第5話 彼女の実家

前期のテストも終えて、夏休みに入って2週目。お盆に心華の実家に泊まらせてもらうことになっていた。

心華との同棲を始める条件の1つに、夏と冬は泊まりでお互いの家に帰省すること。と言われていた。

それはそれぞれがではなく、2人でそれぞれの家に。という話で、お互いの両親が決めたことなのだが、どういった意図なのか隼と心華にはその時は理解できていなかった。


初めての帰省は勝手が分からず、心華は1週間くらいの旅行に行くのかというくらいの荷物をまとめていたが、洋服以外はそれぞれの家にあることに気づき、小さめのボストンバッグに収まった。

「準備できた?」

「う~ん。たぶん大丈夫。」

電車で1時間ほど、都会と田舎のちょうど間くらいに心華の実家がある。駅前はたくさんお店があるけれど、住宅街に入れば静かなところだ。

電車に揺られながら景色を眺めて、時折顔を寄せて話したり。

並んだ家の中に、可愛らしい雰囲気を纏う家が心華の実家だった。可愛らしさはおそらく花壇に植えられている花や置物などがそう見せるのだろう。


「ただいま〜。」

「おかえり、お姉ちゃん。」リビングから心華の妹が小型犬を抱いて出迎えてくれた。小型犬は毛がクリーム色でもふもふしていて、初めて見る隼の方を向いてつぶらな目をきらきらさせている。

「はじめまして、妹の心葉このはといいます。こっちのわんこはミミって言います。」

ミミも挨拶と言わんばかりに、クゥと鳴いて頭を少し下げたように見えた。

「はじめまして、こんにちは。渡川隼です。」

ご両親とは同棲前に何度か会っていたが、妹の心葉は心華の話の中では聞いていたものの今日はじめて会う。心華と目鼻立ちは似ているが、ショートカットで少しボーイッシュな印象だ。実際着ている洋服も、暑いせいかノースリーブのシャツにショートパンツという涼しげな格好である。

「今からミミの散歩に行くけど、お姉ちゃんも久々に散歩に行く?」

「そうだね~。隼くん、20分くらいかかるけどいい?」

「うん。」

心華と心葉、隼の3人が並んで歩く。リードを持つのは心華だ。

閑静な住宅街の中だけれど、所々に洒落たお店があって、心華はここの何々が好きなの~と1つ1つ教えてくれた。すでに2人で暮らしているから、なかなか地元に帰ることは少ないけれど、それでも隼の知らなかった心華の好きを知れることが嬉しかった。

おもしろいことに、ミミも心華の好きなお店の前に近づくと心華の方を振り返って目をきらきらさせて尻尾をふりふりさせていた。心華いわく、実家を出るまでは心華がミミの散歩を担当していたので、立ち止まったり買い物するお店を覚えたらしい。

そんな感じで20分ほど歩いて戻ると、家のカーポートに心華のご両親の車が停まっていた。普通に挨拶すればいいのは分かっているが今晩1泊するということもあり、隼は変な緊張感を感じていた。

「隼くん緊張してる?」

心華が隼の顔を覗き込む。顔をかきながら隼は答える。

「それなりに。」

「緊張してる隼くんも珍しいね。」

少しだけいたずらな表情の笑みをみせる心華に、隼は言葉を返す余裕もなかった。それは入試とかテストなんかとは別の緊張感だった。


「ただいま~。」心華と心葉の声が揃う。

「心葉と心華、隼くんも、お帰りなさい。」

心華のお母さんが玄関で出迎えてくれた。すぐに心華のお父さんもリビングから出てくる。

「お帰り、みんな。ミミの散歩に行ってたんだね。」

心華の両親は2人とも柔らかな笑顔で、おだやかな性格だ。隼にとっては、自分の両親とは正反対の性格なのではと思っていたので、隼と心華が同棲したいと伝えた際に両親どうし4人で会って話すと言われた時は会話になるものかと心配したほどだ。

「お久しぶりです。お邪魔します。」

「いいのよ、そんなにかしこまらなくて。」

「隼くんはうちの息子みたいなものだしな。」

心華の両親は顔を見合わせて、ふふっと微笑む。隼と心華はリビングのソファに座って、心華のお母さんが用意してくれた麦茶に口をつける。心葉は学校の課題があるからと自分の部屋に戻っていった。

