第106話 医術大学の闇


ファフ姉と別れたあと、僕は一人で授業を受けた。

同学年からは変に警戒されているみたいだ……。

ポーションの授業で目立ち過ぎたのかもね。

でもまだ学校は始まったばかりだし、これからだよね。


「よし、今日の授業はこれで終わりだ」


次はお昼の時間だね。

ファフ姉とお昼ご飯を食べる約束をしたから、はやく行かないと。

僕は教室を出る。


――ドン。


あれ、誰かにぶつかったみたいだ。

というか……ぶつかられた・・・・・・、かな?


「あん? いってぇなあ! 気をつけろよ!」


「ご、ごめんなさい……」


トラブルはごめんだからね、素直に謝っておこう。


「はぁ? このガナッシュ・ルーベラさまにぶつかっておいて、それはねぇんじゃねえの? 謝って済むとかふざけるな!」


「そうだそうだ!」


「よく見ると、こいつ例のポーション野郎だぜ」


後ろから取り巻きの者たちも声をあげる。

ガナッシュ・ルーベラ――どこかで聞いた名前だな……。


僕はさっきのファフ姉の言葉を思い出す。


■■■■■

「とくに、ガナッシュ・ルーベラという男は気を付けろ。私と同じく留年生で、嫉妬深く、卑劣な男だ」

■■■■■


そうか、こいつが……。

いかにもないじめっ子という感じの、悪そうな男だね。


「おいお前、お仕置きが必要なようだな? ちょっとこっちまでこい」


「えぇ……?」


僕は言われるままに、ガナッシュ・ルーベラについて行く。

これ以上不名誉な噂を流され続けるのも不快だからね。

誤解は解いておきたい。


「さあて、ここならだれもこねぇな。楽しませてもらうぜ!」


――じゅるり。


ガナッシュ・ルーベラは舌なめずりをして、僕のことをその目で舐めまわす。


え、まさかこの人、僕のことをそういう意味で狙ってたりするのか!?

さすがに身の危険を感じるね……。

相手は三人だし……。

早めに片づけるか。


「ガナッシュ・ルーベラ先輩。僕への悪い噂を流すのを止めてもらえますか?」


「は? 自分の立場がわかってないようだな? お前は今三人に囲まれている。それに俺は先輩だぞ? お前よりも偉いんだ、わかるか?」


いやでも留年してるのになんでこんなに偉そうなんだこの人……。


「はぁ……こんなことしてるから、留年するんですよ?」


「なにぃ!? てめえ舐めてんのか?」


そりゃあ、まあ……。

こんなに浅はかな行動をされては、舐めざるを得ない。

出る杭を打つにしても、もう少しやり方がありそうなものだ。


「こんなくだらないことをしてないで、勉強をすればいいんですよ」


「てめえ! ふざけんなよ!」


ガナッシュ・ルーベラは勢いよくこぶしを振りかざす。

だが、決して殴ってこようとはしない。


「…………?」


「っく……!」


どういうことだろう?

てっきり僕は殴られると思っていたし、その備えもしていたのだけれど……。

活性ブーストを使って、身体の筋肉は増強済みだ。


「お、お前! 殴られるのが怖くねえのかよ!?」


「は? はぁ……?」


よく見ると、ガナッシュ・ルーベラのこぶしはぷるぷると震えている。

あれ……??


「あのー、もしかして……人を殴ったことないんですか?」


「は、はぁ!? ん、んなことねーし! 俺はいつもこうやって、調子に乗ったヤツはぶっ潰してきたんだ!」


「はぁ……、そうなんですか……」


とてもそうは見えないけど……。

この人、本質的に貴族のお坊ちゃんだから、人なんか殴ったことないんだろうね……。

それなのにプライドが無駄に高いせいで、こんな歪んだモンスターになっちゃったのかな?


