第97話 試験


さあ、一夜明けて、今日はいよいよ試験の当日だ。

僕は急いで準備をする……。

昨日はカエデちゃんに襲撃されていろいろあったけど……体調はばっちりだ。

あのあと、結局三人で一つの部屋に泊ったわけだけど……。

カエデちゃんもいることだし、ライラさんとは何もなかった。

結局、ライラさんが言おうとしていたことって、なんだったんだろう。


「じゃあ、僕は行ってくるから……ライラさん、また」


「はい、健闘を祈ります。ヒナタくん」


カエデちゃんはというと――。


「私はシノビだから、大手を振って街を歩くわけにはいかない。ヒナタの後ろから、バレないようについて行く。万が一、私の雇い主に見つかっても、普通に仕事をしているようにしか見えないだろうしな……」


とのことだ。

二重スパイというわけだね。

カエデちゃん、完全に暗殺からは足を洗ってほしいけど……、そうもいかないみたいだね。

とりあえずは、今まで通り(?)僕の監視を続けるみたいだ。

また襲ってこないといいけど……とライラさんは心配していたけど、僕は信用している。


「ここが国立魔術医大――オーソリティーかぁ……」


僕は巨大な、荘厳な建物を前にして、萎縮する。

さすが王都一番の学校だけあって、すごく伝統と格式を感じるね。


「おい、そんなところに突っ立ってないで、さっさと中に入れよウスノロ」


突然後ろから、そんな声がかかる。

そりゃあ、僕もぼーっとしていたとは思うけど、門はこんなに広いんだし、いちゃもんにもほどがある。

振り向いてみると、いかにもな意地悪そうで、プライドの高そうな貴族の少年がそこにいた。


「俺はフランツ・カマセーヌ。最高の医師になる男だ。そんなところで立ち止まってちゃ、置いていくぜ?」


なぜか無駄にかっこつけて自己紹介をしてきた。

すごくナルシストなタイプのようだね。

自信満々で、落ちる気なんてなさそうだ。


「や、やあ、僕はヒナタ・ラリアークだよ……。よろしく、ね……?」


「ふん。自信のなさそうな、気弱な男だな。お前みたいな奴は絶対、ろくな結末を迎えない。名前を覚える価値もないね。じゃあ、俺は先に行くぜ? ついてこれるかな?」


なんだこいつ……。

ガイアックもそうとうな嫌な奴だったけど、これはまた違ったタイプの変人だ……。

でも、とにかく彼の後について行けば、試験会場までは迷わずにたどり着けそうだ。

せめて道案内として利用させてもらおう。





「うおほん。私がこのブロックの試験官のエビオス・ヴォンドだ。さぁて、今年はいったい、何人残るかな?」


そう皆の前であいさつしたのは、ひげ面の中年男性。

ベテランの医師らしく、自信に満ち溢れた顔つきだ。

医師になる人って、みんなプライド高そうで、ギラギラしていて苦手だなぁ……。

僕がこの中に入って、やっていけるのだろうか……。


「ふん、余裕だぜ……俺はな」


先ほど話しかけてきたフランツ・カマセーヌくんが、自信満々でひとりごつ。


「ほう……活きのいい受験者がいるな。ではまずは君から見せてもらおうか」


「僕が一番では、後に続く彼らが気の毒ですよ……。ですがまぁ、お手本ということで、やってやろうじゃないですか」


なんなんだこの人、ほんとに……。


「ようし、ではここに怪我をしたカエルがいる。これを時間内に治してもらおうか。ああ、今日は医師監督による試験だから、使えるものは医療魔術を試してみてもいいぞ。ま、不可能だろうがな……」


「ふ……簡単なことです」


フランツ・カマセーヌは一歩前に出る。


「僕は医療魔術の論理を、すべて頭に叩き込んできました。まだ実際には使ったことはありませんが、必ず成功するでしょう。さまざまな学術書を読み、イメージトレーニングを重ねてきましたから」


医療魔術を使うには、医師免許がいるからね。

優秀な人は、入学前から医療魔術を使えてもおかしくはないけど……それは禁止されている。

だから、この入学試験は通常、一発勝負。

才能があるかないかが、ここで完全に分かれるのだ。

ま、シンプルで、手っ取り早い試験で、助かるけどね……個人的には。


「御託はいいからさっさとやれ。後がつかえているんだ」


「わかりました。行きます!」



――魔法手術マジックオペ!!!!



フランツ・カマセーヌの手から、衝撃波がほとばしる!

それはカエルに向かって飲み込まれていき……。


――ドカン!