「そうだ、心華。今日は隣町でお祭りだから、隼くんと行ってみたらどう?」

「あ~懐かしい。そっかこの時季か~。」

「浴衣も準備しておいたの。心華も隼くんも着付けしてあげるわよ。」

「やった!隼くんの浴衣姿はじめて見れる!」

心華が嬉しそうにはしゃぐ。

「浴衣着るのはじめてなんだけど…。」

「ほんとう?隼くんのはじめてゲットだね、ふふ。」

にこにこの心華をみて、両親もふふっとにこやかに笑う。

散歩で汗をかいているからと、軽くシャワーで汗を流してから浴衣の着付けをしてくれることになった。

はじめての浴衣を彼女のお母さんに着付けてもらうのも少し恥ずかしかったけれど、心華のお母さんはものの十数分でささっと着付けてくれた。

「すごいです。うちの母はこういったこと全くダメなので。」

「うふふ、慣れよ慣れ。浴衣なら簡単だから隼くんも覚えたらできるし、いつか心華とお互いの着付けをし合ってお祭りに行けばいいわよ。」

にっこりと微笑む顔は心華とそっくりだ。

続けて心華も着付けして、髪の毛も軽くセットしもらう。

お祭りは隣町とはいっても歩いて行ける距離で、大きめの神社の付近を歩行者天国にして出店がたくさん連なっている。

お祭りに向かいながら、心華がいう。

「私と隼くんの浴衣、パパとママが若い頃に着てた浴衣なんだって。」

「そうなの?」

心華はにこにこしながら二度三度とうなずく。隼は、大事なものを貸してくれたことに心があたたかくなった。

「汚さないように気をつけないとね。」

「汚しても大丈夫だよ。私小さい頃毎年汚してたけど怒られなかったもん。」

「あ、そう。」

苦笑いするしかない隼。きっとおっちょこちょいな心華が食べこぼしとかしちゃってたのだろうな、と容易に想像できる。

「あ、いっぱい出店があるよ。どこから見ていく?」

「心華の見たいところから行こうか。」

「ご飯になりそうなもの食べてから、チョコバナナとかりんご飴食べたいな~。あとかき氷も食べたいし、帰りにわたあめも買って帰る!心葉にもお土産買わなくちゃだし。」

どんどん出てくる食べ物の名前に、全部の出店を制覇するつもりなのかと思って、思わず笑いがこぼれてしまう。

とりあえず、と言ってお好み焼きにしようと言って出店に並ぶ。少し離れたところでもソースの美味しそうな匂いがしている。


「あ、柊真だ~!なにしてるの?」

「心華じゃん。って渡川も、てそりゃそうか。」うげっ、という目で隼をみる柊真。

悪かったな、と視線だけ返しておく。

「なにしてるのって、見りゃ分かるだろ。バイトだよ、バイト。親戚の叔父さんがやってんの。」

店先には柊真が立っているが、奥の方にはおじさんとおばさんらしき人がせっせとお好み焼きを焼いている。

「柊真、バイトばかりしすぎじゃない?」

「まーなぁ、部活の遠征費とかは自分のバイト代で払ってるからな。」

「へ~、すごいね。柊真って、そこそこすごいんだっけ?」

「高校の時は全国大会までいってるからな!?」

「ふーん、すごいんだね。」

聞いておきながら適当な反応を返されて、どうにも返事をしよいがなくなった柊真に、隼は構わず注文をする。

「お好み焼き1つ。」

「はいよ…。」

柊真は作り置きされていたお好み焼きをパックに入れ刷毛でソースを塗り青のりと鰹節をかける。手際よく袋詰めして手渡してくれる。他のお客さんも並んでいているので、お代の500円を渡してさっとその場を離れる。

