第4話 彼女のバイト先

夏休みは講義がほとんどないので、バイトを多めにしている。

普段は土日や講義が少ない曜日だけにしていて、隼は時給と効率を考えて家庭教師のアルバイトを、心華はケーキ屋とファストフード店のアルバイトをしている。

心華にもっと時給が高いバイトをしたら働く時間を少なくできるよ。と聞いてみたことがあるが、「だって、タダ(まかない代わり)でケーキやハンバーガー・ポテトが食べることができるから!」とキラキラした顔で言われた。

それに加えて、心華は夏休みだし暑いからといって、夏休み期間だけアイスクリーム屋さんで短期バイトをすると言っていた。

バイトをするだけならともかく、バイト先が繁華街に近いとか勤務時間が夜の時間帯にしたと報告されたのは、もう明日から働くとなってからだった。反対されると分かっていて、ギリギリまで黙っていたのだろう。

「明日終わるの何時?」

「アイスクリーム屋さん?22時の予定だよ。」

「俺21時までだから、終わったら迎えに行くよ。」

迎えの約束を取り付ける。心華は見た目よりはしっかりしているけれど、時々どこかおっちょこちょいで、できるだけ見守ってあげたくなる。


翌日。朝から心華は友達と出かけてからの午後からのアルバイトだったので、朝ごはんだけ一緒にすませた。

隼は夕方からの家庭教師のアルバイトなので、部屋の掃除をしたり本を読んだり、時間までのんびりと過ごした。

家庭教師のアルバイトは普段と変わらず、淡々と時間が過ぎて21時をまわる。その足で心華を迎えに行く。

終わってすぐに来たから、閉店まで時間もある。せっかくだから、なにか注文して食べて待とう。

そんなことを思いながらお店に入ると、アイスケースの前で何を買うか悩んでいる木崎がいた。本当、こいつどこにでも現れるよな。

「いらっしゃいませ〜。って隼くん。」

心華の声につられて振り向く木崎。

「あ、渡川も来たの」

あ、じゃねーよ。と思いつつ、出来るだけスマートに。なんて心の中で唱える。

「木崎、なんでいるの。」

「なんでって、心華がアルバイト始めたから…きてって言われて…」

あ、言ったらまずかったかという顔を、木崎も心華もしている。幼なじみだけに、こういう時の行動がよく似ている。

今2人を責めたってどうしようもないし、どうせ2人にとっては何気ないことだろうから。

「別にいいけど…」

心華の顔に明るさが戻る。

「隼くんは何になさいますか?」

初日なのに、妙に馴染んでいるのは心華らしさか。隣で教えている先輩も、笑いを隠せずにいて、隼の方が恥ずかしくなってくる。

「あ、えっと。じゃあ、バニラとストロベリーをワッフルコーンで。」

「かしこまりました。」

心華が笑顔で応対してくれる。これまでのアルバイトは決まりきった飲食店の制服だったけれど、ここのお店は少し可愛らしさのある制服で心華に似合ってる。なんて、心の中で思いながら心華の動きを見ていたら、横からうるさい声がした。木崎の存在を忘れかけていた。

「決めるの早いな。」

「お前が優柔不断すぎるだけだよ。俺が決めてやろうか。」

「それは、待ってくれ!」

木崎はアイスケースを指差しながら、ぶつぶつと悩んでいる。隼が代金の受け渡しとアイスクリームを受け取ってる間も、まだ悩んでいた。これ以上悩ませても時間だけが過ぎるだろうから、代わりに注文してイジワルしておこうと思った。

