第015話●予想通りの展開に安心するなんて……

 サインが本物だと判った百合は突然泣き出してしまった。


「百合!?どうした!?」


 父さんがあわあわしている。


「だって、まさか、本物のさみあんに自宅で会えるなんて思わなかったんだもん……。」

「百合ちゃん、驚かせてごめんね。」

「ううん、未亜さんのせいじゃないから!」


 父さんが至極常識的な質問をしてくる。


「圭司、アイドルと付き合うなんて大丈夫なのか?」

「うん、もう未亜の所属事務所にはあいさつしていて、問題ないことを確認している。未亜の事務所は元々恋愛ごとはオープンで公表するかどうかはいま検討してもらっている。」


 母さんも心配そうに聞いてくる。


「本の方は大丈夫なの?」

「そっちも担当さんに確認してある。事務所側が問題ないならむしろ宣伝になるから公表しても良いって。」

「そう、それならいいんだけど。大学の同級生って聞いていたのにまさかアイドルを連れてくるなんてねえ。」


 母さんがちょっと疑いの目で俺のことを見てくる。


「いやいや、未亜とは本当に大学の同級生だよ。未亜がアイドルしているなんて先週初めて知ったんだよ。」

「そうなんです。圭司さんが早緑美愛のファンだって知って。これはちゃんと話をしないといけないと思って、私の事務所で担当マネージャも含めて話をさせていただきました。私も圭司さんが雨東先生だってそのときに知ったんですけどね。……百合ちゃん、大丈夫?」

「うん、もう大丈夫!あとこのことは友達にも絶対にいわないからひとつお願いしてもいいかな?」

「私が出来ることならいいよ。」

「あの、これにサインを……。」


 百合はいつの間にか、早緑美愛がいままでに出した3枚のCDアルバムを持ってきていた。


「うん、いいよ!」

「俺もまだサイン入りは一枚しかないんだけどなあ。」

「圭司にはいつでも出来るからそういうこといわないの。」

「未亜さん、百合が無理を言って申し訳ないですね。」

「いえ!サインくらいでしたら!」


 未亜がジャケットにすらすらとサインを書いていく。


「未亜さん、ありがとう!」

「どういたしまして。」


 しばらくそんな会話をしつつ、本題を切り出す。


「あのさ、父さん。改めて話があるんだけどさ。」

「んー、なんだ?」

「未亜と同棲してもいいかな?」

「……また、突然だな。」

「うん、未亜はアイドルとしてこれから忙しくなると思っている。だけどご両親の方針で一人暮らしが出来ないんだ。それで、昨日、未亜の一人暮らしを認めて欲しいって話をしにいったら、一人は何かあったときに連絡が取れなくなるから二人で同居するならいいっていわれて。」

「未亜さんのご両親が問題ないなら男親からいえることは何もない。大学に入ったら自主性に任せるっていっただろ。むしろ、お前がそこまで考えられるような女性ひとがちゃんと出来たのは嬉しいことだな。」

「そか、ありがとう。」


 母さんがとても真剣な表情でこちらを見ている。


「圭司、判っているとは思うけど、その、ちゃんとしなさいね。あなたなら判っているとは思うけど、男の子がちゃんとしないと女の子は自分のことを守れないんだからね。」

「まだ全然そんな段階ではないけど、それは判っているよ、母さん。」

「圭司なら問題ないとは思うけど、念のため、ね。」


 母さんが表情を緩めると父さんが重ねてくる。


「いま、住んでいるところは二人で住むには狭いんじゃないか?」

「さすがに新しいところを探すよ。防犯も考えないとだから。未亜の事務所に許可を取るとき、いい物件がないか相談もするつもり。」

「ああ、それが一番だな。芸能人のセキュリティは一般人では判らんから。」

「事務所の方もOKならもしかしたら二人の関係が公表されるかもしれない。お互い本名じゃないから迷惑を掛けることはないと思うけど、詳細が判ったら連絡するよ。」

「判った。諸々のことを考えた上だろうし、その辺も圭司の判断に任せる。圭司なら大丈夫だと思うが、何かあったら遠慮なく頼れよ。」

「ありがとう……未亜?」


 未亜がこっちをじっと見つめている。


「圭司ってやっぱりすごいなって。視野も広いし、いろいろ考えているし、同い年とは思えない。」

「そうかな?」

「そうだよ。」


 ♪~


「あ、RINE……太田さんからだ。すみません、事務所のマネージャからの連絡なのでちょっと見てもよいでしょうか?」

「ああ、全く問題ないですよ、そんなに気を遣わずリラックスして下さい。」

「ありがとうございます。」


 未亜がRINEを開いて読んでいる。


「事務所の方針が決まって、お付き合いのこと、公表するって。KAKUKAWAには太田さんから連絡取ってくれる。同棲のこと、聞いてみようか?」

「ああ、そうだね。未亜から聞いてもらうのが一番良さそうだ。」

「ちょっと待ってね」


 未亜はそういうとスマホを操作している。少ししてメッセージの到着通知音が流れる。


「……同棲も問題ないって。公表するときに一緒に話をしてしまえばいいっていってる。あと、同棲するなら物件は事務所の方で手配をしたいって言っているけどいいよね。」

「むしろそれの方がありがたいな。」

「……圭司、明日時間取れる?」

「明日は3限のあとはフリーだからそれ以降なら空いているよ。」

「太田さんが、明日諸々相談したいって。私のレッスンは18時からだから。」

「予定入れておくよ。」


 ようやく予想通りの展開になってくれた……。

 予想通りの展開に安心するなんて……。

 イレギュラーはもうないよね?大丈夫だよね?

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