それから心華と隼はたこ焼きや焼きそば、チョコバナナや飲み物と順番に買っていった。

近くのベンチに座っていざ食べ始めようとした時、頭の上から声が降ってきた。

「俺も混ぜて~。」柊真がいる。

「サボり…。」ポソリとつぶやいた隼に、柊真はすかさず休憩だと言い返す。

「ほら、俺からのおまけ。」

言って柊真は焼きとうもろこしとおさつスティックを心華に手渡す。

「わぁ、めっちゃ気が利くじゃん!」

いつかの講義のように、3人並んで座る形になる。

「そういえば心華って今晩は実家に泊まるの?」

「そうだよ~」もぐもぐ食べながら答える心華。

「じゃあさ、帰ったら花火しない?もらったんだけど、1人でするのもさみしいし。」

「じゃあ、うちでする?」

と言ってから心華は隼をみる。

「あー、ミミの散歩のとき言わなかったけど、柊真のお家ってすぐ近くなの。」

「花火くらい、いいけど。」

やきもちを焼くほどでもない。隼が食べる方に意識を向けている横で、心華と柊真は会話を続ける。

「懐かしいねぇ、昔は心葉と3人でしたっけ。」

「心葉は今年受験だっけ?」

「そうそう。勉強ばっかりしてるから私達と違って余裕そうだけどね。」

「達って、俺も混ぜるなよ~。」

「だって柊真はほぼほぼ部活の推薦じゃん。」

心華と柊真がわちゃわちゃと話している途中で、それまでの周りの灯りが薄暗くなり花火が上がり始める。

「わぁ、始まったね。」

その後は3人とも黙々と食べながら花火を見上げる。心華はおいしいっ!とか、あの花火すごいね~など、独り言くらいの声で時折つぶやいていた。

花火が上がって15分くらいで柊真は食べ終わったのか、じゃあまた後でと言って店番のために戻っていった。

人混みの中に消えていく柊真を見送って心華が言う。

「やっと2人だね。」

心華の笑顔が花火の逆光の中できらめく。

「隼くんと花火が見れてうれしい。」

「俺だって嬉しいよ。」

「また来年もその次の年も、ずーっと一緒にいようね。」

「もちろん。」

隼は心華にキスしようと顔を近づける。心華も察して目を閉じようとするが、急に目を見開く。

「ちょっと待って!今キスしたら、ソース味のキスになっちゃう!」

隼は目を丸くして、ソース味って…、と笑いを堪えられず吹き出してしまった。心華もせっかくのムードを壊してしまった恥ずかしさからか手で顔を覆っている。

「ごめん~~。」

「俺は別にソース味でもよかったけど?」

「隼くんのいじわる~。」

2人で笑い合う。キスはおあずけになったけれど、肩を寄せ合って次々上がる花火を見つめた。



花火の打ち上げが終わってから、また出店で心葉へのお土産になる食べ物を買って帰ることにした。

心華の家に帰り着くと、すでに柊真がいて、心華のお母さんと心葉と談笑していた。

「遅かったな。」

「心葉にお土産買ってたんだもん。柊真はお店の手伝いしてたのに早くない?」

「俺は混んでる時だけの手伝いで、片付けなしだから。」

「ふーん。あ、心葉、これお土産。」

心華は買ってきた食べ物や、おそらく心華自身がやりたかっただけであろうくじ引きで当てたキーホルダーやぬいぐるみを渡す。心葉は素直に全部を受け取って、ありがとうと言う。

「じゃあ、花火しよっか。」

心葉にも一緒するか聞いたけれど、お土産の食べ物を食べたらまた勉強するからと言って断られた。

心華と隼、柊真の3人での花火は、微妙な空気になるかとそれぞれが察してか、はじめると意外と普通に会話していた。

後期の選択講義をどうするかとか、夏休みはみんなバイト三昧とか。来年はもう就活考えてるのか、なんて話もしたり。

たくさんあった花火も話しながら3人でしているとあっという間で、小1時間ほど時間が経っていた。

「ろうそくの火は消したし、花火は全部水に浸けたし。」

「あとは明日の朝私がやっておくよ。」

「もう遅いからおばさん達に挨拶しないで帰るよ。また休み明け学校でな。」

「うん。柊真、今日は色々ありがと。」

隼も片手をひらひらさせる。

「じゃあ、隼くんお家の中に戻ろっか。」

家の中に戻ると、心華のお母さんがお風呂に入ったらと声をかけてくれた。

「浴衣は脱いだらカゴの中にそのまま入れておいていいからね。」

お風呂は隼が先に、あとから心華の順に入った。心華がお風呂に入っている間、お母さんがリビングダイニングで冷えた麦茶を出してくれた。

何か話したらいいか隼が迷っていると、心華のお母さんが先に話しはじめてくれた。

「心華と一緒に暮らしてみて、どう?」

心華から直接聞いているかもしれないが、隼は普段の生活の事を話す。飾ったり誤魔化しても意味はないので、できる限りありのまま伝えた。

「心華が隼くんと一緒に暮らしたいって話をされた時は、驚いたけれど、これが最後のわがままというか、もう心華も1人の大人になったんだなって思ったわ。」

「僕も、こんなまだ1人前にもなれていないのに、わがまま言ってしまってすみません。」

「いいのよ。楽しく暮らせていてなによりなんだから。心を許せる人がいるって大事なことよ。お互いを大切にしてあげてね。」

ちょうど話が終わる頃、パタパタと心華がお風呂から出てきた。

「は~、すっきりしたぁ。麦茶飲みたい~。」

ダイニングテーブルで向き合っていた隼と母の様子を見て心華は

「2人で何かお話してたの?」

訝しげな心華の表情から、

「ママと隼くんの内緒話よ。」

人差し指を口元に、片目をウインクさせて答える。

「え~、ずるい~。」

「ママもお風呂に入ろうかしら。心華も明日は隼くんのお家に行くんだから、夜更かししないで早く寝なさいね。」

「分かってるよ~…。」

心華のお母さんはバスルームへと向かう。リビングに残された隼と心華は顔を見合わせる。

「ママに言われちゃったし、寝よっか。」

2人で心華の部屋に行く。アパート暮らししてから空になっていた部屋だったが、母が空気を通してくれてベッドメイキングもされていた。ベッドの横には隼のために布団も敷かれている。

「自分の家なのに、全部やってもらってなんか申し訳ないなぁ…。」

心華がぽそりという。

「それより、隼くん、ママと何話してたの?すんごい気になる。」

「まぁ、あれは内緒話かな…。」

「ママも隼くんもずるい。」

隼は今一度うーんと考えて話そうかと思いつつ、やっぱり今は言わないでおこうと思った。

「も~。いつかは教えてよね!気になって眠れない!」

心華がガバッと枕にうずくまる。

「いつかは話すよ。」

隼が静かに布団に横になって、視線を心華の方に向けると、すでに心華は眠りに落ちていた。そのかわいい寝顔をみてから、隼も瞼を閉じた。

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