第172話●シークレットライブ夜の部
俺でも感じなかった違和感、それを未亜が感じていて、しかも志満さんも華菜恵さんも感じていた。いつもと違うように思えなかったのは、普段からずっと一緒にいたからかな。
そんなことを考えている間に外に出て行った太田さんがしばらくしてから持ってきたのはなぜか体重計だ。
「事務所まで戻って、備品を持ってきた。みんなの前で乗るのは恥ずかしいと思うからこっちでちょっとこれに乗ってみて。」
「体重計にですか?」
「うん。」
少しして未亜がこちらへ戻ってきたけどなんか愕然とした顔をしている。なんだろう?
「理由がわかったわ。体重が3kgくらい増えてる。」
「太田さん!?それ話しちゃうんですか!?」
「みんなも心配しているから、今回は諦めて。」
「はい……。」
「特に筋力を増やすようなことをしていないのに体重が増えたということはそれだけカロリーを消費する運動が出来ていないということ。つまり、脂肪が付いて筋力が落ちたのね。このところ、サイン会ツアーでまったくレッスンが出来なかったから身体を動かす機会がかなり減ってしまって、腹筋を維持するっていうところが出来てなかったのね……。」
「それで声って変わるもんなんですか?」
「うん、ものすごい変わるわけではないんだけど、やっぱり筋力が低下すると声の安定感がなくなるの。それが『歌声が震えた感じ』につながった。あと運動量の減少は体力の低下にもつながるから歌っている最中にスタミナが切れる。そうすると伸ばすところがいつもより伸ばしきれなくなる。『短く感じた』っていうのはそっちね。私も気がつかなかったのにこれに気がつく二人はすごいわ。本当にありがとう。」
そういうと太田さんは志満さんと華菜恵さんへ頭を下げた。
「いえいえ!」
「そんな!」
「棟居さんも沼館さんも本当に何もしていないの?」
「していないですよ!?」
「私も単なる腐女子な大学生ですから!?」
「音楽の成績が良かったとか?」
「中学高校とずっと3でした……。」
「私もそんな感じです。」
「本当に?ここ最近でもいいんだけど何かしてなかった?」
「……えーと……これいうの恥ずかしいんですけど、シークレットライブに招待してもらえたのが嬉しすぎてこの1週間、過去のCDを毎日聴きまくっていたことくらいかなあ、と……。」
「しまっちも!?私も実は4thアルバムをループしてました!」
「あっ、それよ。二人ともCDの歌声を直近で何度も聴いて耳が記憶していたから違和感につながったのね。」
「二人ともすごいね!」
「ほんと、すごい!」
「みんなに褒められるとなんか照れくさい……。」
「だよね……。」
「二人ともありがとう!まさか筋力の低下だったとは思わなかったよ……。」
「さみあんにそういってもらえると嬉しいけど恥ずかしい……。」
「本当だよ、さみっち、気にしないで!」
なるほどそういう変化はたまに歌声を聞いた感じだとわからないもんなあ。
「二人には何かお礼をしないとね。」
「「ええっ!?そんな!いいですよ!」」
「私の気が済まないの。私個人でもいいし、大崎が出来ることでもいいから何か決めたら早緑経由で教えてくださいね。」
「二人とも太田さんって、言い出すと絶対に曲げないから諦めてね。」
「うん、諦めよう。太田さんはそういう人だから。」
「ええー……。」
「そんなー……。」
「ちょっと美愛も雨東先生も私がまた鬼みたいなことを!」
「いいだしたら聴かないですし。」
「そうだよね……。」
「もう……。コホン。棟居さん、沼館さん、本当に何でもいいからね。まあ、さすがにアイドルとしてデビューしたいとかは無理だけど……。」
「そんなお願いしないです!」
「ですよ!」
そうだ大事なことが。
「ところで、太田さん、筋力の低下となると夜の部ではリカバリーできないですね。」
「うん、これはもう仕方ない。美愛、判る人は多分ほとんどいないから今回は声の揺れと伸ばすところに注意して、乗り切ってね。」
「判りました。」
「それと明日オフにしていたけど、一日基礎レッスンね。」
「えー!?」
「えー、じゃないから!ディナーショーと紅白で恥ずかしい歌声は聞かせられないでしょ!?」
「それを言われると確かに……。」
「合間の時間も基礎トレーニング入れるからね。」
「さみっち、頑張って!」
「私たちは応援することしか出来ないけどね。」
「手伝えることがあったらいってね。」
「華菜恵、瑠乃、いろは、ありがとう!」
こればかりはかわいそうだけど仕方ない。さすがにディナーショーと紅白だもんなあ。
そんな話をしていたらあっという間に開場の時間となった。ギリギリまで楽屋にいる俺以外はみんな客席へと向かった。
「実は、太田さん、またアイドルにスカウトするんじゃないかって、実はちょっとドキドキしてたんだよね。」
「確かに!あの違いがわかるってすごいことだもんね。」
「ちょっとー、聞こえてるわよ。」
「はっ!」
「まあ、二人しかいないからぶっちゃけちゃうけど、二人ともタレントっていう感じじゃないかな。」
「太田さんのセンサーには来ませんでしたか。」
「オーディションとかやってみたら違うのかもしれないけど、芸能界で何かをするっていうオーラはなかったわね。」
「なんかほっとしました。」
「そう?」
「手当たり次第スカウトしているじゃないって判ったんで。」
「美愛!?ちゃんと私なりの基準があるんだからね!?」
「本当なら大崎に所属するって難しいですもんね。」
「タレントとして所属するのもスタッフとして入社するのもなかなかのハードルではあるわね。」
「やっぱり、いままでがイレギュラーだったんだよ。」
「うん、そうだな。」
「とりあえず、お礼が決まったって連絡があったらすぐ共有してね。さっきもいったとおり、芸能人としてデビューしたいです、とかじゃなければ、できるだけなんとかするから。」
「はい!判りました!」
二人とも根っからのファン気質で、お近づきになりたいとかはあまり思ってなさそうだから、かえって悩んじゃうんじゃないかな。そんな話をしていたら開演15分前になった。
「じゃあ、会場へ行くよ。」
「うん!楽しんでね!」
「ありがとう!」
昼の部もそうだったけど、会場に入るとほぼ満席だった。昼の時と同じように紗和さんの隣、一番端に座る。百合が紗和さんの隣に座っているのが見えた。
夜の部も5曲しっかりと堪能させてもらって、紗和さんとロビーに出る。
「雨東先生!」
「あ、百合、久しぶり。なんかその呼ばれ方、照れるな……。」
「あれ?初めて会いますね!」
「ちょうどいいな。えーと、じゃあ。ロビーのそっちの方で。」
「ついていけばいい?」
「うん。……あっ、古宇田さん、すみません、ここ少しお借りしてもいいですか?」
「雨東先生、どうぞどうぞ。見えにくくしておきますね。」
古宇田さんに許可を取るとついたてを動かして向こうから見えにくくしてくれた。後からロビーに出てきたメンバーも迎えに行って、百合をみんなに紹介する。今日来ていたメンバーで雑談をしながら時間を潰し、お客様がほぼ捌けたタイミングで、慧一・幸大とは分かれ、百合も含めて楽屋に戻る。みんなで軽く話をしたあと、陽介さんにあいさつをして未亜と一緒に帰る。今日のライブも楽しかったなあ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます