第095話○百合ちゃんの相談に乗る

 事務所での顔合わせの翌日、日本N公共K放送Hの「MUSICS」を収録した帰り道、百合ちゃんからRINEが来た。


{いま時間ありますか?少しお話しできませんか?]


 タクシーの中ではゆっくり話もできないので、

 [家についたら掛けるよ、彼も一緒の方がいいかな?}

 と返信しておいた。しばらくして

{出来れば未亜さんとだけ]

 と返ってきた。話をすること自体は圭司にいってもかまわない、とのことだから、現役のアイドルである私にいろいろ聴きたいのかもしれない。


 帰宅してチャイムをならす。圭司が出てきてくる。


「未亜、おかえり!」

「ただいま!」


 いつものように圭司の方からキスをしてくれる。いろいろなことがあったからこんな些細なことが毎日嬉しくなる。


「百合のこと、よろしくな。」

「うん!部屋で通話するけど、圭司はどうする?」

「俺は部屋で原稿の続きを書いているよ。終わったら教えて。」

「うん、判った!」


 きっと、圭司もいろいろと思うことはあるのだろうけど、全部私に任せてくれた。それもとても嬉しい。私は部屋にはいるとルームウェアを取り出し、洗面所で着替えてうがい手洗いをしてから再び部屋に戻る。

 全ての準備を整えたところで百合ちゃんに通話をつなぐ。


『……あ、未亜さん、忙しいのにごめんね。』

『ううん、大丈夫だよ!』

『あのね、昨日からいろいろと考えてたんだけど、なんか頭の中がぐるぐるしちゃって……。』

『うん、突然の話だからね。』

『スカウトって、そんなことをする人は怪しい人だって思ってたんだ。でもアイドル自体には興味があって。』

『うんうん。』


 こういう時はとにかく一度全部話してもらった方がいい、っていうのは、圭司の一件で学んだ。


『名前は知らなかったんだけど、お兄ちゃんのことでマネージャさんがすごいがんばってくれたっていうのはお父さんから聴いていたから、私をスカウトしたのが未亜さんとお兄ちゃんの担当マネージャさんだって知って、そういう人ならとりあえず一回話を聴いてみようって思ったんだ。』

『そう思うだけでも勇気がいったよね。』

『うん……。それで話を聴いてみて、私にもそんなチャンスがあるんだって考えたら、やってみたいなって思ったんだけど……。』


 百合ちゃんはきっと不安なんだろうな。ぜんぜん判らない世界、しかもネットで検索するとあることないこと、情報が錯綜していて、調べれば調べるほど不安は増すばかりだし。


『私は毎日楽しいかな。』

『……えっ。』

『高校一年の時にオーディションを受けて、デビューまで一年近くかかって、そのあともなかなか注目されなくて、ようやく注目されたけどそれは圭司の知名度のおかげで。』

『うん……。』

『レッスンも仕事も毎日本当に大変でね。レッスンで習うことができないと怒られるし。今は休みなんてなかなかなくて。でもね、楽しかったし、いまも楽しい。やりたいことが出来るってね、楽しいんだよ。』

『……そっか。そうだよね、やりたいことが出来るって絶対楽しいよね。』

『それとね。私、いま、ひとつやりたいことができたんだ。』

『未亜さんのやりたいこと?』

『うん、百合ちゃんと同じステージで歌いたい。』


 私の気持ちを飾ることなく、ストレートにぶつけてみた。もちろん、いままではそんなことを思ったことはなかった。でも百合ちゃんが少しでもこの世界に興味があるって判ったら、たくさんのファンの前で百合ちゃんと同じステージで歌って話をして抱き合って、それを圭司が客席からにこにこした顔で見ている、そんな姿が自然と思い浮かんだ。


『……未亜さんと……。』


 百合ちゃんが静かになる。きっといろんな思いが駆けめぐっているんだと思う。私も高校一年の時に同じ思いをして、それで決めたからよくわかる。

 だからここから先は百合ちゃんの気持ち次第。私がどうにかすることもどうにかしてあげることもできない。

 静寂が部屋の中を埋め尽くす。私は待ち続ける。百合ちゃんの思いを全身に感じながら。

 百合ちゃんが『ふう……。』と深呼吸をしたのが判った。


『……実は私、横浜の公演を見せてもらったときにこんなすごい舞台に私も立ってみたいなって思っちゃったんだ。でも私には縁のない世界だから無理ってすぐに打ち消して諦めてたんだけど、私ももしかしたら立てるんだよね……。だから、私、アイドルやりたい。未亜さん、いえ、早緑美愛さんと同じステージに立ちたい!きっとあんなすごいところに立てたら、早緑美愛さんと一緒に立てたら、きっと楽しいよね!』


 百合ちゃんの気持ちは固まった。百合ちゃんからご両親を説得してみるとのこと。


『ご両親の説得以外で何か聞きたいことはある?』

『まず何をしたらいいのかな?』

『そうだね、一番最初の課題は学校かな。芸能活動は一切禁止っていうところもあるから、それを確認して太田さんに相談するのがいいと思う。』

『判りました!』


 私でできることは協力する、それが悩む彼女をこの世界に呼び込んだ私の誠意だ。

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