第093話○上水ここなデビューライブ

 今日はここなちゃんのデビューライブ当日。

 ここなちゃんはグラビアアイドルとして活躍していたけど、太田さんはもともと歌唱力を評価していて、デビューの機会を狙っていたみたい。デビューシングルは青春ソングで知られるSugarWorksが手がけている。等身大の甘酸っぱい青春ソングにここなちゃんの歌声がマッチしていて、元々のファンだけでなく、ここなちゃんと同い年の女の子たちからの支持がすごいのだとか。


 会場となる吉祥寺CLUB SITTEのキャパは約500人。デビューライブとしては大きめのライブハウスだけど、ここなちゃんは元々グラビアアイドルとして人気があるので、チケットは1時間で完売してしまった。


 今回のライブが面白いのは、ステージ下手しもて側の客席フロアが一部ロープで囲われて、女子中高生専用エリアになっている点。デビューシングルを聴いてここなちゃんのファンになってくれた女の子たちは、今回初めてライブハウスに来るという子もけっこういるらしい。それで、ここなちゃんが「同世代の女の子が安心してみられるように専用の場所を作れませんか?」と提案して、設置が決まったそうだ。しかも今回は同じ理由で全面禁煙ということになっている。ここなちゃん、のんびりしているようで、けっこう自分の考えを通すタイプなんだなあ。


 今日、私がここに来ているのは、ここなちゃんのライブを見に来た……ということになるはずだったのだけど、シークレットでゲスト出演するため。なぜゲスト出演することになったかというときっかけは、テレビ有明ありあけの「秋の改編スペシャル アイドルバトル~これができたらトップアイドル~」という生放送にここなちゃんと一緒に出演したときのことだ。


 アイドルが様々なバトルをするという番組で、勝負そのものは、散々な結果だったけど、二人でかなり目立つことが出来たので爪痕は残せただろう。放送終了後、太田さんが迎えに来てくれたので二人で一緒に帰ることになった。


「ここなちゃん、ライブ楽しみにしているからね!」

「美愛さんに見てもらえると思うと嬉しさと緊張で大変です……。」

「ここな、いろいろと大変だと思うけど、いまが踏ん張りどころだからね。」

「はい……。」


 ここなちゃんがどうも元気がないなあ。


「ここなちゃん、大丈夫?」

「……私、これまで大丈夫だったんですけど、なんか今回は。」

「人前で歌うのは緊張するよね。私で何か出来ることがあれば協力するよ?」

「……ものすごいわがまま言ってみてもいいですか?」

「うん、どんなことかな?」

「美愛さん、一緒出てもらえませんか!」

「……えっ?」


 ここなちゃん、何を言い出すの!?


「一曲でいいんです。一緒に歌って欲しいんです。」

「そういえば、美愛の曲も歌うわね。」


 まだここなちゃんはデビューシングル2曲とライブのMCで発売を発表するファーストアルバム用に作られた8曲の合計10曲しか持っていないので、ライブで歌う半分くらいの曲は、ここなちゃんが選んだカバー曲を歌うセトリになっている。その中に私の「Magic Of The First Time」も入っている。


「その日は夜はもちろんなぜか朝から美愛の予定が丸々あいているのよね。」

「えっ!太田さん!?午前中はレッスンって聴いてましたよ?」

「そんなこといってたっけ?」


 これは、太田さん、初めから私をここなちゃんのライブに出すつもりだったな!


「もう、太田さんは……。判りました、出ますよ!ここなちゃん私も頑張るね!」

「美愛さん!ありがとうございます!」

「ちゃんとギャラは出るからね。」

「確実にはじめから出す気満々じゃないですか!」


 と、そんなことがあった。


 ここなちゃんのデビューライブはバンド形式ではないこともあって、私がミニライブをしていた頃と同じように前日リハーサルがなく、当日朝からとなっている。

 圭司はここなちゃんに招待してもらっていたので、どうせ来るならと試しに「私のリハ風景を見守って欲しい」と話したら「ぜひ、行きたい!」といってくれた。前は絶対に見なかったことを考えると圭司も少しずつ前に進んでくれていることが判る。そんなわけで太田さんに話をして、圭司にもバックステージパスを出してもらったので、私と一緒にライブハウスへ入った。


