第094話●太田さんのスカウト

「なんか百合ちゃんからRINEが来ているけど通話したいみたい。」


 上水さんのライブ終了後、打ち上げは後日ということでそのままタクシーで帰宅する。勝手口近くのコンビニでスイーツを買って、ソファーでくつろぎながら食べていたら百合から未亜へRINEが来た。


「百合ちゃん、こんばんは。……圭司にも聴いて欲しいみたいだからスピーカー通話にするね。」

『あっ、お兄ちゃんもこんばんは。』

『百合、突然どうしたんだ?』

『あのね、私、アイドルにならないかってスカウトされた。』

『『ええっ!?』』


 詳しく話を聴くと今日の学校帰りに吉祥寺のツノハズカメラでモバイルバッテリーを買って、外に出たところで大きな荷物を持った女の人からいきなり「アイドルに興味ないかな?」と声を掛けられたとのこと。

 いきなりで戸惑っていたら「いまはちょっと急いでいるから詳しく話が出来ないけど興味があるなら一度ここに連絡が欲しい」と名刺だけ渡して立ち去ったそうだ。

 変な人だったと思いながら名刺をそのまま鞄にしまって、家に帰ってあらためて名刺をよく見てみたら「大崎エージェンシー」と書いてあったので、未亜に話を聞いてみようと思ったらしい。

 どうかんがえてもその名刺を渡したのはひとりしかいないのだけど、ほかの人の可能性もゼロではない……。まあまずないと思うけど……。


『えーと、百合ちゃん、渡した人が誰だか、なんとなく判るんだけど、一応確認させてほしいな。名刺の名前はなんて書いてあるかな?』

『えーと、太田おおた庸子ようこって書いてある。』

『あー、やっぱりかあ……。』

『未亜さん、どうしたの?』

『あのさ、百合。その人は未亜と俺の担当マネージャだよ。』

『ええっ!?』

『今日、吉祥寺で上水ここなっていうアイドルのファーストライブがあったんだ。会場がツノハズカメラのすぐそばだったから、飲み物とかの買い出しをして会場へ戻る途中、だな……。』

『太田さん、すごく光る子がいたっていっていたけど、百合ちゃんだったとはね……。』

『百合、太田さんと会ったことなかったんだな。前に太田さん、家に行ったはずなんだけど。』

『その日は部活で家にいなかったんだよね。お兄ちゃんのマネージャさんが来たっていうことしか聴いてなくて名前も知らなかった。』


 なるほど、それでお互い顔を知らなかったのか。


『それで、百合ちゃんはどうしたいの?』

『うん、二人のマネージャさんなら、大丈夫だと思うから一回話を聞いてみたい。』

『判った。じゃあ未亜と俺と一緒に事務所へ行こう。明後日の月曜日に新宿まで来られるか?』

『少し遅い時間になっちゃうけどいいかな?6時くらいにはいけると思う。』


 細かい待ち合わせの場所を決めて、RINE通話を切ると未亜から太田さんへ「逢わせたい人がいるから月曜日の18時過ぎに会議室を押さえて入館手続きをしておいて欲しい」という連絡をRINEで入れる。太田さんからはどんな人、というツッコミがあったが、未亜は、明後日実際に会ってもらってから教える、とだけ伝えていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 18時少し前、大崎ビルの前で百合と落ち合うとそのまま2階の会議室へ向かう。


「ここがあの大崎エージェンシーの中なんだね……。二人とも芸能人なんだなあ……。」

「中に入っちゃうともはや日常になってしまうけどね。」


 二人はそんな会話をしている。太田さんは会議室2M3にいるそうなのでそのまま入る。


「おはようございます。」

「美愛と先生、おはよ……ええっ!あなた、吉祥寺にいた!えっ、二人とはどういう関係?あっ、とりあえず座って!」


 太田さんがここまでハイテンションで困惑している様子を初めて見た!?


「とりあえず私から話します。端的にいうと太田さんがスカウトしたのは私の妹です。」

「えっ!先生の妹さんだったの!」

「百合、名前を。」

「あっ、そうか、高倉百合です。」

「百合ちゃんから私に相談があって、スカウトした人の名前を聞いたら太田さんだったんで。」

「こんな偶然ってあるものなのね……。」

「百合、太田さんに何か聴きたいことがあるんじゃないか?」


 百合が何か聴きたそうにしているので促す。


「うん。あの、いきなりだったんでよくわからなかったんですけど、私ってそんなスカウトされるような感じなんでしょうか?」

「もちろん!」


 太田さんが怒濤のように説明をはじめる。まとめると要するに「オーラが一般人ではない」ということらしい……。


「スカウトってそんな曖昧な感じなんですね……。」

「こればかりは経験としかいえないから。でも、それでランを見つけたのよ。」

「えっ、鶴本つるもとランさんですか?」

「そうよ。ランは私がスカウトしたの。」


 それをいわれると急に説得力が出てくる。百合が突然黙ってうつむく。三人の動きが止まる。少しして百合が顔を上げると真剣な顔をしてこう話した。


「一度ちゃんと考えさせてください。」

「百合さん、考えてくれるだけでも嬉しい。よろしくね。」


 百合は少し興味があるのかな?それなら手伝えることがあれば手伝わないと、だな。

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