第078話○圭司の誕生日
儘田さんの思いの丈を聴いて、三人で泣いた。ほぼ同時に涙が収まったあとは、笑顔で握手を交わして、儘田さんは部屋へ戻っていった。儘田さんは朝一の飛行機で帰るということで、私たちが起きたときにはもうチェックアウトしていて、RINEにお礼が届いていた。
儘田さんは東京へ引っ越してくるっていってたから、RINEでやりとりしつつ、こちらへ引っ越してきたらまたゆっくり話をして、さらに親しくなりたい。とても素敵な女性と出会えて親しくなれたことがとても嬉しいし、なにより、おこがましいかもしれないけど、儘田さんと私の心の距離が近くなることで儘田さんの背負っている苦悩も軽くなってくれるんじゃないか、そう思うから。
私たちは朝食をホテルで食べたあと、家にタクシーで帰る。家に荷物を置くと私はそのまま出かける。圭司は家でせまじょの原稿を進めるようだ。
今日は、昼過ぎからMetropolitanFMの音楽番組「Count Up Music TOP20」にコーナーゲストで生出演、夕方からはジャパンテレビの報道番組「報道エブリディ」の特集コーナーで「いま話題のアーティスト」として取り上げてもらえることになって、やっぱり生出演。最近土日はテレビやラジオの生出演が多いなあ。忙しいけど、なんか嬉しい。そうだ、ウイッグも予備を増やしておかないと。ほとんど毎日のように付けているからメンテナンスに出す回数が増えているもんね。私の場合、一日付けると汗をかなり吸ってしまうので、さすがに二日は付けられない。臭いとかが出ちゃうからね……。昔は自分でメンテナンスしてたんだけど、最近は忙しくなりすぎて手が回らなくなってしまったので、事務所へ顔を出したときに太田さんへ渡して、事務所の方でメンテナンス業者に出してもらっている。私がやっていたときよりも圧倒的に仕上がりが良くて、さすがプロだと感心する。
秋学期もこんな感じで学業と仕事を両立していく。
次の日以降も圭司は気分の浮き沈みはあるものの大きく崩れることもなく、過ごせている。沈んでいるときはそれとなくこれから先の楽しい話をして気分がそれ以上落ち込まないように心がけている。そして、嬉しい変化もあった。圭司はいままで自分の身の周りのことを自分一人で決めていたけど、履修登録のあと、合間を見て私によく相談してくれるようになった。太田さんとも密に連絡を取り合って、直接事務所へ行って打ち合わせをしている。圭司も少しずつ変わっていっているんだと思うとそれがとても嬉しい。
そして、23日には圭司の誕生日が来る。一時期は何も出来ないかと思っていたけど、なんとか出来そうだ。
実は祝日だから私は京都で行われるイベントへの参加が日帰りで入っていたらしい。それが、例の一件でここしばらくはイベント参加を見合わせることになってぽっかり空いたのだ。そこで、圭司と太田さんと話をして、9月23日は二人とも一日オフにしてもらった。
誕生日というとサプライズイベントが定番だけど、今の状況で誤解を招きかねない変な隠し事はしたくない。だから二人できちんと決めたくて、この前の週末には何をするか話をした。
「前日の夜から出かける?圭司の誕生日だから圭司の行きたいところに行こう。」
「うーん、あんまりそういう感じでもないかなあ。」
「そうしたら何したい?」
「そうだなあ、なんか無理して出かけるよりも家でゆっくりしたいな。未亜と二人きりで。それが一番心が落ち着く。」
「じゃあそうしよう!」
私と一緒の生活に安らぎを感じてくれているということに涙が出そうになる。それをごまかしつつ、圭司の顔を見ながらふとももをポンポン叩いてみる。反応するかな?
「ん?……えっ!?それって、もしかして!?」
「うん!ご想像の通り!」
「頭、重いよ?」
「そういうものだから!」
「じ、じゃあ失礼……します……。」
やった!圭司を膝枕してあげられたぞ!前に試しにふとももをポンポンしたときは気がつかないふりをされたからなあ……。やっぱり、圭司はちゃんと前に進んでいるんだって、こういうちょっとした所で安心できる。
「せっかくだからこのまま話をしよう!」
「う、うん……。えーと……。そうだ!いままで出したさみあんのライブブルーレイって全部あるよね?」
「もちろん、あるよー!」
「抽選に外れて買えなかった限定ものがあるんだけど、そういうのもある?」
私のライブブルーレイは、これまでアニバーサリーライブのみ、発売されている。それ以外については、細かいライブをたくさんしたのでとても全部は発売できていない。ただ、そういうライブは、資料映像として、固定のカメラを置いて撮影したものがすべて残っている。以前、2回ほど、そうした資料映像を編集して1時間くらいの映像にまとめたものをファンクラブで限定的に抽選販売したことがある。
「うん、もちろん!全部もらっているからね。」
「それも含めて、さみあんのブルーレイを二人で見たいなあ。前にテレビの録画を見たときに収録のときの感想とか裏話とかを話してくれたでしょ。あれが楽しかったんだ。だからライブのブルーレイを見ながら未亜のこぼれ話を聴く贅沢をしたい。」
「じゃあ、そうしよう!」
「未亜に膝枕してもらいながらこんな話が出来るなんて既に贅沢だけどね……。」
膝枕にしろ、限定ブルーレイにしろ、私から見れば贅沢でもなんでもない。単なるファンではなく、交際している相手なのだから特別扱いは当たり前のこと。でも圭司はそれを申し訳ないと思っていたのだということがよくわかる。少しずつ私に対して「自分」を出してくれはじめている感じがして嬉しいし愛おしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いよいよ圭司の誕生日となった。
「じゃあ、早速再生するね。」
「うん……えっ!これって!」
「えへへへ、限定映像を所望されたのでちゃんと用意したよ!」
「こんなすごいものを見せてもらえるなんて……。」
圭司からは限定映像を希望された。確実にファンクラブで限定的に抽選販売したものを指していると思う。だけどせっかくなのであえて誤解をして、実家から持ってきている編集前の資料映像そのものを用意した。いま流しているのはファーストアルバム発売記念で開催したCDショップ店頭ミニライブの映像。これはファンクラブ限定ブルーレイにも入っていない秘蔵中の秘蔵映像。人前で初めて歌ったライブなので、あらためてみるとものすごい緊張しているし、所々音が外れていて恥ずかしい。でも、こういうことが圭司の癒やしにつながってくれると信じている。
そして、実は圭司の様子がおかしくなった10日は、旅番組の企画で横浜の元町を散策するロケをしていた。告白されたときのデートコースと全く同じルートで元町を歩くことが判っていたので、圭司の状況もあってとても辛かった。でも、収録でそれを見せるわけにはいかないから気合いを入れて頑張った。そして、圭司が回復することを祈って、圭司の誕生日プレゼントを買っておいた。あとでタイミングを見て渡そうと思う。プレゼントが渡せるくらいに回復してくれて本当に良かった……。
食い入るように見てくれる圭司を横目で見ながら、安堵とともにいま幸せをかみしめている。
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