベーターがあるのか。座席にたどり着いたところで、スマホが震える。白子さんからの電話か。


「はい、お電話取りました。」

『あっ、雨東先生、白子です。突然の電話、すみません。』

「いえいえ。」

『先ほど弊社側の決済も下りたのでお知らせしておきます。ヤン聖の書籍化が正式に決まりました。』

「ありがとうございます!」

『拝見している感じでは、おそらくそろそろ区切りなのではないかと思うのですが、いかがですか?』

「そうですね。5月2日の51話から第一章の後半に入って、展開が動きます。」

『そうしたら51話以降を第二章としていただいて、第一章を第一巻としたいのですがよろしいですか?』

「はい、そうしたらあとでそうしておきます。」

『ありがとうございます。では、ニュースリリースを打つタイミングは、第二章に入った直後の5月3日0時で太田さんと調整させていただきますね。』

「了解しました。」

『外伝もいい感じなので、6巻の刊行を社内で調整掛けています。』

「おおっ!」

『コミカライズの4巻も内諾もらったので、上手く条件が整えば、来年1月のアニメ第二期と同時にせまじょ6巻、コミカライズ4巻、ヤン聖1巻を出したいと思っています。』

「それはすごいですね!?」

『来年はアプリも動きますから、ここが攻め時だと思っています。』

「なるほど!楽しみです。よろしくお願いします。」


 ヤン聖の書籍化だけじゃなくて、なんかいろいろと決まった!一時期がウソみたいに順調になってくれて本当に嬉しい。コツコツ頑張っていかないとだなあ。


 席に戻るとちょうどリハが始まるところだった。リハから既に迫力満点。バーチャルの部分は天井に格納されている透過スクリーンが降りてきて、そこに投影されるようなのだけど、仕組みは社外秘だそうで詳細はわからなかった。多分聞いても判らないと思うけどね。明日はスタンド席に上下を挟まれたラウンジエリアでみることになるんだけど、また違った景色が見えそう。楽しみだ!

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