第53話 冒険者に絡まれる
「それじゃあ、僕はこれで」
「はい。またのご利用お待ちしております~!」
ミーナさんは仕事モードの声色でそう言って、僕を見送る。
セリフ自体は受付嬢の定型的な言葉だが、僕に手を振るミーナさんはにっこりと聖母のように笑っている。
いろんな笑顔の種類がある、可愛い人だなぁ……。思わず僕もファンになっちゃいそうだよ。
こりゃあ、冒険者ギルドは大行列になるなぁ……。なんて考えながら、僕は【
――ドン!
「おわ! いってぇ!」
ギルドから出ようとしたとき、僕は他の冒険者の人とぶつかってしまった。
冒険者はいかつい格好をした大男で、いかにもガラの悪そうな権幕で僕を睨みつける。
「おいおいおい、なにぶつかってくれちゃってんのぉ!」
しゃがれた甲高い声で、男は僕にいちゃもんをつけてくる。
まさかとは思うけど……。
当たり屋って、やつなのかな……? しょうがないなぁ……。
「いや、そっちがぶつかってきたと思うんですけど……」
さっき、男は明らかに僕の方へふらついて、意図的にぶつかってきたように見えた。
「はぁ!? 寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞカス!」
男の後ろから、これまたガラの悪い男が顔を出す。男の取り巻きだろうか。
後ろの男はまるまると太った、大樽のような身体をしていた。
「はぁ……」
僕は思わず嘆息する。これまた面倒なことに巻き込まれたなぁ……。
冒険者ってのはいろんな人がいるからね。中にはこういう連中もいるってのは知ってたけど……。
まさか僕が絡まれることになるなんて。しかも冒険者登録をしたその直後に。
「あ? なんだおめぇ、その服装。それでも冒険者かよ! しかも独りぼっちじゃねえか!」
僕を舐めまわすようにみていた大男が、僕の服装に気づき、ツッコミをいれてくる。
まあたしかに、僕の服装は軽装だ。決して彼らのような、いかにも冒険者っていった仰々しい格好とは違う。
だって僕ポーション師だし。いますぐ冒険に行きますってわけでもないしね。
そりゃあもちろん彼らからすれば不思議なんだろうけど……。
「これは僕の普段着です。作業がしやすいように素材の薄い、着心地のいいものを選んでるんです」
「はっはっは、ばっかかよおめぇ! 今から冒険に行きますってのに、なんだその恰好!」
いや、だからなんでそう決め付けるのかなぁ……。それがわからない。
短絡的なんだろうね。冒険者ギルドに冒険者登録に来る人全員が、本気の冒険者なわけじゃないし。
結局、彼らは僕のようなのを馬鹿にしただけなのだろうけど……。
自分たちのストレスを解消するために、ちょうど冒険者らしくない格好の僕がいたからぶつかってみた。おおよそそんなかんじだろう。
「で、てめぇなんの
聞いてもないのに自己紹介を始めちゃったよ……。やれやれ……。
ガイアックといい、この人といい。なんで世の中には自分を誇示し、他人を見下さないでいられない人がいるのだろうね……。
「僕はポーション師ですけど……。なにか……?」
訊かれたから一応答える。
すると男たちはわなわな震えだす。
「「ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ、、、、ぽぽぽ、ポーション師!???!!!??」」
そして一斉に吹きだす。
「あっはっはっはっは!!!!」
「ぎゃははははははははははは!!!!」
そんなにおかしいのかな……? なにが? ポーションの空き瓶が転げ落ちただけでも笑いそうだねこの人たち。笑いのツボが浅いのかな……。
「まさか冒険者としての
「ああ、コイツはとんだお笑い
「さあ、自分が場違いなことがわかったら、さっさとうちに帰りな!
――むかっ!
ちょっと今のは僕もむかっときたよ?
僕がなにか言い返そうとすると――。
「あれ……? ヒナタくんじゃないか?」
「え?」
この声は……。僕は声の主に振り返る。
そこに立っていたのは、ユーリシア・クラインツさん率いる――勇者パーティ。
「ゆ、勇者さん!?」
僕の声に、ギルド内がざわつき始める。
「お、おい、聞いたか今の」
「勇者だってよ」
「あれが……?」
「俺、はじめてみたぜ……けっこう美人なんだな……」
みんなそれぞれに噂する。
目の前にいたさっきの男たちも、それでようやく状況を理解する。
「ゆゆゆゆゆゆ、勇者だと!?」
どうやら信じられないという顔だね……。そんなに驚かれると僕までびっくりしちゃうなぁ。
「それで……ヒナタくん。この薄汚れた、いかにも頭の悪そうな連中はなんなんだい? ヒナタくんの知り合い……じゃあないよね? こんなガラの悪そうなやつら」
ユーリシアさん、容赦ないなぁ……。まあきっと、すべてわかってて言ってるんだろうね。
僕が絡まれてることも、こいつらが悪いってことも。
「なななな、なんだって!? てめぇ勇者だかなんだか知らねえが、ちょっと顔がいいからって調子にのるなよ!」
「ふん、やっぱり下品な奴らだね」
「だいたい、なんでこんなポーション師ふぜいが、勇者なんかと知り合いなんだよ! おかしいだろ!」
「いま、なんだって……?」
――ギロ!
