第122話 精霊王に会いに行く


 精霊王に会いに旅立つ前に、僕は一度ライラさんのところに戻る。

 お嫁さんであるライラさんにも、ちゃんと報告をしておかないとね。

 きっとこんなことを言うと、ライラさんは僕を止めるだろう。

 そして、その通りになった。

 僕と勇者パーティー一行がライラさんのもとを訪れると――。


「そんな……なにもヒナタくんがそこまでしなくても……!」

「いや、これは僕がしなくちゃいけないことなんです。だってこの病気を治せる人は僕以外だと本当に限られた人になる。それに、かつてのヒナギクと同じ病気で苦しんでいる人たちを……放ってはおけません!」


 ヒナギクとガイディーンさんの件もあるし、僕にとっては運命的なものを感じていた。

 この病気を根絶させるとしたら、それは僕だ。


「ヒナタくん……本気なんですね……だったら……私も行きます!」

「だめです。ライラさんはここで待っていてください」

「で、でも……! せっかくヒナタくんと結婚できたのに……! もっと一緒にいたいです」

「それは僕も一緒です。でも……それ以上にライラさんを危険な目にあわせるわけにはいかないんです。お願いだから……待っていてください。僕は必ず、生きて戻ってきますから……」

「ヒナタくん……信じてますからね……」


 僕は愛しのライラさんをきつく抱きしめた。

 そして、ヒナギクにもちゃんと話しておかないといけないね。


「ヒナギク……そういうことだから、僕は旅に出るよ」

「兄さん……心配なの……」

「うん、ありがとう。だけど、これはヒナギクと同じ境遇にある人たちを救うためなんだ……」

「わかったの……。さすが兄さんなの……!」

「ありがとう。待っててね」


 ヒナギクの頭をそっと撫でる。

 もちろん、ヒナドリちゃんやカエデちゃんにも同じように別れを告げる。


「じゃあ、ヒナドリちゃん。ヒナギクとカエデちゃんをよろしく。みんなで仲良くね」

「はい、わかりましたわ……お兄様。わたくしにお任せください……」


 そう気丈にふるまうヒナドリちゃんの声は震えていた。

 僕の身を案じて泣いてくれるんだね……。

 この極寒の世界を旅するのなんて、それこそ命がけだ。

 とくに今回会いに行く精霊王は、世界の果てとも呼ばれるような危険地帯に住んでいる。

 そこを目指して旅立つわけだから、みんなが心配するのも当たり前だ。


「じゃあ、僕は行くよ……!」


 こうして、僕は勇者パーティー一行とともに街を出た。





「でも、本当にいいのかい? ライラさんを置いていってしまって……」


 歩きながら、ユーリシアさんが僕に言う。


「仕方ありません。世界のためですから……。それに、大丈夫ですよ。僕たちならすぐに精霊王を説得して、戻ってこれるはずです」

「そうですね……! 私たちが付いています!」


 ケルティさんがそう励ましてくれる。

 歩きながら、今後の予定について話し合う。


 まず、今この世界を襲っている病。

 ヒナギクやガイディーンさんもむしばまれたそれは「ノンヒール」と呼ばれている。

 一切の回復薬がまともに効力を発揮しないのでノンヒール。

 一応、僕たちのギルドでも進行を抑えるためのポーションなどを開発して、売ってはいる。

 だけれども、世界中で困っている人たちみんなを助けられるほどのものではなかった。


「そもそも、その精霊王ってのはなんなの?」


 突然そんな疑問を口にしたのは、魔導士のリシェルさんだ。

 というかここまで来てそれをわかっていなかったのか……と僕たちはみんな無言であきれてしまう。

 まあ、そういう細かいところを気にしないところがリシェルさんらしいけど。

 それにケルティさんが面倒くさそうに答える。


「もう……なんで知らないんですか……。大賢者である私が隣にいながら……」

「し、仕方ないじゃない……! 今まで興味なかったんだもん!」

「いいですか? まず、この世界には精霊が居ます」

「そ、そのくらいは知っているわ……!」


 なにを隠そう、ケルティさんの回復魔法もその精霊の力を借りているのだ。

 勇者パーティーとしてずっとともにやってきたリシェルさんがそれを知らないはずもなかった。


「精霊は普段は目に見えませんが、魔力に呼応して力を貸してくれたりするんです。ですが――」


 そう、精霊というものはそういう性質を持っている。

 だけれど、この世界において回復魔法を使えるのはケルティさん……と、僕だけだ。

 それはなぜか――。


「――ですが、500年前突如としてこの世界から回復魔法が失われた」


 それは、この世界の皆が知る通りですが。とケルティさんは付け加えた。

 そうだ。そんなことくらいは、子供でも知っている。

 なにせ子供のころにさんざん逸話として親からきかされることだしね。


「今では精霊が反応を返してくれるのは、大賢者であるこの私と、ここにいるヒナタくんだけになりました……」

「そ、それもわかってるわよ! で、その精霊王ってのはどんななのさ!」

「今でもなぜ精霊が力を貸してくれなくなったかはわかっていません。とうの私も、ヒナタくんでさえも、そのことはわかりません。精霊は魔力に反応を返すだけで、言葉を持たないですしね」

「ふーん……」

「そこで重要なのが精霊王です。おとぎ話なんかにもよく出てくるので、名前くらいは知ってるかと思いますが……。ようは精霊たちの祖となる王様ですね。伝承によると、死の大陸に住んでいて、今も生きていると言われています」


 そこで、ケルティさんの話は終わった。

 無言のまましばらく歩いたので、リシェルさんが驚いた。


「…………って、それだけっ!?」

「ええまあ。実のところ、精霊王に関してはなにもわかっていないのですよね……。本に書かれている内容を頼りに、探し出すしかありません。ただ、精霊王だけが回復魔法をこの世界に復活させうる唯一の手掛かりだということです」

「雲をもつかむような話ね……。私たち、今からそんな無謀なことをやろうとしていたのね……」


 リシェルさんはことに重大さを理解し、肩を落とした。

 ユーリシアさんはそれを吹き飛ばすように意気込んだ。


「なにを言っている! その不可能なことを成し遂げねば解決できないほど、今この世界は窮地に立たされているんだ! 仮にも勇者パーティーとして国から名誉を授かった我々がやらずしてどうする! それに、ぼくたちには頼もしいヒナタくんという英雄がついているしな! ヒナタくんはこれまでにも数々の不可能を可能にしてきた男だ!」

「ま、そうね……! ヒナタくんが一緒ならなにも心配することないわね!」

「ですね! 私もヒナタくんがたずねてきてくれたから、こうして決心がつきました!」


 なんて、ユーリシアさんもリシェルさんも、ケルティさんも……僕のことを買い被りすぎじゃないかと思ってしまう。


「あはは……そこまで言われましても……」


 だけど、その不可能を可能にしないと、平和は訪れないんだ。

 口では謙遜しつつも、僕はやる気だった。やって見せる気だった。


「まずは……ここから船に乗るんだっけ……?」

「そうですね……」


 リシェルさんとケルティさんが地図をみつつ、確認をする。

 だけど――。


 港に着いた僕たちはその場に立ち尽くしてしまうことになる。


「これじゃあねぇ……」


 なんと、海は氷つき、船は一切動いていないとのことだった。


「いきなり難航しそうだな……」

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