第89話 医術ギルド【side:グラインド・ダッカー】


俺はグラインド・ダッカー。


偉大なる医術ギルドの長だ。


そういえば……ガイアックはどうなったかな……。


まあ、あんなゴミのことはどうでもいいか……。


俺がそう考えていたところ……。


「邪魔するぜ」


その当の本人――ガイアックが突然やって来やがった。


「はぁ!? なに勝手に入ってきている!?」


「まあまあ、落ち着けよ」


「っく……今更なんの用だ! キサマの父親は、とうに治してやったじゃないか!」


「いや……それが違うんだ」


「はぁ!?」


「今日はお前に文句をいいに来た。あれは完全な失敗だったな……」


何をふざけたことを……。こいつはとうとう狂ったか?


俺があれだけ尽くしてやったというのに……。


恩をあだで返すとは……。さすがはガイアックだな。どこまでもクソだ。


「この俺が医療ミスだと!? そんなことありえない。ガイディーン氏の病状は、どう見てもよくある加齢とストレスによる衰弱だ。そんなくらい、俺にかかればちょちょいのちょいさ」


「あんた……慢心していたな……。そう、かつての俺みたいに……」


「は? 俺がお前と一緒だと!? お前なんかと一緒にするな。俺はエリート中のエリートだ。落ちぶれて豚小屋に住んでいるお前なんかとは違う」


「さあて、どうかな?」


するとガイアックは、何枚かにわたる書類を取り出した。


「これは……?」


「これはお前が意図的な・・・・医療ミスにより、俺の父をあやうく死に至らしめるところだったということを示す、証拠となる報告書だ」


「はぁ……!?」


くっくっく……。ガイアックよ……。


どこまでもバカだなこいつは……。


まあ、あれほど落ちぶれれば気が狂うのも納得だがな。


仮にガイディーン氏がそれほど回復しなかったとしても、単なる加齢だろう。


寿命による死だ。


それを俺のせいにしようなど……!


医療を侮辱していやがる!


ガイディーン氏が目覚めなかったから、気がおかしくなったのだろう……。


かわいそうに……。同情するよ……。


だがな――!


「お前……誰がお前のことなんか信じるんだよ! いいぜ、お前のその報告書……協会に提出しろよ。それであの爺さんドレインがなんて言うかな? お前の味方をする医師なんて、存在しねぇんだよ!」


「いや……これは俺の言葉じゃないぜ?」


「は?」


「あんたも、手術オペの報告書には、他の医師の立ち合いと証言が必要だってことくらいは知ってるよな……?」


「ああそうだ! だから言ってるんだ! 今さら、誰がお前の味方をするんだ!? そんな医師、どこにもいやしないだろ! は!? まさか……」


「そう――そのまさかだ」


ガイアックは、報告書のページをゆっくりとめくる。


そこに書かれていた署名は――。



――キラ・マクガエル。



「なにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?!?!?!?」



「敵の敵は味方ってな……」


そこには、キラの名前と共に、俺にとって不利な証拠が列挙されていた……。


だがまて……。俺が意図的なミスをしたと言ったな、こいつは……。


それはさすがに言いがかりだ……。


たしかに、俺も慢心はあった。


ガイディーン氏が目覚めなかったということは、俺にミスがあったのかもしれない。


だが、それがなんだというのだ……!?


未熟からの誤診はいくらでもある話だ。


「っは! それがなんだというのだ! 俺がミスをした証拠がどこにある!?」


「あるぜ。まずお前は、俺の家に一人でやってきた。それが最善・・を尽くしたと言えるのか……?」


「ふん。あんな軽い手術、俺一人で十分だ」


「それが慢心だというのだ! 同じセリフが協会長の前で吐けるかな? それにだ……お前は入念な調べもせずに、加齢とストレスによるものだと、決め付けて・・・・・かかった」


「それは……事前にお前がそう言っていたからだ」


「今の俺はただの患者の家族だぞ? そんなやつの言うことを真に受けて、診察を怠るなんてのは、いかがなもんかね」


「っは……! お前がそれを言うとはな……」


「まだあるぞ。お前は俺を見下し、嫌っていた。だからわざとそういった手抜きをしたんじゃないのか? 俺だからいいだろうという気持ちが、少しはあっただろう? 医師が患者を選んでいいのかよ?」


「っち……! キサマがやってきたことと同じじゃないか!」


「ああ、だから俺がこうして正してやってるんだ。それに、俺はクズだ。お前も知る通りな。だから、自分の過去の愚行を棚上げするくらい、どうってことない」


コイツ……めちゃくちゃな理論だ……。


だがこの報告書を提出されれば……俺の経歴に傷がつく。


「それに、コレは俺の言葉じゃないぜ? ぜんぶ、キラの推察だ」


「屁理屈を……!」


非常にマズイ……俺の帝国が、一瞬にして崩れ去ろうとしている……!


「お願いだ! なんでもする! だからどうか訴えを取り下げてくれないか!? そうだ! ギルド内にポストを用意する! 復帰だ! パーッと行こう! 出世も約束する! どうだ? お前はどん底なんだ、それはかわらないんだろう? だから、な? 俺の言うことをきくんだ!」


「うるせぇ!」


――ドン!


ガイアックは、力の限り机を叩く。


「っひ!」


「俺はてっぺん以外興味ねぇえよ。それにな、俺の目的は復帰じゃない。お前をただただ失墜させることだ。そうしないと、気分が悪いしな。それに、俺はこれからは悪行を止め、善行を積むと約束をしたんだ。手始めにまずはお前を……ってわけさ」


なんだこいつ……。


ぜんぜん、根は変わってねぇ!


ガイアック……悪魔だ、鬼だ!


いや、厄災――害悪そのものだ!


「これのどこが善行だ。たちの悪い脅しじゃないか!」


「はぁ? 脅しってのはなぁ、こういうことをいうんだよ!」


――バン!


ガイアックにより、机の上に置かれたのは……。


――レナの下着だった。


「な!? キサマ、これをどこで!? それに、これがなななな、なんだっていうんだ!」


「っは! しらばっくれるなよ、むっつりスケベのキモおっさん。俺が誰だと思ってるんだ? このギルドの元ギルド長だぞ? ロッカーの位置くらい完ぺきに把握している。なぁ……これがあんたの机から出てきたら……面白くねぇか?」


「ひぃっ!!??」


まさかコイツ……俺がこっそりレナの衣服を持ち帰っていることを知っての上で!?


そうだとしたら……非常にマズイ!


「さぁ、観念するんだな!」


「うぅ……くそっ! 好きにしやがれ!」


「はっは! ガイアックさまの大勝利だ! これもヒナタのおかげだな!」





後日、グラインド・ダッカーは裁判にかけられ、故意の医療ミスと窃盗罪の疑いをかけられた。


有罪判決とはならず、一応の保留ということにはなったが……。


よからぬ噂によって、彼はギルド長の座を追われることとなった……。


ガイアックのこの行動は、善行であったかどうかは疑問だが、のちにある人物にとって、光明をもたらす結果となるのである……。

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