第259話●物語を書くことを学ぶには?

 朋夏さんの配信部屋をあとにして自室に戻って少し考える。

 今日のこれは、変な方向に行ってしまって、読者に誤解を与えていたものをいい感じに軌道修正出来るようにしたいという太田さんの判断で追加をしてくれたんだろう。そして、朋夏さんのトーク力でわざとらしくならないようなやりとりが出来て、その辺が上手く出来たんだと思う。これは太田さんの経験と朋夏さんの得意分野が組み合わさることで得られた果実だよね。


 前作では、別に問題ないだろうと経験のない不得意分野にもかかわらず気にせず、書き進めてしまったんだけど、未経験分野は、表現の引き出しがほとんどない、ということをちゃんと理解して、慎重に進めるべきだということを今回の件から学んだ。未亜もちゃんと基礎からレッスンを受けていまがあるんだもんなあ。


 とはいえ、物語の書き方みたいなのって、ダンスや歌のレッスンと違って、体系立てられた理論があるわけじゃない。前に小説の書き方講座みたいなものを受けてみようかと思って、通信講座だったり、市民講座だったりを調べてみたけど、内容がまちまちで、しかも「売れる文章の書き方」みたいなものばかりだった。そうやって考えると物語の書き方を学ぶのはけっこう難しいような気がする。

 あっ!そうか、物語って古今東西様々なものがあって、多くの人に愛されている作品も多いんだから、それを単に読むんじゃなくて、読解して深く理解することで表現の引き出しを広げられるんじゃないか?それって、自分が経験出来ていないことを文章という形ではあるけれど、補うことも出来る。文学部の授業にそんなのがあったらもぐってみたいな。よし、探してみるか。


 早速、講義情報雑誌ガイドブックを取り出してきて、何かないかを確認する。……おや?「他学部他学科開放科目」ってなんだ?

 履修要覧で確認するとこんなことが書いてあった。


 ★他学部他学科開放科目

 経営学部の学生が履修することができる他学部他学科の科目の総称です。基盤教育科目として卒業に必要な単位に含みます。ただし、単位として認定されるのは、22単位の履修単位数枠内に限ります。配当学年やセメスタは開講している学部・学科の配当学年に準じます。


 そんな便利な制度があったのか!春は大学の仕組みを知るのに手一杯だったし、秋はあんなことがあった直後で本音としては一杯一杯だったからちゃんと読み込めてなかったんだな……。しかもこれがちゃんと単位になるってすごい。しばらく開放科目を読み進めているとこんな科目があった。


 日本文化表象

 日本近代を代表する短編小説を通して日本の近代文化がどう変遷していったのかを学ぶ。また、日本人の感受性、価値観、心理の在り方についても考察を埋める手がかりを教授する。


 おおっ!これはなかなかいいんじゃないか!?文学部国際コミュニケーション学科の授業か。これは押さえておこう。ほかには、フランス文化・文学研究とドイツ文化・文学研究か。フランス文化の方は本当に文化そのものを学ぶんだな。ドイツ文化の方はグリム童話が題材になっているのか!せまじょにしても「ヤンデレ聖女ってなんですか!?私は普通の聖女ですよ!?」にしても世界観としては中世の欧州をイメージした異世界だからこの辺もちょうど良いかもしれない。これも文学部国際コミュニケーション学科の授業だな。未亜が帰ってきたらちょっと相談してみよう!


 いろいろと面白い発見もあり、なかなか楽しい感じになって筆が進む。とりあえず午前中に書き進めておいたプロローグから5話までのラフ原稿を公開可能な完成原稿へ仕上げたところで、小休憩をしてから次にせまじょの原稿を進める。こちらは引き続き、安定して書けている。今度終わらせる作品が荒れた時期にせまじょのコメント欄も荒れてPVも減ったけど、その後はPVも元に戻って安定しているから本当にありがたい。荒れたとはいっても女性蔑視みたいなコメントは書かれていなかったから太田さんの差し込みは謎のままだけど。

