第108話 お弁当【side:カエデ】


「うーん……むにゃむにゃ……」


その日、私は寝坊をしてしまった。

いつもならヒナタを陰ながら見守るのが私の日課だったが……。

今日はおいて行かれたようだ。


「カエデさま、おはようございます」


「ん、おはようリノン」


彼女はこの家のメイド、リノン・グリモリー。

ヒナタのお金で雇っている使用人だ。


「…………」


私の前で、何か言いたげな顔で突っ立っているリノン。

手には小包を持っている。


「なにかようか?」


「それが……今日ヒナタさまはお弁当を忘れていかれまして……」


「ああ、そういうことか……」


ヒナタはいつもリノンのお手製お弁当を持っていく。

ヒナギクとヒナドリも、同じくリノンの弁当を持っていく。

だが今日はヒナタはそれを忘れたらしい。

今日はやけにいつもと違うことが起きるな……。


「そういうことなら、私が持っていこう。シノビの足を駆使すれば、お安い御用だ」


「お願いします」


ということで、私はヒナタの大学までお弁当を届けることになった――。





シノビの技を駆使して、屋根を飛び越え、学校へ直進する。

ものの数分で到着した。

いつもこの時間だと、ヒナタはあそこにいるはずだ。

私はとある空き教室を目指す。


最近、ヒナタはファルニール・フランニルとかいう年上の女とつるんでいる。

どうやら彼女に勉強を教えているらしい。

今日もおそらく空き教室でイチャイチャしているに違いない。

そして私の予想は当たっていた。


「ん……やだ……そこは……ダメだよ……」


「そんなこと言って、本当は分かっているんでしょう?」


「本当にダメだって……イヤ……」


「ダメです! 今日こそは逃がしませんから!」


教室の前までくると、中から二人の声が聞こえてくる。

だが、どうも様子がおかしい。

ファフニールの声はやけに艶っぽく、吐息交じりだ。

ヒナタの声もどこか、真剣みがすごい。

それにこの内容は……どう聞いてもただ勉強を教えているというのではなさそうだ。


「こ、これは……まさか……」


私は急に顔が赤くなる。

あの二人、仲がいいとは思っていたが……。

それにしても学校でそんなこと・・・・・をするなんてどうなんだろう?

私が寝坊したのをいいことに……!


「ひ、ヒナタお兄ちゃん! そんなことはこの私が許さないんだからなぁ!」


私は、勢いよく扉を開けた――。





【side:ヒナタ】


「ひ、ヒナタお兄ちゃん! そんなことはこの私が許さないんだからなぁ!」


僕とファフ姉が、いつものように空き教室で勉強をしていると――。

突然カエデちゃんが扉を開けて中に入ってきた。

大声で叫んで、ただならぬ様子だけど、どうしたんだろう?


「あ、あれ……?」


もくもくと勉強をする僕たちを見て、カエデちゃんは言葉を失う。

いったい何を想像していたんだろうか……?


「ど、どうしたのカエデちゃん……?」


「ひ、ヒナタお兄ちゃん……そ、そのデカ乳女と、あんなことやこんなことをしていたんじゃないのか……?」


「えぇ……? 何を勘違いしていたのか知らないけど、僕たちは普通に勉強をしていただけだよ……?」


「そ、そうか……早とちりだったみたいだ……」


カエデちゃんはばつが悪そうに、顔を背け赤面する。

まあ、間違いは誰にでもあるよね。


「ひ、ヒナタ……このかわいい子は誰なんだ……?」


次にわなわなし始めたのはファフ姉だった。

なんだかカエデちゃんを見て、興奮しているようだ。

両手を構えて、今にもカエデちゃんに襲い掛かりそうなようす。

危険だ。

危険が危ない。


「ふぁ、ファフ姉落ち着いて。彼女はカエデちゃん。そのー……僕の家にいっしょに住んでる、妹のような存在だよ」


「な!? こ、こんなかわいい子と一緒に住んでるのか!? ヒナタ、うらやましい奴め……」


どうやらファフ姉はかわいい女の子に目がないみたいだね。

まあ、僕にはヒナギクというさらに可愛い妹もいるんだけどね。

ファフ姉がヒナギクを見たら卒倒しそうだね……。


「さあ、お姉さんに抱っこさせろ……。悪いようにはしないから……」


なんだかファフ姉、すごく犯罪者にしか見えない。

ものすごい剣幕でカエデちゃんにじりじりと迫る。


「ひ、ひぃ!? な、なんだこの女!? ヒナタお兄ちゃん助けて!」


「いやー僕もどうしようもないかな……」


「いやああああああああ」


カエデちゃんはファフ姉に抱きしめられて、苦しそうだ。

でも正直、ちょっとうらやましいかも……なんて。

実際、カエデちゃんもまんざらでもなさそうだ。


「ヒナタ! この子私が持って帰ってもいいか?」


「いや、それはちょっと」


でもそう言えば、なんでカエデちゃんがここに?


「そうだ、お弁当……!」


カエデちゃんは小さな小包をとりだした。

そうか、僕がお弁当を忘れていったんだ。


「ありがとうカエデちゃん。助かったよ」


「ヒナタお兄ちゃんのためなら、お安い御用だ」


「よくできた子だなぁ。うらやましいよほんとに……」


とまあそんな感じで、カエデちゃんとファフ姉はなかなかに相性がよさそうだ。

僕たちはその後三人でお昼を食べた!

午後の授業も頑張ろう!

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