第233話●こっそり準備、そして温泉堪能

「居残り組の前にナイターへ行くみんなは、多分選び方が判っていると思うから先にレンタルウェアとか板とか選んじゃって。」


 彩春さんレンタルルームにみんなを誘導する。レンタル組は、志満さん、紅葉さん、慧一、幸大の4人か。あとのメンバーはみんなウェアとか板とか持っているんだなあ。すごい。


 届いていたスキーウェアやレンタルしたウェアにそれぞれの部屋で着替えてきた一行は、彩春さんのお母さんが運転するマイクロバスに乗って、ナイタースキーへと出かけていった。居残り組でナイター組を見送って、ロビーに戻ってくると一番最初に建物に入った彩春さんが立ち止まってこちらを振り返る。


「さて、みんなが出かけたところで、3人のレンタルウェアも選んじゃおうか。」


 俺たちも明日使うレンタルウェアとスキー板を選んでしまう。

 板は身長から見て5~10cmくらい短い方がいいとか、ブーツは柔らかめの幅広タイプがいいとか、ウェアは伸縮性のある方がいいとか、彩春さんが初心者である紗和さんと俺向けにいろいろとアドバイスをしてくれて本当に助かった。華菜恵さんは経験者だけあって、履き替えたりしながら自分で選んでいる。


「ウェアとかはそんなところかなー。」

「彩春にアドバイスもらえて助かった!ありがとうね。」

「気にしないでー!そうしたら3人にはちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど、準備してくるからウェアとかを部屋に置いたらロビーのソファーで待っていてくれるかな?」


 4人でレンタルウェアルームを出て、階段の方へ向かう。彩春さんは地下に降りていった。2人とは2階でいったんわかれ、俺は301に入って、ウェア・板・ブーツをクローゼットに入れてから1階へと戻る。程なく、紗和さんと華菜恵さんも戻ってきたので、ロビーのソファーに座って、3人で話をしていると続々と宿泊客が帰ってくる。みんな雪を落とすとそのまま客室へと上がっていった。ロビーの時計を見ると15時45分。なるほど16時からのディナーにあわせてちゃんと帰ってきているんだなあ。


「お待たせ。」

「いろはっち、なにをすればいい?」

「ディナー食べ終わったあと、大部屋で話をするときの飲み物とお菓子を買ってこようかと思うんだ。」

「あっ、それいいね!なんかすごい楽しみ!」

「それさ、あとで二人にも相談するけど、例の費用から出そう。」

「了解!」

「たかっち、本当にすごいよね。」

「えっ?なにが?」

「そういうのって普通、最低限にしちゃうと思うんだよね。みんなバイトとかはちゃんとしていて、別にお金がないわけでもないからさ。」

「今回の旅行で、みんなが楽しむことには、ちゃんとプールしてあるお金から出したいんだよね。みんなが仲良くなるためのお金だから。」

「いやあ、ほんと、圭司くんも未亜も朋夏もすごいよね。」


 何やら一方的に褒められながらペンションの外に出る。彩春さんはほかの車が止まっている方ではなく、玄関の左側へ進み、建物の角を左へ回り込んでさらに進む。


「そこの扉がシーツとかを置いておくリネン室。毎日、業者さんが来たときにそこの扉からすぐ出し入れ出来るようにしてあるの。」

「それで屋根もついているんだね。」

「雨や雪が降っているとせっかくクリーニングしてくれたリネン類が濡れちゃうからね。」

「なるほどね。」

「その向こう側にあるのが送迎用のワンボックスカー。」

「マイクロバスのほかにワンボックスもあるんだね!?」

「うん、送迎の人数によってはワンボックスの方がいいこともあるからね。夏場なんかだとゴルフ場はお父さんがマイクロバスで送迎、テニス場はお母さんがワンボックスで送迎みたいな感じで同時に出発することもあるんだ。」

「なるほどなあ。軽自動車の方は自家用車かな?」

「そうだよ。地方は一家に一台じゃなくて一人一台だから軽で十分なんだよね。それで、このグリーンのカンハツ・アクターが私の車。」

「えっ!車持ってるんだ!?」

「うん、東京に持ってきても乗れないし、駐車場代が大変だから実家ここに置きっぱなしだけどね。保険は家族全員運転する前提で付けてあるから、たまにお母さんに乗ってもらっているよ。」

