第267話●終わる物語、始まる物語

 3月9日は、本当はオフだったのだけど、4月7日から放送されるアニメ「赤い月と青い太陽」のアフレコ収録が始まるということで、未亜は朝から外出した。


 当初、未亜はアニメ「赤い月と青い太陽」には全く出演予定がなかったのだけど、チョイ役となる吟遊詩人イヴェット役で出演する予定だった声優さんが急な病気で療養に入ることから離脱することになって、代役が必要になった。まず原作者に相談が来たそうで、桜内先生から歌うシーンがあることからぜひ早緑美愛にしたいという強い希望で太田さんに打診があり、太田さんと未亜で相談した結果、アニメ「私とあなたの200日」への出演前の経験作りという観点から受けることになったそうだ。アニメ「赤い月と青い太陽」が最近のアニメとしては珍しくKAKUKAWAの単独制作で、未亜が主題歌などを歌う予定もなく、さらにBlu-rayがKAKUKAWAからの発売予定だったのも良かったらしい。ブラジリアさんには一応確認をしたそうだけど快諾だったようだ。まあ、ブラジリアさん、KAKUKAWAのアニメ作品にけっこう関わっているもんなあ。


 午前中に大崎ビルのレッスンスタジオを使ってあらためてアフレコのやり方を一通り教えてもらったあと、午後は顔合わせから打ち合わせをして実際にアフレコをしたのだとか。最終確定と発表が昨日という状況だったこともあり、かなり慌ただしいスケジュールとなったもののかなり充実した一日を過ごせたようで、満面の笑みで帰宅した。


「声優さんってすごいね!」

「そんなにすごいんだね。」

「私はそんなにセリフがあるわけではないからほとんど見学みたいなものだったんだけど、ベテランの声優さんたちのすごさを見せつけられて、私はまだまだだなあって実感したよ。彩春がものすごい光ってた!彼女はやっぱり本職だねえ……。」


 去年から演技レッスンの一環で声優としての演技レッスンは受けているものの実際の収録をしたわけではないから得るものがいろいろあったみたいだ。


「そういえば、ライブ、一般発売は5分で完売したって!」

「そんなに早かったの!?」

「さっき、太田さんから教えてもらったんだ。」

「未亜は本当にすごいなあ。」

「圭司に支えてもらっているからだよ。」

「俺も頑張らないとな!」

「新作、楽しみにしているよ!」


 その新作の前に「単なる木こりなのに回復役はそんなにいりません!」が11日に連載を終了した。夢落ちに入った残り5話の段階でPVがある程度回復して、コメントも再び付くようになったけど、みんなこのオチで納得してくれたみたいだ。ちょっと一安心。


「おじゃまします!」

「入って入って!」


「単なる木こりなのに回復役はそんなにいりません!」の連載を終わらせたその日、40話分の書きためが終わった「ヤンデレ聖女ってなんですか!?私は普通の聖女ですよ!?」を先達である明貴子さんに読んでもらおう、ということで、1705を訪問する。瑠乃さんはトーク番組のゲストで不在ということで、明貴子さんだけが部屋にいた。

 ダイニングに招かれて、タブレットを取り出し、早速読んでもらう。ものすごい真剣に読んでくれている。ありがたいなあ……。


「……これすごいね。」

「そう?」

「うん。私には書けない物語だよ。」

「そんなに!?えっ、どの辺が?」

「設定もセリフも内容も全部ファンタジーなのになぜか自分の身近で起きている現代劇のように感じる。せまじょもそんな感じだったけど、これはよりそう感じるね。すごいなあ。」

「明貴子さんにそこまでいってもらえるとなんか嬉しいな。」

「私もそんなにたいそうなことはいえないんだけどね。うん、これは頑張らないと。負けてられない。」

「そこまでいってくれると嬉しい。お互い、切磋琢磨していきたいね。」

「うん頑張ろう!」


 そういうと明貴子さんは右手を差し出す。俺も右手を出して、固く握手をした。よし、あとは公開だけだ!