なぜかカエルは、治癒されるどころか、その場で爆発した。


「コラ! なにをやっているんだ君は! 私はカエルを治せと言ったんだ! 爆破させて殺せなどとはいっておらん! 失格だ!」


「そんな! い、今のは何かの間違いです! やり直させてください!」


フランツは試験官にしがみつく。


「ダメだ! 試験は一回きりの挑戦だ。カエルも人数分しか用意しとらん! また来年挑戦しなさい!」


「そんなぁ……っく……これはなにかの間違いだ! この俺が、こんな失敗を犯すわけ……!」


フランツは係の人たちに引きずられていった……。

ほんとうになんだったんだろう、あの人。

まぁ、残酷だけど、あれじゃあ仕方ないね。

万が一患者さんを爆発させるようなことがあれば、一大事だ。

あんな失敗をする人は、医師にはなれないと判断されていしまう。

才能のある人は一発でカエルくらいの小さな生き物なら、すぐに治癒できてしまうと聞くし……。


「さあ、次の者!」


エビオス・ヴォンド試験官が、次に指さしたのは、この僕だった。

フランツの隣にいたからかな……?

どうしよう……最悪だ……。


「は、はい。ヒナタ・ラリアークです。よろしくお願いします」


「む? 君はたしか……特別枠での推薦だったな……?」


エビオス・ヴォンド医師は、手元の資料と僕の顔を行き来する。

ガイディーンさんのコネで特別に受けさせてもらっていることは、周知の事実だ。


「困るんだよなぁ……平民のくせに、なにを勘違いしたのか……。ガイディーンさんに取り入って、わざわざ試験を受けに来るなんて……。しかし、ガイディーンさんも残酷なことをするよなぁ……。平民なんか、受かるわけないのに! ろくに勉強する資料も集められないだろう……」


む……なんだか嫌な言い方をされたね……。

まあ医師が平民を見下しているのは、経験上わかっていたことだけど。


「おい、あいつ平民だってよ」

「嘘だろ……おいおい」

「恥をかきにきただけだな……」


などと、受験者たちがざわつき始める。

まあ好き勝手噂してもらうのは別にかまわないけど……。


「ま、やれるだけやってみろ……はぁ……」


試験官はあきれ顔でため息をつく。

なんだかまったく期待されてないようだけど……。

ここは見せつけてやるか!


「では、いきますよ……」



――魔法手術マジックオペ!!!!



「な!? なんだその光は!?」


僕はあらかじめ、自分のことを活性ブーストで強化しておいた。

魔法手術マジックオペの精度も効果も、通常の何倍にもなる。


「え? 魔法手術マジックオペを使っただけですけど……?」


「ばかな……これほどの医療魔術……見たことがない……!」


「……で、カエルは治りましたけど……僕は合格なんですか?」


「あ、ああ……ご、合格だ!」


よかった……。

平民だからと追い返されたらどうしようかと思ってたけど……。

これで安心して帰れるね。


「おい、みたかアイツ……あんな優秀なやつ、見たことねぇ……」

「ああ。あれじゃあ、先生たちよりすごいんじゃないのか!?」

「俺もああなりてぇ……ちくしょう……」


なんだか注目を受けてしまったみたいだけれど……。

とにかく、よかったよ。

まあ、まだこれからが大変なんだろうけど……。





「ふう……疲れた……」


僕とカエデちゃんは、ホテルの部屋に戻ってきたよ。

ライラさんはまだ出かけているみたいだ。

急にカエデちゃんが僕に質問を投げかける。

ずっと言いたかったらしく、痺れを切らしたように前のめりで訊いてくる。


「ヒナタ……なぜ馬鹿にされても言い返さない!」


「え? だって、そんなことをしても無意味だからだよ」


「?」


「馬鹿にされはしたけど……その後、実力を見せたらちゃんと認めてもらえたでしょ? 言い返したって彼らは聞かない。それよりも、実力で黙らせた方が話は早いからね」


「そういう考えもあるのか……。ヒナタと話すと勉強になる」


「そう? カエデちゃんが少しでも暗殺者の道から遠ざかると、うれしいよ」


僕はカエデちゃんの頭を撫でる。

ふかふかの黒髪が、撫でていて心地いい。

夕方、ライラさんが帰ってきた――。


「ヒナタくん! 試験合格おめでとうございます!」


そう言って、大きなケーキを買ってきてくれた。


「うわぁライラさん! ありがとうございます! でも、どうして僕が合格したことを……?」


「そんなの、決まってるじゃありませんか! ヒナタくんが落ちるわけないって知ってましたから!」


「ライラさん……」


うれしいね……。

そのあと、三人でケーキを平らげた。

明日はいよいよ、いったん家に帰ってお引越しの準備かな。

久しぶりにヒナギクと会えるから、楽しみだ!

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