第268話●雨東作品の良さとは

 落ち着かない時間をしばらく過ごしていたら白子さんがおもむろに顔を上げて真剣な顔でこう語りはじめた。


「……先生、まず、『ヤン聖』の前にこの前連載が終わった前回作に関して、少し厳しいお話をしてもよろしいでしょうか。」

「は、はい!」

「失礼ないい方になってしまって大変恐縮なのですが、率直に申し上げると前回作の連載中に編集部では『せまじょの今後に関して見直した方がいいのでは?』という声も一部で上がっていたんです。」

「えっ!」

「前提として、投稿サイトで投稿されている作品は手習いも多いので、そこで酷評されていてもすでに出版されている作品が売れていれば影響が及ぶことはありません。あくまで作品単位での話になりますので。しかし、今回は、公的な立ち位置をお持ちの方々から編集部へ先生自身が女性蔑視の思想を持っているのではないか、というクレームが来てしまったんです。投稿サイトまで見るようなケースはあまりないのにそんな話になってしまったのは、おそらくは先生がそうした活動をされている皆様の間で好感をもたれていて、変な注目が集まってしまっていたのが遠因だとは思います。」

「そうでしたか……。」


 前に朋夏さんが乗り込んできたときに「女性を下に扱っているように見える」っていわれたけど、あれって朋夏さんだけじゃなくてほかの女性にも思われてしまっていたのか。慣れないことをいきなり全面展開しようとしたせいで表現が稚拙すぎたのかもしれないな……。


「もちろん、あからさまな差別表現ではないですし、複数の女性社員に確認してもらっても全員気にならないという意見だったものですから、すぐに結論を出すべき話ではないということで、翌日以降も様子を見ていました。ところが残念ながらあまり状況に変化がなく、ので、SNSなどで火が付く前にせまじょの今後に関しても見直しをした方がいいんじゃないかという意見が出始めてしまいまして……。」

「なるほど……。」

「もちろんいきなり『5巻はやっぱり出しません』みたいなことはないんですけどね。世間の反響を見極めるためにせまじょの展開もいま決まっているもの以外はいったん様子見にしようと。もし、そうなっていたら6巻の時期だけでなく、付帯していろいろと動いていたものについて影響が出かねない感じでした。それで、太田さんへこの辺の話を正直にお伝えしまして、太田さんとは一度先生とした方がいいということになりました。」


 なるほど、日向夏さんの配信で女性蔑視ではないという言及が入ったのって、白子さんとのやりとりを受けたものだったのか。


「ちょうどそのタイミングで近況ノートに『3月11日で連載終了、新作構想中』と告知があったので、編集部内でも太田さんとも作品の締め方と次回作の状況で判断しようということになっていたんです。」

「やはり打ち切りは正解だったわけですね。」

「本音ベースで申し上げると『YES』です。私の個人的な考えを申し上げるとこの手のキャンセルカルチャーみたいな動きには同意しかねる部分があるのですが、会社としてはそうも行かず……。実際、その方向を先生に打診させていただこうと思っておりました。」

「そうだったんですね……。コメントにはそういう話が一切なかったので、まさか女性蔑視だと思われているなんて想像もしませんでした。」

「あの手の活動をされている方々は、直接本人との対話をせずに周辺へクレームを出す傾向が年々強まっているんです。フィクションとはいえ、指摘事項には理解出来る部分もあるだけになかなか対応に苦慮します。まあ、ジェンダーの問題はナーバスになる案件なものでして……。」


 そういう白子さんは遠くを見ていた。俺の件以外でもいろいろとなんか日々大変そうな感じだなあ……。


「あの作品、出だしは悪くはない状況だったんですけど、なぜ6話からあんな急展開してしまった感じなんでしょう?」

「今回、書くに当たって読んでいたラブコメがどれもけっこう早い段階でカオスな状況になって、それがエッセンスになって作品の面白さを醸し出していたので、そういう方がよいのではないかって考えたんです。ハーレムっぽいドタバタ劇みたいなことも早めにしたくて一気に詰め込んでしまった感じですね。自分が読んで好きだった参考作品に引っ張られすぎてしまったなあ、というのが率直なところです。」

「確かに作風によっては、そういう詰め込みドタバタ劇やハーレム展開がいきてくる先生もいらっしゃるのは事実ですね。なるほど、そういうことでしたか……。あと、先生がご存じかどうか判らないんですが、夢落ちって実は一番難しい落とし方で、読者をしらけさせてしまうことがそれなりの数あるんですよ。」

