第107話 医療の現場
困った……。
非常に困った……。
先日僕に言いがかりをつけてきた先輩(留年してるから、同学年だけど)。
ガナッシュ・ルーベラが同じ授業にいるのだ。
「うぐぐぐぐぐぐぐぐ……」
なんだか後ろのほうから唸り声が聞こえる。
僕が振り向くと、教室後方でガナッシュ・ルーベラが僕を睨みつけている。
あーあ……変なのに目を付けられちゃったなぁ……。
「さぁ、今日は実習の授業です。チームにわかれて座るように」
まさか……。
いや、そのまさかが起こってしまった。
なんと僕はあのガナッシュ・ルーベラと同じチームにされてしまったのだった。
「おう、せいぜいよろしくな」
「は、はい……」
絶対この人、なにか企んでいるよ……。
僕は生きた心地がしなかった。
◇
「今日の実習では、実際に患者さんを相手にしてもらいます。もちろん我々教師が監督しますので、大丈夫です。ですが、くれぐれも失敗のないように!」
僕たちは大学付属のクリニックに移動する。
今日もたくさんの患者さんが待っていた。
「では、チームごとに患者さんを診ていってあげてください」
もちろん、重病や急病患者は含まれない。
今回僕たちが相手にするのは、あくまでも軽症の患者さんのみだ。
だからまあ、僕にとっては簡単な実習と言える。
でも、決して手を抜くことはできない。
実際の患者さんを相手にするわけだから、油断は禁物だ。
「では、次のかた、どうぞ」
僕たちのチームは首尾よく仕事をすすめていた。
幸い、ガナッシュ・ルーベラもおとなしい。
やはり、実際の患者さん相手だから、彼もまじめにやらざるを得ないのだろう。
先生からも、特に指導が入らずに、うまくいっていた。
「ガナッシュ・ルーベラくん、君はあまり診察に参加していませんね?」
だが突如、監督の先生がガナッシュ・ルーベラの仕事ぶりに目をつけた。
「う……」
たしかに、僕のチームの中では彼は少し浮いていた。
もともと人付き合いが苦手なのか、チームワークに入っていけてない感じだ。
僕もなんとかしてあげたいけど、正直彼とは気まずい。
他の生徒も、彼の悪名を知っているからか、どこかそっけない。
「ガナッシュ・ルーベラくん、次の患者さんには君一人で対応しなさい」
「う……は、はい……」
まあ、これは生徒に経験を積ませるための実習だから、先生の対応もわかる。
でも、ガナッシュ・ルーベラ一人に患者さんを任せるなんて……。
正直彼では力不足な気がする……。
何事もないといいけれど。
「では、次の方」
次にやってきた患者さんは……。
僕はすぐに病状がわかったけど……。
ガナッシュ・ルーベラにはちょっと難しいかもしれないね。
そして思った通りに……。
「う……、えーっと、そのーえっと……」
見ていてつらいよ……。
彼もわからないならわからないと先生に言えばいいのに……。
でもまあ、それが言えないからこうして留年しているんだろうね……。
僕も助けてあげたいけど、先生の目があるしなぁ。
「グレイン先生、少しいいですか……?」
「はい、みなさん……ちょっとのあいだ自分たちでやっといてください」
すると監督の先生が、他の先生に呼ばれて席を外した。
すぐに戻ってくるだろうけど、これはチャンスだ。
僕はガナッシュ・ルーベラに近づき、耳打ちした。
「この患者さんには、こうするんだ……」
短い間だったが、僕はガナッシュ・ルーベラが困っていた部分を助言した。
先生はすぐに戻ってきた。
でも、僕の助言もあってか、ガナッシュ・ルーベラはすぐに患者さんを診終えたようだ。
「おお、ガナッシュ・ルーベラくん。やればできるではないですか!」
「あ、ありがとうございます……」
なんだか自信がなさそうだけど、ガナッシュ・ルーベラは先生に褒められてすこし嬉しそうだ。
僕もほっと胸を撫でおろす。
◇
実習の授業が終わり……。
僕が家に帰ろうとしていると、
「おい、ヒナタ・ラリアーク……」
ガナッシュ・ルーベラが僕に話しかけてきた。
なんの用だろう……。
さっきはいらないことをしやがって、とかって言いがかりをつけられるのかな?
もう面倒はごめんなんだけどなぁ。
「その……さっきは、ありがとう……な」
「え……?」
「さっき、俺に助言をくれただろう? お前がいなかったら、正直、先生に怒られてた……」
「なんだ、そんなことか……、それなら礼はいらないよ」
だって、あれはガナッシュ・ルーベラのために言ったわけじゃないしね。
まあ、正直に見てられなかったっていうのもあるけど……。
いちおう、チームだったわけだし、助けるのは当たり前だ。
「なぁ、お前……俺はお前にあんなひどいことをした。それなのに、なぜ助けた?」
まったく……おかしなことを訊いてくるなぁ……。
「だって、医療の現場で、そんなこと言ってられないだろ?」
「え?」
「僕たちは実際に患者さんを相手にするんだ。それなのに、私情を挟んで仲間割れなんかしていたらどうなる? 僕たちはなによりも、患者さんを優先しなきゃならないんだよ」
「な、なるほどな……。まったく、お前には敵わねえな……」
何を当たり前のことをいってるんだろう?
やっぱり、留年するべくして留年してるのかもな、この人は……。
「あらためて、ありがとな。あと、すまなかった……」
ガナッシュは、そう言って教室を出ていった。
なんだか、臆病者で愚かだけど、悪い人ではない……のかも?
少なくとも、ガイアックのような奴とは別のようだ……。
王都には、いろんな人がいるなぁ……。
そう思う僕だった。
■
【新作ラブコメ】
明らかにNTRれそうなヒロインに好かれて困っている件について
https://kakuyomu.jp/works/16816700427410610459
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