第98話 お引っ越し
試験が終わり、僕たちは一度家に帰ってきた。
もちろんカエデちゃんも一緒だ。
「で、兄さん……この子は誰? なの……」
ヒナギクがむくれた顔で対応する。
嫉妬しているのかな?
そんなところも可愛いな。
「この子はカエデちゃん。うちでいっしょに暮らすことになったんだ。ヒナギクと同じくらいの歳だから、仲良くしてね」
「むぅ……」
カエデちゃんは暗殺者で、身寄りもない。
他の生き方を知らないそうなんだ。
だから、僕が家族というものを……って、それはちょっとおこがましいかな?
とにかく、カエデちゃんには普通の女の子と同じように、暮らしてほしい。
「では、王都グランヴェスカーに向けて出発しますの」
「え!? もう!? さっき帰ってきたとこなんだけど……!?」
「お兄様が帰ってくるまえに、私が引っ越しの準備をすませておきましたの」
さすがヒナドリちゃんだ。
それにしても、もう少しだけゆっくりでもよかったんだけど……。
「はやく観光したい、なのー!」
「あ! ヒナギク、それは言っちゃいけませんわ!」
なぁんだ……。
やけに引っ越しに乗り気だなと思ったら、そういうことか……。
2人とも、はやく首都に行って、いろいろ見て回りたいんだね。
学校が始まったらそんな時間は無くなるだろうし、それなら早くいかなきゃね!
◇
そんなこんなで、いろいろあって、僕たちはまたすぐに王都へ戻ってきた。
今度ばかりはライラさんはいっしょじゃない。
まあまたすぐに会えるよね!
「お待ちしておりました、ヒナタさま」
「えぇ!? 君は誰!?」
新居について、出迎えたのはメイド姿の女性。
薄緑色のツインテールで、よくみると耳の形がすこし変わっている。
きっとエルフの子なんだね。
人間族に比べると体躯も華奢で、色白で、とってもかわいい。
「私は、リノン・グリモリーと申します、ヒナタさま。このお家の、専属メイドでございます、ヒナタさま」
「せ、専属メイド!? そ、そんなの、頼んだ覚えないよ!」
たしかに前のお家よりは立派な家だけど……。
それに、そんなの頼むとしても、どれだけお金がかかるんだ!?
「私が頼んだのですわ、お兄様」
「え!? ヒナドリちゃんが!?」
「ええ、私とヒナギクも、王都の学校に通うことにしましたの。なので、お家のことは彼女に頼もうかと……」
「そ、そうだったんだね……」
さすがヒナドリちゃん、手際がいいなぁ……。
それにしても、ヒナギクが学校かぁ……。
元気になったら学校に通いたいって言ってたけど、夢が叶って本当によかったね。
せっかく元気になったんだから、いろんな経験をしなくちゃね!
「よかったね、ヒナギク。ヒナドリちゃんと学校に通えるなんてね」
「うん! 兄さんのおかげなのー! 学校、とっても楽しみなの!」
なんだか僕までとってもうれしいよ。
だけど心配だなぁ、いじめられたりしないかなぁ……。
ヒナギク、とっても美人さんだし、嫉妬とかすごそうだけど。
まあ、ヒナドリちゃんがいっしょだから安心だよね!
それにしても……、メイドさんだなんて……。
お家も王都の相場だとけっこう高そうだし、いったいいくら使ったんだろう?
そんな大金、どこから出たんだ?
