第077話●その一歩を踏み出す勇気
着々と進んでいた『セントハイディアン王国の魔物と聖女アニメ化プロジェクト』は、いよいよ今日9月17日金曜日15時にオンエア日程とオープニング曲・エンディング曲が記者発表される。
全12話完結となっていて、年明けの1月7日から3月25日まで、毎週金曜日23時にジャパンテレビ、24時にBS21、毎週土曜日18時にCSアニメキャスでオンエアとなる。また、スマイル動画、オクダイチャンネル、bアニメでも毎週金曜日25時から配信が開始されることになっている。
オープニング曲は早緑美愛の「いつもあなたのそばに」、エンディング曲は聖女オリーブで「夢の礎」となった。聖女オリーブ役にはオーディション最終選考会での課題を難なくクリアした
制作発表会見の時と同様で、今回の記者発表会見も俺はもともと出演予定はない。早緑美愛は当初出る予定だったけど、これまでの諸々からもともとメンバーとして入っていなかったことになっている。
そして、記者発表のあと、19時から関係者の懇親パーティが開かれることになっており、そちらへは元々の予定通り、未亜も俺も出席することにしている。そして太田さんによると懇親パーティには札幌から甘巻さんもやってくるとか。何でも甘巻さんは「いつもあなたのそばに」だけでなく、「夢の礎」の方も作詞作曲を担当しているそうだ。
そんなわけで、二人一緒に懇親会の会場となる渋谷ワードホテル東鉄へとやってきた。
「羽田で泊まったところと同じだよね。」
「そうだよ。渋谷が拠点の東横高速鉄道グループがやっているホテルだね。」
今日は未亜がさみあんモードへ変わらないといけない関係からホテルのツインを押さえている。授業終わりでいったん家に帰り、家に置いてあった予備のウイッグなどを持ってきた。先にチェックインして、未亜は部屋でさみあんモードになった。
「6階まで来たけど受付はどこだろう?」
「あそこに看板があるね。ああ、受付も出てる。」
受付でそれぞれ芸名とペンネームを名乗って、式次第などをもらう。今日はどうやら立食形式のパーティらしい。白子さんからは「記者の入場はNGにしてあるので安心してください。」という言づてをもらっている。
受付が終わって振り返ると甘巻さんを連れた太田さんが近寄ってきた。
「美愛も先生もお疲れ様。」
「お疲れ様です!」
「二人ともお疲れ様です。儘田さんも中一日でまた東京は大変じゃないですか?」
俺は思わずそんなことを聴いてみた。
「はい、でも一回札幌に帰っておきたかったから。」
「儘田先生も今日はこの上で一泊される予定よ。」
「儘田さんもここに泊まるんだ!楽だよね。」
「早緑さんも泊まるんだ。うん、すぐ寝られるので楽。」
甘巻さんは未亜とはけっこう打ち解けて話せるようになっている。RINEのやりとりもまめにしているみたいで、女性同士で仲良くなれたのであればいいのだけど。
そんな会話をしているとパーティの時間となった。
入り口から盗撮されない隅の方で食事をしながら未亜、甘巻さん、太田さんの四人で話をしているとしばらくして、白子さんやブラジリアミュージックエンタテインメントの
最後に近くなったところで、同じようにあいさつ攻めに遭っていた駒元さんがこちらへやってきた。あいさつを交わしたところ、駒元さんはさみあんの大ファンらしく、ツーショットを撮っていた。
そんなこんなでパーティは特に大きな問題もなく、お開きとなった。流れで解散のようなので四人で会場の外へ出る。
「じゃあ、私はここで。三人はそのまま客室でしょ?」
「そうですね。」
「渋谷の夜景を楽しんでゆっくりしてね。美愛はまた明日ね。」
太田さんはそのまま帰っていく。
「儘田さんは何階?」
「私は22階。」
「えっ!同じ階だ!」
甘巻さんは「ワードセミダブル」というタイプの部屋らしい。うちは「ワードデラックスツイン」という部屋を取っている。うちの部屋には3人掛けのソファーや3脚の椅子がある。
「そうしたらせっかくだからうちの部屋で少し話をしようよ。」
「うん、私もそうしたい。雨東さんもいいかな?」
「もちろん。」
うちの部屋へ行く途中に甘巻さんの部屋があったので、甘巻さんが荷物などを部屋に置く間に未亜は部屋へ先に戻ってさみあんモードから通常モードへ変わることにした。俺は甘巻さんが部屋から出てくるのを待つ。しばらくして甘巻さんがラフなルームウェアになって出てきたので一緒に俺たちの部屋まで移動する。部屋に入ると既に未亜もいつものルームウェアに着替えて待っていた。未亜と甘巻さんがテーブルを挟んだ椅子に向かい合わせで座って早速会話に花を咲かせはじめたので、加湿空気清浄機を付け、俺もルームウェアに着替えつつ、
