第116話○未亜の過去
私に謝りたいという切実な気持ちから勇気を振り絞って東京にやってきた儘田さんが、前に進んでくれていて本当に嬉しい。少し泣けてきてしまった。
「それを話すのであれば、私から二人にお願いというか提案があるの。」
だからこそ、私は二人に伝えないといけないことがある。
「でもその前に私の話を聞いてくれるかな。」
「判った。」
「うん。」
「ありがとう。私の中学から高校の頃の話なんだけどね。公立の小学校から中学受験をして、
これは家族と太田さん以外は知らない私の過去。
「別にいじめられていたわけではないし、普通に話はしてもなんか仲良くなれなかったの。けっこう寂しい思いをしてたんだけど、そのまま中学2年生になった。」
儘田さんが本名で呼び合いたいと思ってくれたら二人に話そうと思っていたとても悲しかった出来事。
「中学2年になって、クラス替えがあって、隣の席に座った子がね、けっこう気さくな子で本当にいろいろと話をするようになったんだ。まだ淡い夢だった『女優になりたい』なんていう話もしたなあ。でもね、やっぱりなんか近づけないままだった。あるとき、その子がね、『未亜ちゃん、なんで私のこと名前で呼んでくれないの?』っていって。」
「それって……。」
「うん、私、友達のことを名字にさん付けでしか呼べなかったの。なんか名前で呼ぶのって恥ずかしいというかなれなれしすぎるっていうか、そんな気持ちがあってね。」
思い出すと泣きたくなってしまうけど、二人には頑張って伝えなきゃ。
「その子にそういわれても『また今度』とか『もう少し』とか伸ばし伸ばしにしていたんだ。でも、高校一年の連休明け、『自分を変えなきゃ』って思って、アイドルのオーディションを受けよう、そのために情報収集しようって決心した時、それと同じ思いで、頑張って名前で呼ぶようにしたの。そうしたら親友までは行かなかったけど、みんなと前よりもかなり仲良くなれた。それから私は最後に残った心の壁を壊すのはファーストネームで呼び合うことだと考えるようになった。」
「……いい友達だね。」
「うん。」
「未亜、よかったらその友達、今度紹介してよ。話をしてみたい。」
「ごめん……それはできないんだ……。」
「えっ、どうして?」
うん、この話をしたら圭司にはそういわれるって判ってたんだ……。ダメだ……我慢していたのに……涙が出てきちゃった……。
「えっ、早緑さん?」
「未亜、どうした?」
「……うん、ごめんね……。その子は、
「「えっ……。」」
私は頑張って彼女の「そのとき」を説明する。
「光季はその日、ちょっと風邪気味だったらしいんだけど、テニス部の部活に出てね。途中で少し体調が悪くなって、木陰で休んでも水分を取っても身体がとてもだるいので熱中症の可能性を疑った先生がご両親に連絡して、病院へ行ったら風邪にしては少し状況が良くないってなって、そのまま入院することになった。倒れた翌日、私が病院にいったときはだるそうだったけど、話は出来たんだ。」
いまでもその日のことはありありと思い出すことが出来る。
「彼女と1時間くらい話をして、『じゃあ構野さん帰るね』っていって病室を出ようとしたら、後ろから突然『未亜、名前で呼んで』っていわれて。それまでは『未亜ちゃん』って呼ばれていたのに急に呼び捨てにされて驚いたんだけど、病は気からっていうでしょ。だから少しでも早く病気が治って欲しくて、私は頑張って『光季、また来るからね』って。そしたら光季は『私、未亜が女優としてドラマに出るの楽しみにしているから。』って返してきたから『判った、頑張るよ。光季は早く病気直してよ。』って返答した。光季は微笑んで手を振って『うん、じゃあね』って……。家についたら……お母さんが慌てて……構野さんの病院行くよって……『いまお見舞いいったばかりだよ』っていったら……。」
私はもう涙が止まらない。
「そうしたら……構野さんが……ついさっき亡くなったって……連絡があったよって……。」
しばらく私は話が出来なかった。圭司が隣から背中をさすってくれる。
「……ごめん、圭司ありがとう……。病院に着いたら光季のご両親も駆けつけていてね。私が帰ったあと30分くらいして容態が急変して……。ウイルス性心筋炎による致死性不整脈って診断されたって……教えてくれた……。私はもう泣くことしか出来なかった……。」
「未亜……。」
「しばらくは何もする気が起きなかったんだけど、連休が明けて、光季の席に誰も座っていないのを見て、私は、光季との最期の約束を守らないと、そのためには『このままではダメだ、自分を変えるんだ』って。」
もしかしたら光季は自分がこのあとどうなるのか、判っていたんじゃないかって、だから最期に私の心の壁を、私の迷いを、壊してくれたんじゃないかって今となっては思う。
「そういうことがあって、私は圭司と付き合い始めてすぐに『名前で呼びたい』ってお願いをした。朋夏や彩春にも同じことをお願いした。だから私は、朋夏や彩春と同じように儘田さんのことを『紗和』って呼びたいし、儘田さんには『未亜』って呼んで欲しい。圭司にも出来ればみんなのことをファーストネームで呼んで欲しい。もちろん呼び捨ては難しいと思うからさん付けでいいの。そして、二人もファーストネームで呼び合って欲しい。それが二人の最後の心の壁を壊して、きっと本当の意味で過去を過去に出来るようになるって信じている。……この話をしちゃうとほんと強制っぽくなるんだけど、ごめんね。でも私の過去と気持ちは正直に伝えたかったから。」
「……早緑さん、ありがとう。実は私もそうしたいって思ってた……。でも最後の勇気が出なくて。だからいい機会だと思うんだ。これからもよろしくね……未亜、圭司くん。」
「うん!紗和、よろしくね!」
「紗和さん、こちらこそよろしく!」
「そういえば、圭司がさっき言いかけた考えって何かな?」
「……いや、実はさっき話した『ちょっとした考え』って、儘田さんが本名で呼び合いたいっていうのを聴いて、実は今回の誕生会でみんなファーストネームで呼び合わないかっていう提案をしたかったんだ。」
「えっ、そうだったの!?」
「うん。未亜がそう呼び合いたい理由を聞いちゃうと俺の方は単なる思いつきだったから恥ずかしいんだけどね……。」
「未亜も圭司くんも以心伝心だね。私はまだ彼氏まではちょっと考えられないけど、二人の関係を見ているととてもうらやましいなって思う。」
「うん、ありがとう。でも、紗和もいつか絶対にそういう日が来るよ。それまで、もちろんそのあとも私は紗和の隣に寄り添うからね。」
「本当にありがとう……。」
紗和と手を握って笑顔で見つめ合った。
「この話ってあとの人は知っているの?」
「両親と弟以外だと太田さんだけは知ってる。」
「……そうしたら説明をするとき、私の方から名前で呼びあいたいっていう話もする?」
「うん、ありがとう。でも、それは良くないって思うの。だから元々知っていたことを話すときにこの話もするつもり。なんで私がファーストネーム呼びにこだわるのか、親友であるみんなに知ってもらういい機会だから。」
「未亜……。」
「紗和も圭司も前に進んでいる。だから私も過去はしっかりと心に残した上で、一緒に前に進みたいって思った。二人ともありがとう。」
三人で固く握手をした。私も過去と向き合いながら前に進むぞ!
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