「あの……もういいですか?」


「はぁ!? よ、よくねーよ!」


普段ならやられる方も、貴族階級のお坊ちゃんだから、脅すだけで従わせられたのかもしれないけど……。

あいにく僕はガイアックで慣れている。

下手な脅しなんかにはまったく動じない。


「くそー!! 俺はやれる俺はやれる!!」


なんだか一人でぶつぶつ唱え始めたぞ……。

なんなんだこの人は。


「うおおおおおおお!! 熱波爆裂バーニング!!」


――ぼおおおおおおおおおおおお!!!!


突如ガナッシュ・ルーベラの手のひらから、扇状の火炎が放射される。

僕はそれをすんでで避ける。

活性ブーストで肉体を強化していなければ危なかった……。

まさか殴るじゃなく、大学内でこんな魔法を使ってくるなんて……。

正気じゃないね……。

イカれてる。


「ちょっと! 危ないじゃないか! 建物に燃え移りでもしたらどうするんだ! ここにはたくさんの患者さんもいるんだぞ!」


僕は思わず声をあらげてしまう。

ここには大学併設の医院があり、たくさんの人が入院している。

そんな人たちのことを考えられないなんて、医師を目指すものとして失格だ。


「う、うるせえ! お、お前が俺を挑発するから悪いんだあああああああああ!!」


さっきのでタガが外れたようで、ガナッシュ・ルーベラは僕に向かってくる。

手のひらを向けているから、また魔法を撃つ気だ。

これは大事になりかねない。

ほんとうは僕も暴力なんかは振るいたくないんだけど……。

仕方ないね。

彼を気絶させよう。


活性ブースト

活性ブースト

活性ブースト


僕は心の中で唱える。

無詠唱で連続詠唱――それができるほど、僕は日々成長していた。


そして――。

万能鑑定オールアプリ―ザルで相手の出方を見る。

相手の身体の動きを分析して、次にどう動くかがある程度わかるようになってきたんだ。


「そこだ――!」


「うお!」


僕は走ってくるガナッシュ・ルーベラの足元にスライディングで潜り込み、足を引っかける。

すると彼は勢いよく地面に顔から転ぶ。

さすがにこのまま顔面を叩きつけるのはかわいそうだ。

僕はそれを左手で優しく支え――。

右手で首筋に手刀で気絶させた。


「お、俺たちは……知らないからな……」


「ゆ、許してぇ!」


取り巻きの2人たちは向かってくることすらせずに、逃げていった。

おそらく彼らもガナッシュ・ルーベラと同じで、戦うことなんかできないのだろうね。


「いやー、すごかったよ! 大丈夫?」


そこに拍手しながら現れたのは――。


――僕の唯一できた学友、ファルニール・フランニル――通称ファフ姉だった。


「ファフ姉……! 見られてたんですね」


「まさかヒナタがここまで強い男だとは思ってなかったよ。勉強だけじゃなく、こんなこともできるなんてね。尊敬しちゃうよ……。かっこいい」


「あはは……でも、こいつどうしましょうか……」


僕は腕の中で眠るガナッシュ・ルーベラの扱いに困る。


「そこらへんに寝かしとけばいいんじゃない? 誰か通りがかるでしょ」


「えぇ……」


先生に届けようかと思ったけど、そうなると事情を聞かれて厄介だ。

ガナッシュ・ルーベラが学内で攻撃魔法を放ったことが知られれば、彼は退学になるだろう。

それはちょっとかわいそうだしね。


結局、戻ってきた取り巻き連中に彼を預けて、僕たちはお昼を食べにいったよ。

これで変な噂は無くなるといいけど……。





次の日から――。


「おい、あいつが噂の最強の男か……」


「なんかの特殊部隊にいたらしいぜ」


「勉強だけでなく、武術にも優れているとか」


「うそ、かっこいい……」


「将来は軍医にでもなるつもりか……?」


「あの胸の大きな生徒と付き合ってるらしいぜ?」


などと、さらに変な噂が流れていた……。

はぁ、やれやれ。

もう勘弁してよー。


「まあまあ、悪い噂じゃなくなってよかったじゃないか」


「うーん」


ファフ姉はそう言うけど……。

まあ、とりあえずはよかったのかな?

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