第51話 Re : 医術ギルドを追放される【side:ガイアック】


「はぁ、憂鬱だ……」


俺は家から医術ギルドに向かう途中、めずらしく寄り道をしながらため息をつく。


普段なら通らない道を選ぶ。それには理由があった。


あの監視役――グラインド・ダッカーがいるからだ。


アイツが来てからというもの、俺は自由に命令をすることもできない。


飯は自分で買いに行かされるし、部下も言うことをきかなくなった……。


アイツは「改革だ! 改革だ!」というが、俺にしてみればアイツこそがパワハラ体質の横暴上司だ。


だがそう心でグチりながらも、自然と足はギルドへ向かう――。


――だって、あそこは俺のギルドだからだ。そう、俺様の……。


……そのはずだった。


が――。



「ガイアック・シルバくん。文句を垂れているだけの、役立たずめ。お前はもういらないから今日でギルドを追放だ」



グラインド・ダッカー――監視役の言葉に、俺はびっくりした。


今までクズどもに怒り、内心バカにしながらも、ひたむきに働いてきたのに!


このギルドには俺しか頭のいいやつはいない。


俺は他の奴らなんて見下して生きてきたんだ。


それを今更変えろだって……? っふ……笑わせる!


このギルドの職員なんて、いや……ポーション師なんて無学の無能ばかりなんだぞ?


それでも俺の見事な頭脳で、なんとか使えるポーション師にしてやってきたつもりだった。


その俺が追放だと??? ふざけるな!!!


それもついこの前来たばかりの、監視役ふぜいに!???


「ああそうだ、その通りだよガイアックくん。理解が早くて助かるよ。だが残念だが君はもういらない。せめてその理解の早さを、もっと違う方向に活かしてくれればよかったんだがな……」


どうやら俺の心の声は、いつのまにか途中から口に出ていたようだ……。


「お前にそんな権限があるのかよ……!」


俺は歯噛みして涙目になりながらも、必死に反論を考える。


「権限? なにを言っているんだ? 俺は協会長から直々に指名を受けて派遣されてきた監視役だぞ? 俺の言葉はそのまま協会長の言葉だと思え」


「……っく。お、親父は……っ! 俺の父親はなんて言ってるんだよ!!」


「ガイディーン氏か……。ふっ……不思議なものだ。あのような人からお前が産まれるとは……」


「なんだと!?」


「このままお前がヘマを続けていれば、ガイディーン氏の評判も落ちるものだろう? どうかそうなる前にやめてくれないか? な? それがせめてもの親孝行だろう?」


親父の評判か……。


たしかに親父はこのギルドをここまでのものにした立役者だ。


だが……。


それってつまり俺の功績ってことだろ???


「ここは親父のギルドだ!! つまりは俺のギルドってことだ!! 出ていくのはお前だ!」


「いい加減にしないか……! ガイアック!!」


「お父様……!? どうしてここに!?」


ふいに部屋の入口に現れたのは……俺の親父――このギルドの前ギルド長――ガイディーン・シルバだった。


「ガイアック、もういいんだ。終わったんだ……」


「どういうことですか……!!??」


俺が尋ねるも、親父は顔を伏せたまま、何も言わない。


代わりに答えたのはにっくき監視役のグラインド・ダッカー。


「もうサインは済ませた……。ほら、ここに。この建物の管理者は私だ」


「は?」


理解ができない……。


この建物は歴史のある建造物をギルドとして改築したもので……親父もお気に入りだったはずだ。


どうしてそんなマネを……?


我が一族の大事な資産だろ……?


「お父様……!! なにか言ってください!」


俺が肩を揺さぶると、親父がその重たい口をようやく開いた。


「……お金がな……、ないんだよ……」



「は?」



金が、ない――だと……!????



そんなはずはない。決して……。


シルバ家は代々続く、貴族の名家だ。


以前俺が助けたジールコニア子爵なんかと比べれば、そりゃあ格は落ちる。


だがそれなりに裕福に暮らしてきた。


なんてったって、医者だからな。金持ちに決まってる。


だからそんな、金がない・・・・なんてこと、ありえない・・・・・


「わかっていないようだから、説明してやろうか……? 手短に事実だけ伝えてやる」


偉そうに俺を見くびりやがって……!


俺はこうやって舐められるのが一番キライなんだよ……!



