第3話 20歳のお祝い
お互い20歳になったら、はじめてのお酒は一緒に乾杯しようね。
付き合い始めて数ヶ月経った時の約束。
先月7月で心華も20歳になった。
テスト期間があるから、はじめてのお酒は夏休みに入ってからにしようと2人で話していた。
テスト期間も終わり、夏休みに入ってはじめての週末。
「お酒ってどんなのがいいのかな?」
「はじめてだし、チューハイとかでいいんじゃない。」
スーパーのお酒売り場で真剣に話す心華と隼。
「このボトルきれい~」
「これはウイスキーだから、はじめてで飲むにはきついんじゃない」
ボトルやパッケージのきれいさに目を引かれる心華は、じとっと隼を見つめる。
「隼くん、詳しすぎない?ほんとはもうお酒飲んだことあるでしょ?」
大学に入ってからは飲んでいない、という言い方をすると語弊が生まれそうだが、父親の晩酌を横で見ていたので、なんとなくはどういうものかは知っている。
飲んだ経験といっても父親の晩酌をペロッとなめた程度だ。
「いや、うちは父さんが晩酌するからさ。」
「ずるい~。うちはママがパパにお家で飲んじゃダメって言ってたから、お家にあるのは料理酒だけだったよ。」
「まぁ、今日飲んでみて大丈夫そうなら、少しずつ色んなの飲んでみればいいんじゃない?」
「飲み会に行ってもジュースじゃなくてもよくなるのかぁ。楽しみだなぁ。」
とても嬉しそうな顔をみせる心華。
大学生にもなるとサークルとかクラスの友達との付き合いとかで、居酒屋でご飯ということもままある。
心華はいつも帰ってくると、あれが気になるこれが気になると言っていたので、楽しみで仕方ないのだろう。
「飲み過ぎちゃだめだよ。」
「わかってるよ~。隼くんと飲んで慣れてからにするんだから。」
「おつまみは?」
「買いたいと思ってたのがあるの!」
めちゃくちゃ気合い入ってるなぁ、と隼は楽しそうな心華を横目に見る。心華と一緒にいなければただただ普通に過ぎたことも、2人でいると何かしら色がついてしあわせな気持ちになれる。
「あと作りたいのもあるの。今日はまかせて!あ、でも、完成まで秘密にしたいから、これのお会計が終わったら、別に買ってもいいかな?」
普段のご飯は交代で当番していたけれど、心華より隼の方が少しだけ料理はうまかった。心華はレシピ通りに作れば問題ないのに、なぜか最後にオリジナリティを出したがる。それが味をあやしくさせているのだ。
「いいけど、ちゃんとレシピ通りに作ってね。」
「も~、分かってるよ。」
少し頬を膨らませながら心華と買い物を済ませる。
心華のサプライズ分の買い物を待ちながら、隼はサッカー台で買ったお酒やお惣菜を袋に詰めて待つことにした。
家に帰りつき、2人でご飯とお酒の準備をする。心華が作りたいものがあると言ったからキッチンに立ち、隼はお皿やグラスを並べる。
お酒はチューハイと、心華が飲んでみたい!と目を輝かせたシャンパンの小さいボトル。チューハイよりはアルコールは強めだけれど、1口くらいなら心華でも大丈夫だろう。
レジを済ませる時に年齢確認されるのかな、なんて2人でソワソワしたけれど、「20才未満・20歳以上」というのを指差しするだけで意外とすんなりと終わった。
隼は買ってきたお惣菜や乾きもの・チーズなどのおつまみをお皿に並べる。
心華は無口で真剣そうな顔つきで、料理をしている。きっと、普段のご飯とは違って今日は特別な日にしたいのだろう。
2人でする「はじめて」は何でも特別だと思う。
しばらくして心華が「できたぁ」と声を弾ませた。パタパタと歩いて食卓に皿を運んでくる。
「これはなに?」
「軟骨の唐揚げと、クリームチーズ入りの明太ポテトサラダ!この前お友達と居酒屋さん行った時にめちゃくちゃ美味しかったの!!」
「美味しそうにできてるじゃん」
へへっと心華がはにかむ。
「なんか、食べ物いっぱいになっちゃったね。」
「まぁ、残ったらまた明日のご飯で食べたらいいんじゃない。」
この日の為に「お家居酒屋貯金」なるものを2人でこつこつ貯めていたので、結構贅沢な仕上がりになった。
お互いのグラスにお酒を注いで、それじゃと一息おいて小さく乾杯した。
お酒を少しずつ飲みながら、出会った頃の話に花が咲いた。
入学式、クラス会の後。クラスの初授業で席取りに遅れた心華が、隼の隣の席に座った。その日何か――消しゴムだった気がする――忘れ物した心華があわてて探し物をしていて、隼が思わず声をかけたこと。
声をかけられた心華は、自分の慌てぶりが恥ずかしかったのか、すぐに顔を真っ赤にしていたのも、もう懐かしい思い出だ。
その次の日にすぐ心華に告白されて、隼は即OKした。
はじめは心華にからかわれてるかなって思ったけれど、次第に気持ちが伝わってきた。
みんなに付き合ってるというのは恥ずかしいから、と学生がいなそうな場所でのデート。たまにお互いのアパートに行ったり。
そうしているうちにどんどん魅かれてお互いに離れられない存在になった。
「自然と一緒に暮らしたいと思うようになってたよなぁ。」
「私も。だから、今一緒にいられてほんとにしあわせ。」
「いやいや、もっと幸せにしますよ。」
少しだけ、声を真面目なトーンにしてみる。
「へへへ、嬉しいな。わたし、もう後期入ったらみんなに言おうかな。隼くんと付き合ってること。」
「うん。それは賛成。」
そうしてくれたら、もっと近くにいられる時間が増える。
「心華の隼くんだよって言いふらしたい。ふふ。」
だいぶ酔ってるなぁ、と思いながら心華の頭を撫でる。動物のように気持ち良さそうな表情をみせる心華。
きっと明日朝起きたら半分くらい忘れてそうだけど、これも大事な2人の思い出だから、忘れてても教えてあげよう。
隼の撫でる手が止まったと同時に、心華と視線があう。いつものように、すこし微笑んでから心華の唇にキスをする。やさしく唇の中に入ると、心華の飲んでいたお酒の甘い味がした。
「ちゅーもお酒の味だね。えへへ。」
心華は今にも蕩けそうな甘い顔で隼を見つめる。
そして、ぱたりと隼の肩に頭をもたげて寝落ちてしまった。
少しだけその先を期待していた隼は、自分の頬を指で軽く掻きつつ、持っていたグラスをテーブルに戻す。
心華を起こさないように、そっとお姫様抱っこの形で抱いてベッドまで運ぶ。
すやすやと寝入る心華の顔は、まるで小さな子供のような可愛らしさがある。
そっと前髪を撫でて、おでこにそっとキスを落とす。こんなしあわせがずっと続くように祈りを込めて。
「おやすみ、心華。」
隼はやさしく部屋のドアを閉めた。
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