第2話 プールに行きたい
「あづいねぇ…」
ソファに寝転びながら、うちわで仰ぐ
クーラーはつけているけれど、電気代節約を考えてキンキンにはしていない部屋で、休みの日はできるだけ2人一緒にいるようにしている。
2人で暮らして早4ヶ月。お互いの両親は意外とすんなり許してくれたけれど、その分甘やかしてはくれない。
学費やアパート代は両親が負担してくれているが、生活費は2人ともアルバイトをして賄っている。
隼くんとの2人暮らしは贅沢は出来ないけれど、毎日飽きないし、何より好きな人と同じ時間を過ごせることはとても幸せだと思う。
「あー、こんなに暑かったらプールに行きたいなぁ」
クーラーはつけていても、暑さが完全になくなるわけではない。
「レジャープールは入場料も高いから無理じゃない。」
本を読みながら大真面目に返事をする隼。
「市営プールは25メートルプールだから、まじめに泳ぐだけになっちゃうし…。」
「心華は水着着てはしゃぎたいだけだろ。」
ちょっとだけ確信を突かれた気もして、大げさに返事をする。
「そんなことないよぉ。」
「だったら、浴槽にぬるま湯でも張って入ればいいじゃん」
隼は面倒になり、適当なことを言ってみる。
「え、隼くん、それ天才すぎない?浮き輪は無理だけど、水着着て入ったらプールな気分は味わえるよねっ。」
心華の顔がキラキラとしている。
心華のウキウキ具合を見て、お一人でどうぞ。という顔をしていた隼だったが、すぐに心華に見透かされる。
「隼くんも一緒に!」
「やだよ、めんどくさい…」
「大丈夫、私が全部準備するからっ。片付けも。」
ニコニコの心華に見つめられて、隼はそれ以上断れなくなる。
「じゃあ本読んでるから、準備できたら教えて。」
OK!と言って心華はまず水着を引っ張り出しにいく。
そしてドタバタと浴室へ行き、浴槽に水を張り始めた。
「ねー、隼くん、10分計って。」
10分というのは、浴槽にちょうど半分くらい溜まる時間で、2人で浸かるにはちょうどいい量だ。
その間、心華はどこから引っ張り出してきたのか、スイカのビーチボールを膨らませている。
「あ、隼くんの水着ここに置いておくね。」
あまり気乗りはしないけれど、しょうがないか。隼は用意された水着に着替えるため、重い腰を上げた。
「心華、10分経ったよ。」
パタパタと浴室に向かう心華。浴槽にはちょうど半分。
「準備できた?」
振り向くと隼はすでに水着に着替えている。
「隼くん早い。さては、楽しみにしてたなぁ。」
いたずらっぽく言ってみる。けれど、隼はそんな手には乗らない。
「心華が言い出しっぺだろ。早く着替えなよ。」
「はーい。」
「早くしないと、着替え手伝うよ。」
隼の悪戯ぽい顔をみて、心華は少しどきりとする。冗談と分かりながらも、顔が熱くなる。
「もー、隼くんのヘンタイ。えっち。」
まだ、セックスはしていないけれど、スキンシップはそれなりにしている。お互い約束の20歳にはなったけれど、まだ、その日は迎えていない。
いつか、するんだよね。
考えただけで恥ずかしくなってきた。
「心華、早くしてよ。」
1人で妄想に耽っていたら、隼の催促する声。もう、手伝うから早くしてよ。と言わんばかりの顔だ。心華の水着はビキニで、首の後ろでリボンを結ぶ形になっていたので、首のリボンだけ隼に結んでもらう。
「はい、結んだよ。」
「じゃあ、入ろ。」
隼の手を引っ張って、浴室に入る。
2DKのアパートだけれど、浴室は広めの造りになっている部屋で、最近の物件だと1坪風呂なんて言うらしい。
「ちょっと待って、心華。」
張られた水に手を入れてみると、本当に水だった。
「これ、水だけ入れた?」
「? うん。」
心華は意味が分かっていなそうだった。
「これじゃただの水風呂だよ。もう少し温くしなきゃ、風邪ひくって。」
「え?そうなの?」
隼はすかさずお湯を入れる。
元の水もすごく冷たい訳ではないが、長く浸かるには寒さを感じる温度だろう。
ある程度お湯を足して、心華に言う。
「多分このくらいじゃない。入ったら。」
スイカのビーチボールを抱えて待っていた心華は、隼の手をとる。満面の笑顔だ。
「一緒にはいろ。」
たかがぬるま湯のお風呂に水着を着て入るだけで、こんなに喜べる心華を尊敬する。そして、付き合わされているのに、少しだけ楽しい気分になってきている、そんな気がする。
「…やっぱり、これはお風呂に入ってるだけだね。」
神妙な顔で心華が言う。
「分かってたけど…。」
ぽそりと隼がつぶやく。
向かい合ってるからおかしいのかな、などぶつぶつ言っている心華をみて、隼は心華の腰に手を回しぐっと引き寄せる。
「こうやってくっついてたら、プールぽいんじゃない。」
急に隼に抱き止められる形になり、心華の心臓がドクンとはねる。同じタイミングで、顔が熱をもつ。
「近すぎないかな。」
スイカのビーチボールが2人の間にあるとは言え、これ以上近づくと本来の目的と趣旨が変わってしまいそうだ。と心華の本能が注意する。
隼の腕から逃げようとするも、腰の後ろでがっちりと手を組まれている。
「いや、このくらいでしょ。」
さっきまで面倒臭そうな顔をしていた隼が楽しそうにしている。
これはちょっとまずい。
「プールて、こんなんだったっけ?」
返事も何だかしどろもどろになってくる。
体勢は少し寝転んだ隼に跨がる形になってしまっている。全身が熱くなってくる。
「心華、かわいい。」
こ、これはキスしてきそうなやつだな。
思わず、隼の顔にビーチボールをあてがう。
「ごーのーがー」
ビーチボールに口をつけたまま隼が喋る。
腰を抱いていた腕が一瞬外れたと思ったら、ささっとビーチボールを取り上げられ、洗い場に放り出される。そして、さらに腰をきつく抱き寄せられた。
色んなところが、肌が、触れ合う。
重なった肌は水温とは違って生々しい。
それだけで、心華の心臓がうるさくなる。
「ねぇ、隼くん。ちょっと…待って…。」
何が、と言わんばかりの表情の隼を見て、体の内側が熱くなる。
心華が両の手で押し返そうとしても、隼の抱き寄せる力には叶わない。せめてもと、顔が近づきすぎないように首を後ろに反らしてみるけれど、あまり効果はなかった。
「2人きりだから、いいでしょ?」
隼の上目遣いにコロッと落ちそうになる。これだから、顔の良い男は…!
