第117話●圭司の行動

 未亜がファーストネーム呼びにこだわるのは、俺の軽い気持ちなんかを凌駕する深い理由があって、そして「自分を変える」と決意した理由にまさか亡き友人との約束があったとは……。そんな気持ちを抱えながらいろいろなことをしてくれ、そしてそんな大事な約束を俺のために捨ててもいいとまで言ってくれた未亜の愛情には、本当に感謝しかない……。


 当日の話の流れがまとまったあとも3人でしばらく雑談をしていたけど、21時を回ったのでお開きにした。

 部屋に戻り、ルームウェアに着替えて、ソファーでのんびりし始める。今日ももこもこのルームウェアがよく似合っていてとてもかわいいなあ、と思っていたら、未亜が何やら決心したようなすごく真剣な顔になった。


「未亜?どうしたの?」

「あのね、さっきの話、追加で圭司にだけ話しておきたいことがあるの。」


 そういうと未亜は俺のことを見つめた。なんだろう?


「実は私、光季の一件があったあと、3か月くらい月のものが来なかったんだ。もちろん妊娠するようなことはしていないし、理由がわからなくて、お母さんに相談したらレディースクリニックに連れて行かれたのね。そこで検査をしてもらったら精神的なショックによる続発性無月経だろうって診断された。」

「そんなことがあったのか。」

「そうなの。それでね、実は私のデビューが1年かかったのって、その辺の治療をしていたからなんだ。」

「えっ、そうだったのか!?」

「うん。大崎のオーディションで合格をもらったあと、先生に話をしたら基礎体力レッスンとかダンスレッスンとかで激しい運動を長く続けていると今度は運動性無月経も併発して治療が困難になる可能性があるって診察された。太田さんに相談したら『セカンドオピニオンをもらおう』っていう話になって、事務所と提携しているレディースクリニックで改めて診察してもらったけどやっぱり同じことをいわれてね。合格取り消しも覚悟したんだけど、太田さんには『何もなくてもデビューまで1年以上かかるケースは普通にあるから大崎としては問題ではないです。西脇さんがデビューの遅れを気にしないのであれば身体と相談しながらじっくり進めましょう』っていってもらえた。それでダンスレッスンを抑え気味にしてもらっていたの。あまりおおっぴらに話をするような内容じゃないから、太田さんと話をして、圭司も知っているとおり『オーディション合格から1年かかったのは、私が納得できるデビューとしたくて、じっくりとレッスンなどをこなしていたため』っていうことになっている。」


 確かにファンクラブ会報の創刊号でそういう話を読んで知ってはいたけど、本当は裏にそういう事情があったとはなあ……。


「それで、カウンセリングとか投薬とかのおかげで高校2年生になった春にはちゃんと来るようになったんだ。」

「じゃあいまは大丈夫なんだね。」


 未亜は首を振る。


「月のものは来ているんだけど、今度は逆にとても重くなってしまったの。月経困難症っていうんだけどね。中学生の頃は気分が優れなかったりっていうのはあっても痛さとかはそこまでは辛くなかったんだけど、本当に起きられないくらいの痛みとものすごい量の経血になることもあってさ。事務所と提携しているレディスクリニックにその後も継続してみてもらっていたんだけど、一度止まったことでホルモンのバランスが変化したことが原因じゃないかっていわれた。それで、実は月に一回、一か月分のピルをもらって飲んでいるんだ。」


 未亜がこの話をいましたかった理由がなんかわかった気がする。その辺の知識があるから大丈夫だってこちらから話した方がいいな。


「なるほどな。ちなみに月経困難症の治療にピルは必要不可欠なのに避妊のためだと学校に勘違いされて困っている女子高生に関する記事を前に読んだことがあることは伝えておくよ。」

「えっ!圭司、ここまでの話で私が何をいいたかったか読めたの?!」

「うん。話の流れとして、もしかしたら『ピルは飲んでいるけど治療目的であって、ほかの男とそういうことをするために飲んでいるわけではない』っていいたいのかなって。」

「さすがだよ……。高校の時、友達から彼氏に誤解されて別れたっていう話を聴いていたから、誤解されないようにしないとって、ドキドキしながら話したんだけど、いい意味で無駄だったね。よかった、私、本当にいい人と巡り会えたんだね……。」