 16時過ぎからは、この4月から向学館こうがっかんの「週刊女性ファイブ」で隔週連載することになっている、俺が作った料理一品ひとしなの作り方と完成写真、作り方をまとめた「雨東さんのご飯」というエッセイを書き進めた。写真はどういう感じがいいかなあ、と太田さんに聞いてみたら、同期のマネージャさんたちを通じて、大崎に所属している料理研究家さんたちに聞いてくれたらしく、テーブルクロスを引いて、部屋の電気を消した上で、斜め後ろからLEDライトを当てるといいのだとか。この前機材が届いたので、試しにリンゴとかにんじんとかジャガイモとか、食材をいろいろと撮ってみたらなんかそれなりに撮れた感じがする。試しにいろいろと撮ってみて、未亜にも見てもらって美味しそうに撮れる方法を模索してみよう。


 ある程度進めたところで時計を見ると17時になっている。未亜は今日からライブのレッスンが始まるけど、初日ということで早めに帰れるっていっていたからそろそろ晩ご飯の準備を始めるかな。チラシを見たらジャガイモとにんじんがセールで特売になっていたから今日のディナーはシチューにしよう。


 じっくり煮込み始めて1時間くらいした19時に未亜が帰ってきた。シチューは大満足してもらえたようで何より。そして食後には授業の件を話してみる。未亜もかなり乗り気になってくれて、紗和さんとも授業をあわせたらいいんじゃないかという話になった。未亜から紗和さんへ連絡したところ、せっかくだからみんなで相談しようということになって、3月5日の夜に来期の受講科目相談ホームパーティが開催されることになった!いやあ、これは楽しみだなあ。

 そして、その流れで慧一からこんな話も流れた。


 マスケイ 21:58

 そうだ。みんなに伝えておくとストーカーの件、弁護士さんから連絡があって、刺そうとした奴は殺人未遂で起訴された。あとの二人は起訴するだけの証拠が出なかったんで、警察と弁護士さんの協議の結果、所定の手続きをした上で接近禁止命令になる予定だって。とりあえず山は越えたかな。みんな色々ありがとう。


 殺人未遂、うん、それくらいの重大事だったもんなあ。確かに山は越えたと思う。とりあえずは一安心かな。


 そんなみんなとのやりとりのあと、お風呂に入って、まったりしたタイミングで「ヤンデレ聖女ってなんですか!?私は普通の聖女ですよ!?」の扉ページに書くあらすじを読んでもらう。


「なるほど、こういう導入なんだね。これは連載が楽しみ!うん!私は好き!」

「良かった……。こんな感じで話を進めていくよ。」

「この物語は略称決めたの?」

「いや、まだ決めてないね。」

「そうしたら『ヤン聖やんせい』とかどうかな?いまぱっと思いついた。」

「あっ、それいいね。ほかで使われていないか、ちょっと調べてみる。……うん、使われてなさそうだね。」

「やった!一回略称付けてみたかったんだよね!」

「フィアンセである未亜に付けてもらえただけでなんかみんなにたくさん読んでもらえそうな気がしてくるよ。」

「それだといいなあ。あっ!朋夏と慧一くんにはいつくらいにあらすじ見せるの?」

「今のところ、20話あたりで王都の教会に聖女の話が伝わって大騒ぎになるプロットにしてあるんだけど、その辺まで書けば、あらすじの修正はまずないから読んでもらおうと思う。」

「うん、いい頃合いかもね。それで、連載はじめる前に本文については明貴子にも読んでもらうといいかも。」

「明貴子さん?」

「うん。前回はやめておいた方がっていったけど、やっぱりその道の先達には読んでもらっておいた方が良かったなっていうのが私の反省点。」

「いや、それを聴いて決断したのは俺だから。未亜は悪くないよ。」

「そういってもらえるのはありがたいけど、判断に影響しちゃったからさ。」

「じゃあ、これは二人の共同責任ということにしよう。まだ結婚はしていないけど、夫婦ってきっとそういうものだと思うし。」

「そうかな?」

「そうだよ。」

「ありがとう。ちょっと肩の荷が下りた。」

「二人で一緒に歩調を合わせて進んでいきたいからこれからも遠慮なく何かあったらちゃんといいあって、その結果が思わしくなかったら、二人で一緒にリカバーしていきたいな。これからも遠慮なく忌憚ない話の出来る、そんな関係でいよう。」

「そだね!」


 そのあとは二人でソファーに並んで座って、コーヒーを飲みながらまったり過ごす。本当に毎日が心地いいな。そうだ!未亜が29日から月末まで完全オフになるっていう話を太田さんに聞いたあと、密かに計画していたあのことも話さないと!

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