 今日は一番と二番の間奏でステージに現れて、二番以降を一緒に歌うという流れになった。私が「ふつうに一緒に歌うだけでいいんですか?」と聴いたら太田さんは「近藤さんがハモリとか掛け合いとか考えてくれたたんだけど、そういう感じの曲じゃないしね。結局、一緒に歌うだけでもインパクトはあるからいいんじゃないかって。」ということなので、少しほっとしたところだった。


「ありがとうございました!」


 私のマイクチェックが終わり、私用わたしように割り当ててもらっている楽屋Cへ戻って一息ついていると客席側でリハを眺めていた圭司が入ってくる。


「早緑さん、お疲れ様。リハを見た感じでは調子よさそうだね。」

「うん、かなりいい感じ。雨東さんにもリハを見てもらえて良かった。」

「リハが見られて楽しかった。やっぱり彼氏という立場よりもファンっていう立場を重んじすぎていたんだよ。これからはできるだけ立ち会って、感想を伝えるようにしたい。」

「……うん!お願い!」


 感情を率直に出せるようになった圭司はますます素敵になっている。毎日惚れ直してしまう。


「ふたりともー!ここなのリハが終わったからいったん客席まで来てくれるかなー。」


 太田さんの声が聞こえる。


「いくか。」

「うん!」


 客席まで行くと太田さんからお茶を手渡される。


「いま買ってきたから飲んで。ここなはいま着替えているけどじきに戻ってくるから、そうしたらあいさつしてもらって、あとは開場まで自由行動。ケータリングはここなが手を付けたら食べていいからね。」


 そうか、ライブの主役がケータリングを食べるのが最優先、ということだったのか!私が手を付けてからみんなが食べていいといっていた理由がようやくわかった……。

 リハーサルのトレーニングウェアからライブ衣装に着替えたここなちゃんが戻ってきて、あいさつがあり、自由行動となった。


「そうそう、さっき、この飲み物を買ってきたときにびっくりするくらいの逸材がいてね。思わず名刺渡してきちゃった!」

「スカウト、ですか?」

「そうよ!見ただけで声を掛けたくなる子なんて久しぶりよ。」

「細かい話をしてきたんですか?」

「美愛、そんな時間あるわけないじゃない。だから時間がないから後で連絡ちょうだいって伝えた。」

「それで連絡ってくるもんなんですか?」

「うーん、半々かな。でも今日の子は何か連絡くれそうな気がするのよね。私の中ではもう本契約しちゃってるから、決まったら二人にも紹介するわ。」


 太田さんがここまでハイテンションなのはすごい。よほどかわいい子だったんだろうなあ。


 ケータリングのメニューは私のライブとそんなに変わらなかったので、なんとなくいつものパスタにグラタン、サラダ、スープという組み合わせにしてしまった。もちろん腹八分目もいつも通り。食事を済ませた私はコンディションを調えるために楽屋へ早めに戻る。圭司も一緒に付いてきてくれた。緊張をほぐすため、圭司と軽く雑談をする。


「吉祥寺って余り来ないから新鮮。」

「俺もそうだなあ。」

「吉祥寺に友達でも住んでいたら来るのかもだけどね。」

「そういえば、吉祥寺って百合が通っている横宗女学院のある街だな。」

「へえ、百合ちゃん、横宗女学院なんだ。」

「うん、あいつは小学校から横宗女学院だったから例の件にも巻き込まれなかったし、本当に良かったと思うよ。」


 いままでは家族を含めたプライベートを全然話してくれなかったけど、いまではこうやって、ちゃんと話題に出してくれるようになった。本当は些細な話題なんだろうけど、私にとってはとても大きな変化がすごく嬉しい。


「横宗女学院って結構なお嬢様学校だよね。」

「百合を見ているとそんな感じはしないけど、世間の評判はそうだよな。」

「……スカウトされたのって、百合ちゃんだったりして。」

「どうだろうなあ?横宗女学院って、ここから見ると吉祥寺駅を挟んで反対側にあるんだよ。それに太田さんは俺の一件があったとき、実家に行っているから、百合と面識があるんじゃないかな?」