 そして、翌12日に「ヤンデレ聖女ってなんですか!?私は普通の聖女ですよ!?」の公開を始める。プロローグを0時に公開したあと、17時に「ヤン聖」の第1話が公開された。せまじょは隔日連載だけど、「ヤン聖」は100話くらいに終わる予定の第一部までは毎日連載ということにしている。

 13日に初日のPVを確認するとざっくりせまじょの半分くらい。前回作の初日と比べると三分の一程度でスタートした。16日の第5話公開まで割と順調に推移していて、コメントも前回作の辛かった時期と比較してほめてくれるものが多い。


「いい出だしだね。」

「うん、よかったよ。」

「コメントもいい感じだね。」

「ちょっとほっとしてる。」


 17日に6話を公開した直後、KAKUKAWAの白子さんから電話が入る。


『あっ、先生、お久しぶりです。』

『ご無沙汰しています。』

『先生、明日ってお時間ありますか?』

『はい、大丈夫ですよ。』

『よかった。今後のことをいろいろとお話ししたいので、お手数ですが、いつものように未公開の部分が確認できるノートPCかなにかを持参の上でご来社いただけると助かります。太田さんにはこの後連絡しておきます。10時頃はいかがですか?』

『はい、10時なら大丈夫です。』

『それじゃあ、よろしくお願いします。』


 どんな話が出るのか、とちょっとドキドキしながら翌日KAKUKAWAへ向かう。太田さんからは、連絡もらった件と内容を聞いた上でOKを出した旨、Tlackが来たのでそんなに変な話ではないのだろうな。


 一緒に家を出た未亜は、別のタクシーに乗ってライブの前日リハで有明の東京パークプレイハウスへ向かった。KAKUKAWAの打ち合わせが終わり次第、俺も有明へ向かう予定。ちなみに今晩から22日の朝まで東京パークプレイハウスに併設されているグランドパークヴィラホテル東京有明に宿泊する。荷物はあらかじめ送ってあるので、パソコンとタブレット以外は手ぶらでいけるのはとても楽。未亜もウイッグとかを送付済み。


「先生、本日はわざわざすみません。」

「いえいえ。」

「早速なんですけど、先に事務連絡を。」

「はい。」

「外伝とオーディオブックの発売日が4月26日に決まりました。」

「いよいよですね!」

「はい。昨日会議で最終決定したので、先ほど太田さんにはリリース内容含めで、一報入れてあります。明日にでも公式サイトで告知が出るかと。」

「判りました。予約特典はサイン会とかですか?」

「今回はサイン会は無しで、チェーン別購入者特典のみにしようと思っています。売れ行きが良ければ外伝第二章を考えているので、その際にはまたサイン会をお願いします。あとオーディオブックはサインのスペースがないのとCD扱いで販売ルートに乗るので、こちらもチェーン別購入者特典を幅広く展開する予定です。」

「SSを付ける感じですか?」

「いえ、外伝は後半で使っている挿絵を使ったポストカードか特製ブックカバーですね。オーディオブックは、出演された皆さんの複製サイン入りのブロマイドです。こちらの背景絵柄は外伝の前半で使っている挿絵から持っていきます。」

「なるほど、そういうことですね。判りました。」

「それで、今日はどちらかというとこちらが主題なんですけど、この前、連載がスタートしたヤン聖って、何話くらいまで書き進められていますか?」

「いまは未公開部分が54話ですね。」

「その量は、さすが先生ですね。いま拝見させていただくことは可能ですか?」

「はい、問題ないです。」


 タブレットを取り出し、ログインして、作品ページを開いた上で渡す。

 白子さんはじっくりと読み込んでいる。50話もあるので読み終わるまでにけっこうな時間がかかりそうだ。白子さんの評価がすごく気になるけどあとは待つしかないな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る