「……っひぃ!」
男の言葉に反応して、勇者さんの鋭い眼光がきらめく。
なにもそこまで怒らなくてもと思うが、いったい何が勇者さんの逆鱗に触れたのだろう。
「ぼくはぼくの友人を――ヒナタくんを侮辱することは絶対に許さないよ……?」
そう言って男たちを視線でグサグサと刺すユーリシアさんは、とっても怖かった。
「それに、ヒナタさんは決してポーション師
そう言ったのは大賢者のケルティさん。
男たちが次の言葉を待ちながら身構える。汗がひとつ、だらりと落ちる。
「ヒナタくんは国を救った
からかうようにそう言うのは魔導士のリシェルさんだ。みんな、僕のことを庇ってくれてる。
「な、なんだよそれ……英雄って……」
男たちはまだ理解していないようだ。わりと町の人はみんな僕のこと知ってるんだけどなぁ。
一応かん口令を敷いてもらってはいるけど、まあどこかから噂は漏れるよね……。
「ヒナタさんはあの爆破テロのとき、スパイを倒して、たくさんの人を救ったんですよ? それなのにあなたたちときたら……。なんとしょうもない……」
ケルティさんが呆れる。
「なんだって!?」
「……っく……。そうだったのか……」
なぜか男たちがそこで黙りこくってしまった。あれ? もっと言い返してくるかと思ったけれど……。意外と気弱なのかな?
「なによ、なんか言いなさいよ! 謝るとか! ヒナタくんにちゃんと!」
リシェルさんがヒートアップして今にも殴りかかりそうだ! 男たちはもはやシュンとしちゃってるからいじめみたいになってる。
「り、リシェルさん! その辺にしておいてあげてくださいよ!」
僕は思わず止めずにはいられない。
「もう、ヒナタくんは優しすぎるぞ! こんな奴らに同情はいらないだろうに……」
勇者さんにそんなことを言われると恥ずかしい。勇者さんこそみんなから優しい優しいと頼られてるすごい人だっていうのに……。
……でもどうして男たちはさっきまでのように突っかかってこないのだろうか。
そんなことを考えた瞬間だった。
「す、すまなかった!!!! まさかアンタがあの爆破テロの英雄だったとは知らなかったんだ!!!!」
「無知な俺たちを許してくれ! お願いだ! なんでもするからよぅ!」
と、突然彼らが地面に頭をこすりつけ、全力の謝罪をしてきたのだった。
ええええええ????
なにがどうなればそうなるんだろう……。
「ちょっとちょっと、こんなところで止めてくださいよ……。みんな見てますから……」
僕は思わず彼らに駆け寄る。
「じ、実は……俺たちのおふくろや妹が、あの爆破テロの現場に居合わせたんだ。だからアンタは恩人だ!」
「え、そうだったんですか!?」
まあ、街に住む人ならそういうこともあり得るよね……。
「ああ! だからアンタには感謝してもしきれねぇ! それを身勝手な偏見で……クソっ! 俺はいつもこうなんだ。馬鹿だから、短絡的な行動に出てしまう……!」
男は後悔からか、自分の膝をなぐって懺悔する。
こういう人でも、やっぱり家族は大事なんだなぁ……。
なんだか、普段は自分とはかかわりのないタイプの人だったから、僕も初めからガラの悪い連中だと決めつけてしまっていたけど……。
やっぱり大事に思うものは同じなんだ。だって同じ人間だもんね。
妹――かぁ……。
「さっきのことには目を瞑ります。もう気にしませんから立ってください」
「ほんとうか!? ああ、あんたはなんて人だよ。神様か……」
ははは、なんだかザコッグさんに感謝されたときのことを思い出すなぁ……。みんな大げさなんだから。
「まったくヒナタさんは優しすぎますね……。まあ、そういうところにライラさんもユーリシアも、惹かれたんでしょうけど……。そして、私たちも……」
「あなたたちもヒナタくんの優しさに感謝することね! 本当だったら衛兵に突き出してやってもよかったのに」
と、ケルティさんとリシェルさん。ケルティさんの言ってることはちょっとよくわからないけど……。
「でも、妹さんとおふくろさん、助かってよかったです。僕も嬉しいですよ」
「ああ、ほんとにありがとう! 妹も感謝していたよ!」
僕も、救えるだろうか……。自分自身の
いや、違うな。
救うんだ――そう決意したんだから。
「もし、今後冒険者として人手が必要なら俺たちを使ってくれ。こんなんでも腕はけっこう自信があるんだぜ!」
「あはは……ま、まあ機会があれば、ね……お願いしようかな……」
とまあ、こんな感じで――。
【
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