「俺としては当たり前のことだと思っているけど、そういってもらえると嬉しいな。」

「……やっぱり圭司には光季のことも含めてもっと早く話しておけば良かったね。今日までちゃんと話せなくてごめんなさい。」


 そういうと未亜は深く頭を下げた。こんなにも重い話、付き合い始めたばかりではとてもいえるわけがないし、そのあともライブツアーや急激に忙しくなった未亜の仕事、俺の身に起きた様々な問題でいえるはずもない状況がずっと続いていた。だから未亜が謝る必要なんてないのに……。未亜への申し訳なさと同時にものすごく愛されていることをあらためて実感した。今度は言葉で返すよりも行動で示したくなって、顔を上げた未亜をすかさずぎゅっと抱きしめてキスをする。

 唇を離して顔を見つめたら未亜は目をまん丸にしていたけど、抱きしめ返されたから頭をなでた。これでもう俺の考えは理解してくれただろうから安心している。さらに大切だよって示したくなって、こんな提案をしてみる。


「……二人ともまだお風呂入ってないじゃない。良かったら一緒に入らないか?」


 未亜はとてもいい笑顔になってこう返答してくれた。


「うん!」


 その笑顔があまりにもかわいかったので、思わず手をつないで脱衣場まで向かってしまう。未亜は恥ずかしそうにうつむいていたけど、ちゃんと付いてきてくれた。

 箱根の時、そして前回は自分で自分の服を脱いだけど、今日はお互い脱がせあって、スキンシップも楽しんだ。未亜の顔は真っ赤になっていたけど、多分俺は平気だった……ということにしておきたい。


「この家のお風呂、広くて良かったよね。」

「うん、そだね……。」

「……えーと……未亜の身体、洗ってあげるよ。」


 ちょっと恥ずかしかったけどちゃんといえた!


「えっ!……うん、お願い……します……。あの……私も圭司のこと、洗うね?」

「あっ、うん……お願い……。」


 自宅ではまだ二回目なのにちょっと進みすぎたかな?でも、もうある程度は気持ちの赴くままに進むって決めたんだ。未亜は「まだ早い」って思ったら間違いなくはっきりと意思を示してくれるって判っているから。


 こっそり注文して風呂場に置いておいた2つめのバスチェアを有効活用するときが来た。最初に買ったのと同じデザインのものを通販で頼んでおいたんだよね。

 ボディスポンジにボディシャンプーを付けて、未亜の背中から洗い始める。一通りしっかりと洗ったら、今度は交代して、背中を洗ってもらう。前の方は……。


「えっと、前の方は……今日はまだちょっと……その……。」

「……それは……私もまだ心の準備が……。」

「うん……また今度頑張ろうか……。」

「そだね……。」


 お互い顔が真っ赤だけど、これはのぼせたんだよ、きっと。


 石けんをしっかりと流して、湯船に二人で浸かる。後ろから抱きしめたけど相変わらずお互い無言のまま。そのうち慣れてくるものなのかな?みんな高校生くらいできっとこういうことを経験するんだろうけど……。


 お風呂から出たらお互いの背中を拭き合った。こちらも前は自分で……。未亜の気持ちも考えながら少しずつ、でもこういうのも慣れていかないとなあ……。


 そして、今日は実はもう一つやってみたいことがあるので、お風呂を出たあと、歯を磨いて二人でリビングに戻るとき、廊下の扉をあえてそのまま開いたままで戻ってきた。


 それから23時くらいまで撮りためていた未亜の出演番組を見た。一時期よりは減ってはいるけど、それでもやっぱりそれなりの本数がある。


「もう23時だね。」

「そろそろ寝ようか。」

「……今日も一緒に寝ないか?」

「うん!」

「じゃあ、ちょっとやってみたいことがあるんだ。」

「うん?どんなこと?」

「俺の首のあたりに両腕をまわしてみて。」

「えっ……こんな感じ?」


 うん、いいかんじにしてくれた。何をされるかきっとまだ判っていないよな。


「いいね、じゃあ、行くよ。」

「えっ……きゃっ!……ええっ!!!お姫様抱っこ!?」

「ちゃんと手は回しておいてね。」

「……うん……。でも……いきなりは……恥ずかしいよぉ……。」

「大丈夫、誰も見てないよ。」

「ううっ……。」


 未亜の顔が真っ赤だ。短い距離だけど、無事にベッドまで到着。布団に入ると抱きついてきて顔を俺の胸に埋めてしばらくうなっていた。未亜の恥ずかしそうなところとかもかわいいからまた今度やりたいな。そして二人でそのまま寝たけど、やっぱりシングルは狭い。近いうちにダブルベッドを買いに行かないと……。


 ――――――――――――――――


【作者より】


 今回の内容は、様々な事例を参考にして、各種知見などに配慮しながら慎重に記載したものですが、あくまでフィクションであり、医師等による診察や医学的なアドバイスの代わりになるものではありません。個別の疾患に関しては必ず専門家へ相談していただくようにお願いいたします。

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