「そういえばそうだね。じゃあ、全く別かあ。」


 そんな話をしていたら既に開場の時間となっていた。いざフロアに人が入り始めると予想よりも女子中高生が多く、ロープの位置が会場の下手しもて側三分の一になるというすごい状況となっていた。圭司はタイミングを逃して客席側へいけなかったので私の楽屋にそのまま残ってモニタから鑑賞することになった。

 そして、いよいよ開演。ここなちゃんのライブは私とは違って、オケを流して歌うオーソドックスなアイドルのライブだ。私の曲も今回はオケで歌うことになる。


「テレビの音楽番組ではよくあるけど、ライブハウスで生演奏じゃないのは本当に久しぶり。」

「オケと生演奏ってやっばり歌っていてかなり違う?」

「全然違うよー。生演奏だと演奏の方が歌にあわせてくれる感じだけど、オケだと歌の方をあわせないとだからね。」

「ああ、それはやっぱり違うな。」


 そんな話をしていたらいよいよ出番になった。ここなちゃんが「Magic Of The First Time」の一番を歌い、間奏で私が上手かみてから入場して、二番以降を一緒に歌う。


「じゃあ、いってくるね!」

「おう!頑張って!」

「ありがとう!」


 関係者席で見てもらうのもいいけど、大切な人に楽屋でこうやって送り出してもらえるのもなんかいいなあ。自分のライブはやっぱりちゃんと客席で見て欲しいけど、誰かのゲストで参加するときとかはこういう感じにしてもらえたら嬉しいかもしれない。


「次の曲は私の大好きな先輩である早緑美愛さんの代表曲の一つです!すっごく難しかったんですが、美愛さんの大事な曲を歌わせていただけるのはとても嬉しかったので、一生懸命頑張りました!それでは聴いて下さい!『Magic Of The First Time』」


 ここなちゃんが「Magic Of The First Time」を歌い始める。ノリの良いロックサウンドなので会場の空気もとてもいい感じだ。もうすぐ一番が終わるタイミングでスタッフからゴーが出る。ステージに姿が少し出た途端、上手口が見える下手側から悲鳴のような歓声が上がる。その悲鳴のような歓声は一気に会場全体に広がり、やがて本当の大歓声になった!単なるシークレットゲストなのにこんなにも喜んでもらえるのがとても嬉しい。

 ここなちゃんは打ち合わせ通り上手1番へ移動している。私は下手1番に立つと同時にここなちゃんと目線を合わせて、一緒に二番を歌い始める。会場はさらなる大歓声だ。


 無事に最後まで歌い終わるとここなちゃんが私を紹介してくれる。


「本日のスペシャルゲスト、早緑美愛さんです!」

「こんばんは!早緑美愛です!仲良くしているここなちゃんのファーストライブということで遊びに来ちゃいました!」


 会場から再びの大きな歓声!


「美愛さん、今日は本当にありがとうございます。」

「ここなちゃんの歌声が素晴らしくてそのまま出るの止めて見てようかと思ったんですけど、スタッフさんに押し出されちゃいました。」

「そんな、ちゃんと出て下さいよー!」

「えへへ、皆さん、ここなちゃんの『Magic Of The First Time』も良かったですよね!」


 会場中から「よかったよ」の声。プロンプターに「次の曲へ」という文字が出た。


「今日のスペシャルゲスト、早緑美愛さんでした!美愛さん、本当にありがとうございました!」

「ありがとうございました!みんな最後まで楽しんでいってね!」


 そのコメントで私は上手側からステージ裏へ戻り、そのまま楽屋へ入る。


「早緑さん、良かったよ!はい、タオル。」

「あっ、ありがとう!いやあ、緊張したー。」

「会場の歓声がいまの早緑さんのすごさを表していたね。」

「そうかなあ、でも喜んでもらえたようで良かったよ。」


 シークレットゲストは大成功だったかな!

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