第104話 失敗?【side:スカーレット・グランヴェスカー】
おかしい……どういうことだ?
刺客を送ってからというものの……まったく連絡がない。
まさか、しくじったのか?
「……っく!」
信頼できる刺客だと聞いていただけに、残念だ。
失敗したということは、ヤツには感づかれたか?
そうなると厄介だ。
さすがに王女が民の暗殺を謀ったとなれば、暴動が起きるかもしれん。
「クソが!!」
――バリン!
私は部屋の中のものにあたりちらした。
こんなところで足踏みしているわけにはいかないのだ!
この私の崇高なる計画は、まだ始まったばかりなのだから!
「なにを暴れておられるのです……?」
そのとき、後ろから声がした。
窓を見ると――。
「カエデ・ロベルタス……よくものこのこと現れおったな」
「まあまあ、落ち着いてください」
「……。話を聞こうか……」
一時は失敗したものかと思ったが……どうやら事情があるらしい。
生きて帰ったということは、少なくとも敵にこちらの意図はバレていないだろう。
「確かに私は、ヒナタ・ラリアークの暗殺に失敗しました。ですが、潜入に成功したのです」
「なに!? 潜入だと……!?」
それはいい。
暗殺だとなにかと後が面倒だが……潜入して手の内を知れるなんて……。
これでいつでも、ヤツは思いのままだ。
「どういう状況なんだ?」
「ヤツは、ヒナタ・ラリアークは完全に私のことを信用しています。なので、いつでもヤれる状況です」
「でかしたぞ! さすがはシノビのものだ」
これでヤツが戦争を邪魔しにかかったら、すぐに殺せる。
無駄なリスクをおかさずに済むというわけだな。
これで舞台は整った。
「だがな……カエデよ」
「はい?」
「今の言葉に嘘はないだろうな……? 信じているぞ?」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
私は、殺意を全力で放った。
私ほどの達人ともなると、そういうことが可能なのだ。
これでひるまなかった相手はいない。
どんな強靭な精神を持ち、どれだけ君主に忠誠を誓っていても、これで吐かなかった奴はいない。
だから、私は過去に一度も裏切られたことはないし、嘘を絶対に許さない。
コイツが嘘をついていれば、すぐにゲロるはずだ。
その証拠に――。
――バリン。
「きゃあ!」
また部屋の外でメイドが皿を割ってしまったようだ……。
あまりにも本気を出して気を放ったせいで、かなり遠くからも声が聞こえる。
あとで謝っておかねばな。
だというのに――。
「は、はい……」
カエデは顔色一つ変えずに、そう返事をした。
ほう……なかなか肝の座ったヤツだ。
暗殺を家業にする一族ならではというところか。
今までこれほど平気だったやつなどいただろうか。
気に入った。
普通であれば、たとえ嘘をついていなくても、後ろめたいところがなくても、ビビッて漏らす者もいるくらいだ。
「よろしい……」
「っは……では、失礼します」
「うむ……」
カエデはまた、窓から夜の闇に消えた。
その行方は、一瞬でわからなくなる。
「ふむ、私も優秀な部下に恵まれたな……」
あとは、今後の私の計画の、成功を祈ろう――。
◇
【side:カエデ】
やばいやばいやばいやばい、やばすぎるっ!
私は全速力で王城から離れる。
屋根の上を飛び回り、風になる。
あの王女、ヤバすぎる!!!!
バレてない……だろうか……?
王女が殺気を放った瞬間、私の心は丸裸にされた。
もしもう一度問われていたら、素直に白状していただろう。
私が
そのことを、自分でも意外にうれしく思う。
これでもう安心だ。
王女は完全に私の言葉を信じた。
私はヒナタへの思いを、隠し通せたのだ!
これで王女の計画は狂いだす。
王女は私のことを味方だと思っているが、私はヒナタの味方だ。
だからもうヒナタには手出しできない。
あとは時が過ぎるのを待てば……。
いや、甘いか……。
でも、とりあえず時間は稼げただろう。
その間に、反撃の準備をととのえるんだ!
「カエデちゃん……?」
あれは、ヒナタ!?
そうか、私を探してくれているのだな!?
「ヒナタお兄ちゃん!」
「あ、カエデちゃん! どこにいってたの? もう朝だよ……」
「すまない、ちょっとやり残したことがあって……だけどもう大丈夫。王女はこれ以上、大きく動いてこないよ」
「まさかカエデちゃん、一人で……そんな危ないことを!」
ヒナタ……まだ私のことを心配してくれるのだな……。
まるで本当のお兄ちゃんみたいだ……。
はやく会いたいな、お兄ちゃん。
ヒナタは本当に、お兄ちゃんによく似ている。
あの人も、とっても妹思いで優しい人だった。
「心配したんだからね」
「ごめんなさい……」
ヒナタは私をぎゅっと抱き寄せる。
そうされると、さっきまでの緊張がほどけて安心する。
大きな肩に包まれて、本当に心地がいい。
「さあ、朝ごはんを食べよう。みんな待ってるよ」
「うん……」
こんなの、私には過ぎた幸せだ。
私は今まで、それなりに人を殺してきた。
こんな日常、そう長くは続くとは思えない。
だけど、今だけは――。
――もう少し、ヒナタのそばにいたいと願うのだった。
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