第108話 お弁当【side:カエデ】
「うーん……むにゃむにゃ……」
その日、私は寝坊をしてしまった。
いつもならヒナタを陰ながら見守るのが私の日課だったが……。
今日はおいて行かれたようだ。
「カエデさま、おはようございます」
「ん、おはようリノン」
彼女はこの家のメイド、リノン・グリモリー。
ヒナタのお金で雇っている使用人だ。
「…………」
私の前で、何か言いたげな顔で突っ立っているリノン。
手には小包を持っている。
「なにかようか?」
「それが……今日ヒナタさまはお弁当を忘れていかれまして……」
「ああ、そういうことか……」
ヒナタはいつもリノンのお手製お弁当を持っていく。
ヒナギクとヒナドリも、同じくリノンの弁当を持っていく。
だが今日はヒナタはそれを忘れたらしい。
今日はやけにいつもと違うことが起きるな……。
「そういうことなら、私が持っていこう。シノビの足を駆使すれば、お安い御用だ」
「お願いします」
ということで、私はヒナタの大学までお弁当を届けることになった――。
◇
シノビの技を駆使して、屋根を飛び越え、学校へ直進する。
ものの数分で到着した。
いつもこの時間だと、ヒナタはあそこにいるはずだ。
私はとある空き教室を目指す。
最近、ヒナタはファルニール・フランニルとかいう年上の女とつるんでいる。
どうやら彼女に勉強を教えているらしい。
今日もおそらく空き教室でイチャイチャしているに違いない。
そして私の予想は当たっていた。
「ん……やだ……そこは……ダメだよ……」
「そんなこと言って、本当は分かっているんでしょう?」
「本当にダメだって……イヤ……」
「ダメです! 今日こそは逃がしませんから!」
教室の前までくると、中から二人の声が聞こえてくる。
だが、どうも様子がおかしい。
ファフニールの声はやけに艶っぽく、吐息交じりだ。
ヒナタの声もどこか、真剣みがすごい。
それにこの内容は……どう聞いてもただ勉強を教えているというのではなさそうだ。
「こ、これは……まさか……」
私は急に顔が赤くなる。
あの二人、仲がいいとは思っていたが……。
それにしても学校で
私が寝坊したのをいいことに……!
「ひ、ヒナタお兄ちゃん! そんなことはこの私が許さないんだからなぁ!」
私は、勢いよく扉を開けた――。
◇
【side:ヒナタ】
「ひ、ヒナタお兄ちゃん! そんなことはこの私が許さないんだからなぁ!」
僕とファフ姉が、いつものように空き教室で勉強をしていると――。
突然カエデちゃんが扉を開けて中に入ってきた。
大声で叫んで、ただならぬ様子だけど、どうしたんだろう?
「あ、あれ……?」
もくもくと勉強をする僕たちを見て、カエデちゃんは言葉を失う。
いったい何を想像していたんだろうか……?
「ど、どうしたのカエデちゃん……?」
「ひ、ヒナタお兄ちゃん……そ、そのデカ乳女と、あんなことやこんなことをしていたんじゃないのか……?」
「えぇ……? 何を勘違いしていたのか知らないけど、僕たちは普通に勉強をしていただけだよ……?」
「そ、そうか……早とちりだったみたいだ……」
カエデちゃんはばつが悪そうに、顔を背け赤面する。
まあ、間違いは誰にでもあるよね。
「ひ、ヒナタ……このかわいい子は誰なんだ……?」
次にわなわなし始めたのはファフ姉だった。
なんだかカエデちゃんを見て、興奮しているようだ。
両手を構えて、今にもカエデちゃんに襲い掛かりそうなようす。
危険だ。
危険が危ない。
「ふぁ、ファフ姉落ち着いて。彼女はカエデちゃん。そのー……僕の家にいっしょに住んでる、妹のような存在だよ」
「な!? こ、こんなかわいい子と一緒に住んでるのか!? ヒナタ、うらやましい奴め……」
どうやらファフ姉はかわいい女の子に目がないみたいだね。
まあ、僕にはヒナギクというさらに可愛い妹もいるんだけどね。
ファフ姉がヒナギクを見たら卒倒しそうだね……。
「さあ、お姉さんに抱っこさせろ……。悪いようにはしないから……」
なんだかファフ姉、すごく犯罪者にしか見えない。
ものすごい剣幕でカエデちゃんにじりじりと迫る。
「ひ、ひぃ!? な、なんだこの女!? ヒナタお兄ちゃん助けて!」
「いやー僕もどうしようもないかな……」
「いやああああああああ」
カエデちゃんはファフ姉に抱きしめられて、苦しそうだ。
でも正直、ちょっとうらやましいかも……なんて。
実際、カエデちゃんもまんざらでもなさそうだ。
「ヒナタ! この子私が持って帰ってもいいか?」
「いや、それはちょっと」
でもそう言えば、なんでカエデちゃんがここに?
「そうだ、お弁当……!」
カエデちゃんは小さな小包をとりだした。
そうか、僕がお弁当を忘れていったんだ。
「ありがとうカエデちゃん。助かったよ」
「ヒナタお兄ちゃんのためなら、お安い御用だ」
「よくできた子だなぁ。うらやましいよほんとに……」
とまあそんな感じで、カエデちゃんとファフ姉はなかなかに相性がよさそうだ。
僕たちはその後三人でお昼を食べた!
午後の授業も頑張ろう!
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