「そうなんですね。」

「はい、やっぱり夢落ちって定番なので、展開がテンプレになってしまって、そこまでの流れを台無しにしてまうケースが多いんです。それが、今回、突然謝罪されたときの奥さん側の困惑とそれでいて嬉しいという相反する微細な心情の動きを書き切ったことでテンプレ感なく、しかもきれいに落とすことが出来ています。さらに最後、6話以降の状況はあくまで夢の話であった、実際は奥さんが大事というメッセージを主人公の細かい行動や真情の吐露によって強く打ち出していただいたおかげで、。ラスト5話の展開はナイスリカバリでしたし、あのラストのおかげで編集部内の評価はむしろぐっと高まっています。」

「そういっていただけると……。良かったです。」

「そんな感じで前回作は、『導入当初、新しい方向性に上手く進めなかったことで先生の良さが完全に失われていて、結果としてが、その後にしっかりリカバリして、高く評価出来るラストへ持ち込めたのは、先生の文筆に関する土台がしっかりしているからで、今後の展開には期待出来る』というのが現時点における編集部の判断です。近況ノートの告知以降はいままでの作風に近づいて、展開がよくなりましたからね。」

「あの近況ノートのあと、早緑さんに未公開部分の感想をもらって、大幅に書き直しをしていったんです。ヤン聖のプロットも土台部分だけですが、早緑さんや日向夏さん、上水さん、マスケイさんに意見をもらいました。」

「そういうことでしたか。第三者、しかも女性の愛読者である早緑さんたちの意見を上手く取り入れられたのは好判断ですね。」

「よかったです。」


 白子さんは少し考えるようなそぶりをしながら天井を見上げた。数秒そうしていたかと思うとまた視線を戻して、語りはじめる。


「もしかしたら出版も決まっていない作品について相談することを遠慮されたのかもしれませんが、私たちは先生から生まれてきた作品を世の中の皆さんに楽しんでいただくことを目的にしている編集のプロです。せまじょもヤン聖もあるいはまだ見ぬ別作品も新しい方向性を模索されたり、展開に悩んだりされた際は、今後は遠慮せず、周囲の皆様だけでなく、私にもぜひ相談して下さい。全面的に協力させていただきます。」

「ありがとうございます。」


 白子さんはいい感じの微笑みを見せると話を続けた。


「一番最初に書籍化させていただくときにも申し上げたとおり、先生の長編作品は、ファンタジーな異世界もの、しかも転生ものではないのに登場人物の心の動きや行動がとてもリアルで、読者がその世界に入り込んでいける点を大きな特色としています。特に女性の心情や行動についての描写が緻密でリアリティがあります。」

「はい、それは伺ったことがあります。」

「今回のような詰め込みドタバタ劇やハーレムものと先生の作風は真逆なんですね。」

「なるほど……。」

「もちろん、新しいスタイルに挑戦する姿勢は素晴らしいと思います。自分の作ったスタイルに固執してしまうあまり、進歩が止まる人は多いので。とはいえ、先生は、細かく丹念に心情を積み重ねていくスタイルが一番あっているし、得意なんだろうな、と改めて再認識しました。」


 白子さんはテーブルの上にあるペットボトルのお茶を一口含むと改めてまっすぐこちらを見て、こう語った。


「その上で、先生、このヤン聖ですが、うちから書籍化させて下さい。」

「えっ!?」

「あとコミカライズも検討させてください。それとアニメ化も視野に入れて根回ししたいですね。」

「ええっ!?もうそんなありがたいお話をいただけるんですか?!」

「はい、今回連載を始められた『ヤン聖』はせまじょ以上に情景や心情が精緻、それでいてくどくないテイスト、さらにはコメディの要素もちりばめられていて、6話まで読んだ時点で『これはいけるのでは』と。先生ならかなり先まで書き進められていて内容を確認できると考えまして、今日お時間をいただきました。そして、内容が私の期待以上だった、という感じです。」

「そういっていただけると嬉しいです。ありがとうございます。」

「個人的に先生が執筆の勘を取り戻されているなら大丈夫だろうと思いまして、この件は既に昨日編集会議にて仮承認を得ています。ほかから出されてしまうと困るので。正式にはこれから、弊社内の稟議に諮ったあと、あらためて太田さんと詰めさせていただきます。契約が成立した時点で、書籍化決定を広報させてください。」

「わ、判りました。」

「これで、先生の展開も2本柱になります。神撃マガジンで不定期に書いていただいている短編ものもそろそろ一冊分くらいになりそうなので、短編を集めた書籍化も話を進められると思います。」

「おおっ!ありがとうございます!」

「せまじょのアプリゲームはかなりいい話が出てきているので、こちらも楽しみにしていてください。大崎さんとうちはもうクリアなんですが、運営側と開発側との間でまだちょっと詳細が詰められていないので、まとまり次第改めて先生との合意を頂きたいと考えています。」

「そちらも楽しみです。」

「来年度は先生がもっと飛躍する年にしましょう。私も頑張ります。」

「はい!よろしくおねがいします!」


 よかった!本当に嬉しい話ばかりだ!来年度も頑張らないとな!

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