第008話○驚かしたら驚かされた件

「まだ心臓がバクバクしているよ……。」

「ごめんね。そんなに驚くとは思ってなくて……。」


 しばらく固まっていた圭司がようやく再起動したので、私は圭司の隣から移動して、太田さんと並んで圭司の前に座る。


「改めて紹介するね。こちらが私のマネージャをしてくれている太田おおた庸子ようこさん。」

「初めまして、太田です。」

「彼が私の恋人である高倉圭司くんです!」

「……初めまして、高倉です。お見苦しいところを……すみません……。」

「いえいえ、早緑さみどりから相談を受けたときに言葉でいっても信じてもらえないかもしれないから早緑さみどり美愛みあとしての姿を見せた方がいいかもねって煽ってしまったのは私なので。こちらこそ申し訳ありませんでした。でも、まさか予告なしでいきなりなんて、ねえ。」

「いやあ、あははは……。」


 圭司が突然真剣なまなざしになって太田さんを見ているけどどうしたんだろう。


「……あの、すみません、太田さんにひとつ伺いたいことがあるのですか、よろしいですか?」

「はい、なんでしょう?」

「未亜が早緑美愛だというのはいま知ったんですが、早緑美愛はアイドルですよね?彼氏がいてもいいんでしょうか?」

「ああ、それでしたらうちは問題ないです。さすがに授かり婚とかされてしまうと困ってしまうんですが、真面目な交際で、こちら事務所にちゃんと知らせていただいていれば容認するのが弊社の基本ポリシーです。最近は、アイドルもちゃんと恋人の存在を公表した方が良いケースも多いんです。」


 太田さんがフォローの説明をしてくれる。


「そうなんですね。」

「事務所を選ぶときにその辺はちゃんと調べて、問題ないところを選んだからね。先輩たちも結構恋人の存在を公表しているよ。」

「いやあ、なんか全身から力が抜けたよ……。」


 圭司が机に突っ伏してしまった!?えっ、そんなに!?


「えっ、圭司大丈夫?」

「突然連れてこられて、いきなり正体を知らされて、もしかしたらこれは関係がばれたんで怒られた上で別れさせられるんじゃないかってさっきまでものすごい緊張してたんだぞ……。安心したら一気に虚脱したよ。もう、心臓が止まりそうになったのを返してくれ……。」

「ごめんごめん。そんなに驚くとは思っていなくて。」

「こんなの驚かない方がおかしいよ……。」


 圭司は身体を起こすと神妙な顔つきになって何やら考えはじめた。どうしたんだろう?


「それにしてもこうなってくると、うーん、こんな衝撃の事実を公表されたらなあ……やっぱり……いっておくべきだよなあ……。」


 圭司がなにかぶつぶついっている。なにかあったのかな?


「太田さん、先ほど、関係を公表するケースもあるっておっしゃってましたが、未亜……いえ、早緑さんのマネージメントをしていく上で彼氏の存在って公表する方針ですか?」

「そうですね。相手の方が同じ芸能界の方でしたら、相手様の事務所の方針でも問題ないなら公表することもあります。ただ、高倉さんのように一般の方の場合は、匂わせる程度で済ませることも多いですね。いずれにしても社内で慎重に検討をしてから方針を決めます。もちろん、その際は高倉さんにもご相談させていただくことになるかと。」

「……そうですか。えーと、すみません、ちょっともろもろ電話で相談してきたいので、少しお待ちいただいてもいいですか?」


 そういうと圭司は会議室を出て行った。


「高倉さん、どうしたのかしらね?どこに相談されるのかしら?」

「うーん、ちょっと判らないです。でも、もしかしたらご両親と公表しても良いか相談しに行ったのかも。」

「……高倉さん、ほかの事務所に所属しているとか、ないわよね?」

「まさか、芸能界で仕事しているなんて、そんな話は聴いたことがないですよ。」

「うーん、そうしたらなにかしら……。」


 5分くらいして圭司は戻ってきた。


「すみません、お待たせしました。」


 戻ってきた圭司は鞄からタブレットを取り出した。なんだろう?


「いまからお伝えしたいことがあります。実は私は単行本化しているネット小説を書いています。この画面がその証拠です。」


 そういうと圭司はタブレットの画面を見せてきた。


「えっ、これって、雨東先生!?圭司、まさか……。」

「そう、未亜がサイン会にまで来てくれたあめひがしはれ西にしは俺なんだ。」


 私は何が起きているか判らず固まってしまった。


「高倉さん、雨東先生なんですか!?」

「はい、本人です。」

「まさか雨東先生とうちの早緑が恋人同士なんて……。」

「いまKAKUKAWAの担当編集に電話して相手が早緑さんというのはぼかして、確認したんですが、出版社側としては本の宣伝にもなるので、関係を公表すること自体は大歓迎だそうです。ちょうど先日アニメ化プロジェクトの発表もしているので、その意味でも良い宣伝になる、と。もし、今後早緑さんを売るための戦略として、私との関係を公表した方が良いと事務所側が判断されるようであれば、ぜひそうして下さい。」

「たか……いえ、雨東先生、ありがとうございます。上のものとも相談しまして、今後について検討させていただきます。」

「もし、公表することにした場合、担当から『うちの週刊誌でインタビューを載せるのを情報解禁として欲しい』という言づてももらっていますのであわせてよろしくお願いします。」

「……さすが、天下のKAKUKAWAですね。抜け目ない。判りました、それも含めて相談してみますね。先方がよろしければ、あとでご担当の方の連絡先を……あれ?美愛?」


 私は驚きと感動で涙が止まらなくなってしまっていた。


「未亜、どうしたんだ!?」

「だって!あの憧れの雨東先生が圭司!?まさかまさかまさか!大好きで何度も何度も読んでいた雨東先生が圭司だっただなんて!そんなの感激と感動でおかしくなっちゃうって……!」

「そんなのこっちこそだよ!デビュー当時から応援していたさみあんが未亜だなんて思いもしなかったよ!」


 デビュー当時から応援って、前に自分でライトなファンだっていっていたのになあ、と思った私はニヤニヤしてきてしまった。よし、前に聞いた話の矛盾点を指摘しちゃえ!


「……そうだよね、圭司、前にライトなファンだなんていっていたけど、デビュー曲のファンクラブ限定インストを着信音で使っているくらいのファンだもんねー!」

「えっ、雨東先生、その音源持っているって本当に超初期からのファンじゃないですか!?」

「あー、あはは……えーと、ファンクラブの会員番号は72番です……。」

「あっ、太田さんが絶句しちゃった……。」

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