僕は不安を抱えながら、おそるおそるヒナドリちゃんのほうを見る。
「お兄様、お金のことなら心配いりませんわ」
「えぇ!? どういうこと? どこにそんなお金があるのさ……」
「もぅ……まったく、お兄様は相変わらずお金に無頓着ですわねぇ……。まぁ、そういうところも素敵なのですが……。今までに、お兄様が
「あ! そうか……すっかり忘れてたよ。そうだね、もう結構長く働いているもんね……」
ヒナギクの病気を治すことに夢中で、お給料のことなんてすっかり忘れてたなぁ。
家計簿についても、すっかりヒナドリちゃんにまかせっきりだったしね。
「では、ヒナタさま。そろそろお話はよろしいでしょうか? 各種説明に移らせていただきたいのですが……」
「あ、そうだね! ごめんね、ほったらかしにして。えーっと、リノンさん……だっけ?」
「いえ、大丈夫です。それよりヒナタさま、ヒナタさまは雇い主なのですから、
「じゃ、じゃあ……えーっと、リノン。家の中を僕たちに案内、してくれるかな?」
「はい。かしこまりました!」
僕がリノンの名を呼んで、そう言うと彼女はとっても嬉しそうに笑った。
きっと、彼女にとっては必要とされることがなによりも嬉しいんだろうね。
そんな彼女の屈託のない笑顔を、僕は不覚にも、とってもかわいいと思った。
も、もちろんライラさんやヒナギクもかわいいんだけどね……。
「こちらがバスルームです。あ、私といっしょに入るというのは出来かねますよ?」
「わ、わかってるよ! そんなこと考えてないから!」
「こちらが寝室です。みなさんはこちらでお休みになられるでしょうが、私は別室で眠ることになっています。どうしてもと仰るなら、添い寝くらいはかまいませんが……」
「いやいや! 大丈夫だから!」
まったく、リノンにも困ったものだよ……。
ひょっとして、僕のことをからかってるのかなぁ?
まあとにかく、そんなこんなで――。
僕、ヒナギク、ヒナドリちゃん、カエデちゃん、リノンの5人での暮らしが始まった!
◇
「ダメなの! 私が兄さんとお風呂にはいるのー!」
「ダメだ! 婚約者である私が優先だ!」
夕飯の後、なにやらヒナギクとカエデちゃんが揉めている。
タオルを引っ張り合いっこしているみたいだ。
「ちょっとちょっと! 二人とも! 喧嘩はダメだって!」
同じ年だから仲良くなれるかな、と思っていたけれど、当分は無理そうだ。
というか、むしろこれは仲がいいのかもしれないけど……。
「ヒナタ! 君の妹はなかなか頑固だな、私が義姉になるというのに! 私に譲るのだ! シノビの世界では上下関係が絶対なんだからな!」
「むー! シノビの世界とかわけわかんない! なのー!」
あらら……。
でも、ヒナギクも喧嘩できるほど元気になったっていうことだよね!
前はこんなに元気に暴れまわることはできなかったもんなぁ……。
そう思うと、カエデちゃんのおかげでさらに元気になるといいな!
「こらこら、僕はどっちとも入らないからね! それにカエデちゃん……婚約者じゃないから、君……」
「な! なぜ私と入らない!? こんなに可愛らしい暗殺者が迫ってるのだぞ?」
「いや、暗殺者が迫ってくるの嫌だな! でもそういう問題じゃなくって……!」
はぁ……なんて説明したらいいんだろう……。
まだカエデちゃんには婚約者だとかそういう話は早いよ……って言っても納得してもらえなさそうだし……。
あ、そうだ!
「僕はいいから、2人で入ってきなよ! そしたら仲良くなれるし、ね?」
「えー……いやなの……」
「なんで!?」
「カエデちゃんに兄さんを奪われるの……」
なーんだ、珍しくヒナギクが人を選んでると思ったら、そういうことだったのか。
「僕はどこにもいったりしないよ? ずっと、ヒナギクの兄さんだからね。だから安心してよ」
「ほんとなの?」
「うん。絶対、どこにも行かない。ずっといっしょだよ」
「わかった……なの」
そう納得すると、ヒナギクは大人しくお風呂へかけていった。
お風呂から出てくるころには、カエデちゃんもヒナギクも、すっかり仲良くなっていた。
よかった……これで安心だね。
なんとかみんなで楽しくやっていけそうだ!
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