「心華。こいつは、チョコレートとピスタチオとポッピングのトリプル、ワッフルコーン。」

「かしこまりました~。」

さっきと同じ笑顔で注文を受けて、さっとアイスクリームをサーブし始める。

「あ、おい、渡川。勝手に…。」

「早く決めないと迷惑だろ。」

木崎には隙を与えず、ピシャリと反論しておく。木崎は財布を取り出しながら、隼の方を向く。

「まぁ、いいけど。あ、渡川は心華のこと待ってるんだろ。外で一緒に…」

「いやだよ。」

何が楽しくて、こいつと一緒にアイスクリームを食べなきゃならんのだ。


と、思っていたのに、結局店の外のテラスで一緒に食べる羽目になってしまった。心華の先輩店員さんがやり取りをみて、テラス席を案内されてしまい断る訳にはいかなかった。

隼のチョイスした割高なアイスクリーム(トリプルなのと、ピスタチオは割増料金だった)を食べながら木崎が話す。

「渡川の勝手なチョイスだけど、美味しいなこれ。ピスタチオってはじめて食べたわ。」

嫌がらせなのに、喜べる姿勢を尊敬する。食べながら木崎が話を続ける。

「そういえばさ、心華とのこと色々口出ししてごめんな」

今さら何を言うかと思ったら。隼もアイスクリームを食べながら、とりあえず木崎の話を聞く。

「心華とは幼なじみで、きょうだいみたいに育ってきたからさ。いつも笑顔でいてほしいし、幸せにいてほしいとか思っててさ。」

「うん」

「付き合ってること、うちの母さんからきいて、なんか、勝手に今まで俺が守ってきたのに…。て、都合のいい考え方しちゃって」

「うん」

「でも、まぁ…なんと言うか。この前心華とも話したんだけど、今までちゃんと見てこなかっただけで、渡川が心華の彼氏でよかったよ。」

「なんか、一方的だけど。」

「ああ!?ごめんっ。いや、でも、ほんと妹みたいな感じでさ。心配しちゃうんだよっ」

父親かよ、と思いつつ、隼もうなずく。

「まぁ、心配するのは分かるけど」

「なぁ、そうだろ?今日もさ、新しいバイトするから来て~、て言うから来たら、こういう場所じゃん?」

繁華街の近くの店で、今の時間も居酒屋やスナックなど夜の店の客が出歩いている。変な人に絡まれないかとか、心配の種は尽きない。

「心華ってしっかりしてるけど、のんびりしたところもあるから心配しちゃうんだよなぁ。」

椅子にもたれる木崎。話をしながら黙々とアイスクリームを食べ終えた隼がいう。

「木崎、アイスクリーム、とけてるよ。」

「おわっ。ちょっと待って、先に食べるわ。」

慌てて溶けているアイスクリームを頬張る木崎をみて、少しだけ心華を重ねてしまう。

「木崎はさ、心華のこと好きなんだろ?」

急いでアイスクリームを食べていた木崎がむせ返る。

「いやっ、好きとかは…違うと思ってるんだけど…」

この期に及んでも鈍感か。

「まぁ、でも俺は木崎がニブくてよかったよ。」

木崎がまじまじと見つめてくる。

「渡川って、見た目はイケメンだけど、中身は結構イジワルだよな。」

「イジワルなのは、お前に対してだけどな。」

うっすら笑いながら答える。木崎をいじるのが最近楽しくなってきている気もする。

「心華にはちゃんと優しいよ、俺。聞きたい?」

「いらんわっ。」

「どんなこと想像してるんだか。」

木崎の顔が紅くなる。純粋すぎて、もっとからかってやりたくなる。弟がいたら、もしかしたらこんな感じなのかもしれない。こんな弟はいらないけど。

「お話し中ごめんね。お2人さん、よかったらどうぞ。心華ちゃん、22時までだからもう少し待っててね。」

心華の先輩店員さんが、アイスコーヒーを持ってきてくれた。もうお客さんが来ないので余るからと、サービスだという。

「ありがとうございます」

隼と木崎の声が重なる。

先輩店員さんは2人を見てニッコリ笑って店内へ戻る。色々説明なしでもお見通しのような笑顔だった。

店に戻ったのを見届けて、木崎が先に口を開く。

「まぁ、場所は微妙だと思ったけど、夏休みの間だけだろ、ここのバイト。別にいいんじゃない?」

「反対して辞めさせたい訳ではないから…。って、なんなん?これ。」

「いやいや、心華心配し隊、だろ、俺たち」

ワケわからん…。

「一緒にしないでくれ。」

ため息が出そうになったが、こらえておく。

お互いもっと言っておきたい事があったとは思うけれど、星の見えない夜空を見上げながらさっきもらったアイスコーヒーに口をつける。


隼がスマホで今日の家庭教師の報告書の下準備をしていると、いつの間にか時間が過ぎていたようで、心華が隼と木崎の間にやってきた。

「2人ともお待たせ、帰ろっか。」

労働を終えた後とは思えない、爽やかな笑顔の心華がまぶしい。

木崎には悪いけれど、早く家に帰って心華と2人になりたかった。

駅まで3人並んで歩く。いつかの講義の日と同じ、真ん中に心華を挟む。

「そういえば、2人って最寄り何駅?」

木崎が唐突に聞いてきて、心華はえっとねーと言いかけてハッと隼の顔を窺う。

「プライベートは内緒。」

塩対応な返事をしておけば、木崎は簡単に丸め込めることを隼は知っている。

「ケチだなぁ。まぁ、今度遊びに行きたいから、渡川がいないときに心華に聞くわー。」

木崎もいつの間にか嫌み返しをしてくる。

「ほんと、やめてくれ。」

3人の笑い声が重なる。

関係性はこれからまた変わっていくのだろうけれど、これはこれで面白いのかもしれないと思った。



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