第98話 お引っ越し


試験が終わり、僕たちは一度家に帰ってきた。

もちろんカエデちゃんも一緒だ。


「で、兄さん……この子は誰? なの……」


ヒナギクがむくれた顔で対応する。

嫉妬しているのかな?

そんなところも可愛いな。


「この子はカエデちゃん。うちでいっしょに暮らすことになったんだ。ヒナギクと同じくらいの歳だから、仲良くしてね」


「むぅ……」


カエデちゃんは暗殺者で、身寄りもない。

他の生き方を知らないそうなんだ。

だから、僕が家族というものを……って、それはちょっとおこがましいかな?

とにかく、カエデちゃんには普通の女の子と同じように、暮らしてほしい。


「では、王都グランヴェスカーに向けて出発しますの」


「え!? もう!? さっき帰ってきたとこなんだけど……!?」


「お兄様が帰ってくるまえに、私が引っ越しの準備をすませておきましたの」


さすがヒナドリちゃんだ。

それにしても、もう少しだけゆっくりでもよかったんだけど……。


「はやく観光したい、なのー!」


「あ! ヒナギク、それは言っちゃいけませんわ!」


なぁんだ……。

やけに引っ越しに乗り気だなと思ったら、そういうことか……。

2人とも、はやく首都に行って、いろいろ見て回りたいんだね。

学校が始まったらそんな時間は無くなるだろうし、それなら早くいかなきゃね!





そんなこんなで、いろいろあって、僕たちはまたすぐに王都へ戻ってきた。

今度ばかりはライラさんはいっしょじゃない。

まあまたすぐに会えるよね!


「お待ちしておりました、ヒナタさま」


「えぇ!? 君は誰!?」


新居について、出迎えたのはメイド姿の女性。

薄緑色のツインテールで、よくみると耳の形がすこし変わっている。

きっとエルフの子なんだね。

人間族に比べると体躯も華奢で、色白で、とってもかわいい。


「私は、リノン・グリモリーと申します、ヒナタさま。このお家の、専属メイドでございます、ヒナタさま」


「せ、専属メイド!? そ、そんなの、頼んだ覚えないよ!」


たしかに前のお家よりは立派な家だけど……。

それに、そんなの頼むとしても、どれだけお金がかかるんだ!?


「私が頼んだのですわ、お兄様」


「え!? ヒナドリちゃんが!?」


「ええ、私とヒナギクも、王都の学校に通うことにしましたの。なので、お家のことは彼女に頼もうかと……」


「そ、そうだったんだね……」


さすがヒナドリちゃん、手際がいいなぁ……。

それにしても、ヒナギクが学校かぁ……。

元気になったら学校に通いたいって言ってたけど、夢が叶って本当によかったね。

せっかく元気になったんだから、いろんな経験をしなくちゃね!


「よかったね、ヒナギク。ヒナドリちゃんと学校に通えるなんてね」


「うん! 兄さんのおかげなのー! 学校、とっても楽しみなの!」


なんだか僕までとってもうれしいよ。

だけど心配だなぁ、いじめられたりしないかなぁ……。

ヒナギク、とっても美人さんだし、嫉妬とかすごそうだけど。

まあ、ヒナドリちゃんがいっしょだから安心だよね!


それにしても……、メイドさんだなんて……。

お家も王都の相場だとけっこう高そうだし、いったいいくら使ったんだろう?

そんな大金、どこから出たんだ?

僕は不安を抱えながら、おそるおそるヒナドリちゃんのほうを見る。


「お兄様、お金のことなら心配いりませんわ」


「えぇ!? どういうこと? どこにそんなお金があるのさ……」


「もぅ……まったく、お兄様は相変わらずお金に無頓着ですわねぇ……。まぁ、そういうところも素敵なのですが……。今までに、お兄様が世界樹ユグドラシルで働いて得たお金が、たっぷりありますわよ? ご自分のお給料も把握なさってませんでしたの?」