「なるほどね。」

「維持費もバカにならないんだけど、声優としてちゃんと収入が見通せるようになったら、東京でも乗りたくてね。何しろ私が初めて買った車だから愛着があるんだよ。さあ、解錠したから乗っちゃって。」


 助手席には華菜恵さん、後ろの席に紗和さんと俺が座る。


「駅の方にハイソンコンビニがあるからそこまで行くね。」

「スーパーじゃないんだね。」

「うちからだと30分以上かかるからねー。」

「日頃のご飯はどうしているの?」

「お客様に出す材料のあまりを使って、まかないだよ。」

「なるほど!まかないか!」


 5分ちょっとでハイソンコンビニまでたどり着く。東京でも見慣れた青い看板はここでも健在のようだ。4人で話をしながらお菓子をカゴに入れ、飲み物も2リットルのペットボトルで、麦茶・ウーロン茶・オレンジジュース・コーラ・紅茶なんかを選ぶ。あとは部屋にはポットがあるのを確認しているので、インスタントコーヒーなんかも仕入れる。


「まだ16時半くらいか。とりあえずうちに戻って、適当にしゃべってようか。」

「ねえねえ、いろはっち!戻ったら温泉入りたい!」

「あっ!私も!」

「あっ、そうだね。大浴場がもう入れる時間で、いまほかの人たちは食事中だからちょうどいいかも。」

「俺ものんびり浸かってくるかな。」

「うん、堪能して。じゃあ、うちまで戻ろう!」


 再び彩春さんの運転で戻る。


「すごい走行が安定しているけど、特別な車?」

「さすがにこれは普通のディーラーで買った車だよ。雪道を走るから4WDにしてあるんだ。」

「そっか、それでなんか安定感があるんだね。札幌の実家の車も安定感があるから4WDなのかもなあ。」

「そうだ、飲み物は大部屋の冷蔵庫に入れておくけどお菓子はどうしようか。」

「華菜恵さん、いったん俺の方で預かるよ。彩春さん、それでいいよね?」

「うん、ありがとう!よろしくね!」


 ペンションまでたどり着くと一回部屋に戻って、お菓子類を机の上に置き、トイレを済ませたあと、タオル類を持って、大浴場へと向かう。先ほど案内を受けた浴室はとてもきれいで去年リニューアルしたというだけのことはある。身体を洗ったあとは、まず内風呂に軽く浸かり、そのあとは露天へ!露天風呂はとても寒いけど、湯船に浸かってしまえば頭が冷える感じになるので、とてもいい塩梅だ。

 風景を眺めるとちょうど日没くらいということもあって、夕焼けがとてもきれい。天気予報では、あさってまで概ね晴れということだから絶好のスキー日和といえるのかもしれない。それにしても滾々と湧き出る乳白色の硫黄泉が本当に気持ちがいい。名湯だよね。

 のんびり浸かっていると彩春さん、紗和さん、華菜恵さんの声が聞こえてきた。彼女たちも露天へ来たようだ。とりとめもない会話をしているのを聞いていると素はみんな何の変哲もない学生とかなんだよなあ、とあらためて思い起こす。それぞれのジャンルではトップクラスの活躍をしている人たちっていうのを忘れられるくらいの関係性ってやっぱり貴重だよね。


 あまり会話を長々と聞いているのも良くないので、室内に戻り、身体を普通のお湯で流して、しっかり拭いてから脱衣所へ戻る。入るときには気がつかなかったけど、脱衣所から洗い場へ行く扉の隣に温泉分析書が貼ってある。細かい成分はよく判らないので、よく判るところだけ見てみるとこんな感じだった。


 源泉名 安比星月(あっぴせいげつ)温泉

 湧出地 岩手県二戸郡安代町安比細野1145-14

 泉温  76.5℃(調査時における気温12.3℃)

 湧出量 測定せず(自然湧出)

 知覚的試験 白色濁不透明・無味・硫化水素臭

 ph値 7.4

 泉質 含硫黄-ナトリウム-硫酸塩泉(高張性中性高温泉)


 けっこう、高い温度で成分の濃い温泉なんだなあ。しかも自然湧出ということは少し掘ったら出てきたっていうことだろうから元々地表近くまでお湯が来ていたんだなあ。メインのあの匂いは硫黄臭ってよく言うけど、硫黄じゃなくて硫化水素の臭いなのか。すごい恵まれた自家源泉を持っているって、一つの売りになるだろうけど、それが完全に掛け流しって贅沢だよね。

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