お湯が沸いたので備え付けのコーヒーカップへインスタントコーヒーを入れてお湯を注いで持っていく。
「あっ!圭司、ありがとう!」
「雨東さん、ありがとう。」
「まあ、気にしないで。」
俺は空いているソファに座らせてもらって、トラベルセットについている紙コップでコーヒーを飲みながら二人の会話を楽しませてもらいつつ、たまに混ざる。そんなとりとめもない雑談をしていたらあっという間に22時近くなった。
「そろそろ部屋に戻るね。でもその前に。」
甘巻さんが姿勢を正すと改まった感じでこう続けた。
「私がまた歩み出すことが出来るようになったのは二人とここにいない太田さんのおかげだからまずは二人にお礼を言わせてください。」
そういうと甘巻さんは深くお辞儀をした。
「「えっ?」」
「前にも話したとおり、私ね、札幌行って、中学に通えなくなってしまってからは、基本的にほぼ家に引きこもっていたんだ。スクーリングとかでどうしても出なきゃいけないときとか、運転免許はほしかったから免許を取りに行くときとか、外出はそういうときだけ。しかも常に親が一緒に来てくれないとダメだった。奴らがまた追いかけてくるんじゃないかってとにかく外が怖くて。だから長距離の移動なんて全然。」
甘巻さんはそこまで話すと一度コーヒーを口に含んだ。
「でも、奴らが捕まって、雨東先生のことが判った。絶対に早緑さんに謝るんだって決心してすぐに親を説得して、お医者さんにも許可を取った。そのあと飛行機と宿を自分で押さえて、一人で東京へ来て、ああやって話をさせてもらったら早緑さんは私を友達だっていってくれて。しかもそのあと事務所に所属することが出来た。昨日家に帰ってから東京であったことを全部話すとうちの両親は泣いて喜んでくれた。」
そういう甘巻さんの眼に灯がともったように感じた。
「それで、東京から帰るときに思ったことを伝えたの。私は両親が大好きだけど、両親のところにいると頼っちゃうからそろそろ自分の足で歩き出さないといけない、大崎と契約できるのはいいきっかけなんだってね。今日も本当は古宇田さんには欠席ってつたえていたんだけど、太田さんに無理をお願いして、急遽参加させてもらってね。」
甘巻さんはそういうと真面目な顔になってこう続ける。
「……もちろん、本音を言うとまだまだ怖い。でも奴らは塀の中であのときの映像はすべて没収されたんだって考えたらなんかふっと心が少しだけ軽くなった。少しだけだけど、でも少し変われたいま動かないと一生動けなくなってしまう、そう感じてね。大崎には信頼できるマネージャさんと友達がいるっていうことも伝えて、両親と兄とじっくり話をした。それで、両親のことは札幌で就職をした兄に任せて、私は今度東京へ引っ越すことにしたよ。念のため、お医者さんとカウンセラーさんとも面談したら『東京へ行って帰って来るというこの一連の流れで最後の壁を打破できたんでしょう。自分からそこまで考えられるようになったのであれば、もう寛解したといっていいと思います。一人暮らしでも問題ありません。でも、無理は禁物です。出来れば近くに信頼できる人がいた方がいいでしょうね。』っていわれたけどいまの私には信頼できる人が三人もいるもの。」
甘巻さんはおとといには見られなかったとても素敵な笑顔で未亜と俺のことを見つめる。
「恐怖の中で最後の一歩が踏み出せずに身動きの取れなくなっていた私がここまで思えるようになったのは……三人のおかげです。札幌に行ってからの私はいつも孤独だった……。でもいまの私には素敵な二人の友達と……頼もしいマネージャーさんの……その手がある……。だからいま道が見える……。三人は……私の大切な「相手役」です。……だから……だから……本当に……ありがとう……。」
そういうと甘巻さんは泣きながら再び深くお辞儀をした。
甘巻さんが
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【作者より】
今回の内容は、様々な事例を参考にして、各種知見などに配慮しながら慎重に記載したものですが、あくまでフィクションであり、医師等による診察や医学的なアドバイスの代わりになるものではありません。個別の疾患に関しては必ず専門家へ相談していただくようにお願いいたします。
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