「あ! そうか……すっかり忘れてたよ。そうだね、もう結構長く働いているもんね……」


ヒナギクの病気を治すことに夢中で、お給料のことなんてすっかり忘れてたなぁ。

家計簿についても、すっかりヒナドリちゃんにまかせっきりだったしね。


「では、ヒナタさま。そろそろお話はよろしいでしょうか? 各種説明に移らせていただきたいのですが……」


「あ、そうだね! ごめんね、ほったらかしにして。えーっと、リノンさん……だっけ?」


「いえ、大丈夫です。それよりヒナタさま、ヒナタさまは雇い主なのですから、リノン・・・とお呼びくださいな。そうでないと、なんだかしっくりきません」


「じゃ、じゃあ……えーっと、リノン。家の中を僕たちに案内、してくれるかな?」


「はい。かしこまりました!」


僕がリノンの名を呼んで、そう言うと彼女はとっても嬉しそうに笑った。

きっと、彼女にとっては必要とされることがなによりも嬉しいんだろうね。

そんな彼女の屈託のない笑顔を、僕は不覚にも、とってもかわいいと思った。

も、もちろんライラさんやヒナギクもかわいいんだけどね……。


「こちらがバスルームです。あ、私といっしょに入るというのは出来かねますよ?」


「わ、わかってるよ! そんなこと考えてないから!」


「こちらが寝室です。みなさんはこちらでお休みになられるでしょうが、私は別室で眠ることになっています。どうしてもと仰るなら、添い寝くらいはかまいませんが……」


「いやいや! 大丈夫だから!」


まったく、リノンにも困ったものだよ……。

ひょっとして、僕のことをからかってるのかなぁ?

まあとにかく、そんなこんなで――。


僕、ヒナギク、ヒナドリちゃん、カエデちゃん、リノンの5人での暮らしが始まった!





「ダメなの! 私が兄さんとお風呂にはいるのー!」


「ダメだ! 婚約者である私が優先だ!」


夕飯の後、なにやらヒナギクとカエデちゃんが揉めている。

タオルを引っ張り合いっこしているみたいだ。


「ちょっとちょっと! 二人とも! 喧嘩はダメだって!」


同じ年だから仲良くなれるかな、と思っていたけれど、当分は無理そうだ。

というか、むしろこれは仲がいいのかもしれないけど……。


「ヒナタ! 君の妹はなかなか頑固だな、私が義姉になるというのに! 私に譲るのだ! シノビの世界では上下関係が絶対なんだからな!」


「むー! シノビの世界とかわけわかんない! なのー!」


あらら……。

でも、ヒナギクも喧嘩できるほど元気になったっていうことだよね!

前はこんなに元気に暴れまわることはできなかったもんなぁ……。

そう思うと、カエデちゃんのおかげでさらに元気になるといいな!


「こらこら、僕はどっちとも入らないからね! それにカエデちゃん……婚約者じゃないから、君……」


「な! なぜ私と入らない!? こんなに可愛らしい暗殺者が迫ってるのだぞ?」


「いや、暗殺者が迫ってくるの嫌だな! でもそういう問題じゃなくって……!」


はぁ……なんて説明したらいいんだろう……。

まだカエデちゃんには婚約者だとかそういう話は早いよ……って言っても納得してもらえなさそうだし……。

あ、そうだ!


「僕はいいから、2人で入ってきなよ! そしたら仲良くなれるし、ね?」


「えー……いやなの……」


「なんで!?」


「カエデちゃんに兄さんを奪われるの……」


なーんだ、珍しくヒナギクが人を選んでると思ったら、そういうことだったのか。


「僕はどこにもいったりしないよ? ずっと、ヒナギクの兄さんだからね。だから安心してよ」


「ほんとなの?」


「うん。絶対、どこにも行かない。ずっといっしょだよ」


「わかった……なの」


そう納得すると、ヒナギクは大人しくお風呂へかけていった。

お風呂から出てくるころには、カエデちゃんもヒナギクも、すっかり仲良くなっていた。

よかった……これで安心だね。

なんとかみんなで楽しくやっていけそうだ!

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