ドギマギしながら、心華は尋ねる。
「…するの?」
お互いの話し声が、お互いの顔にかかる距離。
「するって、なにを?」
わざとそれが何なのか、あえて言わない、その焦らされ方に心華は恥ずかしくなる。
「なにって…! もう、なにもしないよっ。」
見つめあっていた視線を反らし、顔も横にする。恥ずかしすぎて、隼の顔を見ることができない。
きっと隼はお見通しだけれど。
「ごめんってば、心華。こっち向いてよ。」
むくれてものが言えない、いつも隼には負けてしまう。
「今日はまだしないけど。ちょっとだけ。」
今日は、ということは、やはりいつかその日がくるんだな。恥ずかしすぎて閉じた目も開けられないままでいると、鎖骨の下に柔らかく暖かい感触がする。
思わず目を開けると、隼の唇がある。水温より、心華の肌よりも熱い唇。心地よさを感じたのも束の間、何とも言い表せない痛みのような感覚が襲う。
「隼くん、なんか、痛い。」
しばらくして隼は唇を離し、顔を上げる。
「ごめん。でも、今日はこれだけさせて。」
意味が分からない心華に、隼は鏡を見るように言う。
心華の白い肌に際立つ紅いしるし。
「これって…虫刺されじゃなくて…」
少し意地悪な笑みをする隼。
「うん、キスマーク。」
たぶん、これ以上赤くなれないであろう、というくらいに顔が熱を感じている。
キスマークって、こんな感じなのか。と思いながら、どこかで同じようなことがあった気がしてくる。なんだか、見覚えがあるのだ。
「ねぇ、隼くん。これって、初めてのキスマーク?」
「心華はしらないかもだけど、2回目。」
悪びれもなく言う隼に、つい先日のことが鮮明に思い出される。
滅多にない首の虫刺されに薬を塗ったり、友達にも虫刺されがと言ってしまったり。あげくには
ついさっきまでの恥ずかしさとは違う恥ずかしさが全身を駆け巡る。
「隼くんのばかぁ。」
隼にくっつきすぎまいと置いていた両手で、隼の肩をばしゃばしゃと水を跳ねさせながら叩く。
隼は全く動じた様子を見せずに、楽しそうに笑っている。
「心華が可愛くて、つい悪戯しちゃうんだよね。」
「でもっ、でもっ。」
「心華もつけていいよ。2つ分。」
心華は頬を紅くしたまま、ぷうっとふくらませて、ぽそりとつぶやく。
「…やり方わからない。」
隼は心華の腕をとり、唇を近づけて、痕がつかない程度に吸い上げる。
「今は軽くしたからつかないけど、今よりもっと強く吸ったらつくよ。」
本当は恥ずかしいけれど、隼にされた悪戯のお返しがしたくて、俄然やる気になる心華。
「心華のつけたいところにしていいよ。」
そう言われて、1つは首にもう1つは胸にしようと思った。お返しだから。
そっと隼の首に唇を近づける。普段のキスよりも何だか緊張してくる。
ちゅうっと吸って、唇を離す。全然紅くなっていない。
「キスマークつかない。」
「もっと強く吸わなきゃ」
くすぐったそうに笑う隼に、悔しさがこみ上げる。
今度は精一杯、力の限り吸ってみる。
なんとか、それっぽい痕がついた。
「隼くん、唇が痛い…」
心華が唇をとがらせていると、かわいそうに、と隼の指が唇をなぞる。
「まだ、もう1つ。」
変な負けず嫌いが出てしまう。こんなに唇が痛いなら、正直したくない。けれど、隼のことが好きだし、これが1つの証しになるのなら、今はしたいと思った。
胸にもつけて、隼の体についた痕に、変な満足感が湧く。
「これで、おあいこだね。」
達成感に満ちた心華の笑顔。
態度には出さないけれど、隼もまんざらではなかった。
「そろそろプールごっこも終わろっか。」
浴槽から立ち上がって、水着からぼたぼたと滴り落ちる水がなんだか滑稽な気もしたけれど、気にしない。
「今度はちゃんとしたプールに行きたいね。」
「まぁ、家ではもういいかな。」
「えー、隼くんも楽しんでたのに。」
心華と隼は顔を見合わせて、それから2人で笑った。
こんな楽しい日々がこれからも続くように。
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