そしてグラインド・ダッカーは、悪魔のように口元をゆがめて俺に死刑宣告をつげた。



「爆発テロの夜……あのとき君が殺した人数は、何人だったかな????」



……は? 俺が、殺した……????


な、なにを言っているんだコイツは。


同じ言語を話しているのに、その内容がてんでわからない。理解できない。脳が理解を拒む。


「たしか報告書を読んだかぎりでは……250人中、235人だったかな……? その遺族への賠償金をすべてあわせると……。想像もつかない金額になるとは思わないか?」


ちょっと待てよ。それは俺が救えなかった・・・・・・数だろ……?


それを、コイツは言うに事を欠いて殺した・・・だと?


「俺はちゃんと全力を尽くして15人もの人間を救ったはずだ!」


「ほ・ん・と・う・に・全力を尽くしたのか……? 胸を張ってそう言えるのか!? 父親の前で!! 主の御前で!! いや、死んでいった罪のない人たちに――!!!!」


「……うっ」


神だのなんだの馬鹿らしい。俺が信仰するのは医術の理論と俺自身だけだというのに。


「粗悪ポーション――。その言葉に聞き覚えはないか? いや、ないとは言わせないぞ。ホラ、この空き瓶はなんだ……?」


「あ! それは……!」


ヤツが手に持ってこれ見よがしに掲げていたのは――勇者パーティに渡すはずだった例のポーション……その空き瓶。


元はと言えば、忌々しいあの悪徳クソ商人に騙されて、買わされた粗悪ポーション。


あの爆破テロの日、俺がキラに命令し、患者に使用させたやつだ。


俺の心臓の鼓動が早くなる。


――ドクドクドクドク。


自分でも体中の毛穴から、汗が噴き出ているのがわかる。気持ち悪い。


「そ、それがなんだというのだ?」


俺はわかっていながらも、気取られぬよう虚勢をはる。


そんな俺に一歩一歩とにじりよる死神のように――処刑人グラインド・ダッカーはゆっくりと鎌を振り下ろす。


そして冷酷無比ルースレス無機質イノーガニックな声色で――俺に死を告げた。


「あの日、手術に使用されたポーションの成分を調べさせてもらった……」


「なんだと……!?」


「状態評価はオール(Gminusマイナス)――最低中の最低だ。まさに、お前のようにな。ま、それは置いといてだ。これは明らかに合法的に使用していいポーションの規格基準を超えている――犯罪オフェンスだ。まさか、知らなかった・・・・・・、とは言わせないぞ????」


「あ、あれは緊急事態エマージェンシーだったからだ!! お、おおお俺は知ってるぞ!? 医術師規則にもハッキリと示されている! 最も優先される・・・・・・・べきは人命である・・・・・・・・とな!」


勝ったな! ガッハッハ!!!!


冤罪証明Q.E.D――完全なる論破がここに誕生した!


こんな逆転劇、戯曲ファンタジーの中でもえがかれていないだろう!?



「――であれば、そんなくだらない規格基準ルールなんてどうだっていだろう!? そんなことより人命だ! なぁ! アンタもそう思うだろ? 親父もなにか言ってくれよ! 


 おい、キラ! レナ! そんな遠くで黙って突っ立ってないで、俺を全力で擁護ようごしろよ! 俺の判断で15人も救ったんだぞ!? 


 っはっは……! そうだ! 15人だ! 俺が救った! この・・、俺が! 俺が正しい俺が正しい俺が正しい俺が正しい俺が正しい俺が正しい!!!!」



そう俺はおもうのだが……?


なぜか論破されたはずのグラインド・ダッカーは沈黙を続けている。


なんだ? なにも言い返せないのか?


「返す言葉もないとはこのことだ……はぁ……」


ほうら、俺に対する反論が何も思いつかないのだろう!


「どうだ? 俺の正しさがわかったか?」


「で、君は人命を最優先・・・・・・に動いたのか……? それで? 本当にそう言えるのか……? 胸に手をあててようく考えてみろ。自分が最優先にしたものは、なんなのか・・・・・を」


「は?」


グラインド・ダッカーの言葉に、俺は動揺をしてしまう。


俺の中で、どうしようもないくらいにイヤな・・・考えがぐるぐる、脳の中を走り回る。


俺にとってもっとも都合の悪い考え。それを自分で止められない。


逃れられない。制止できない。


湯水のように嫌な想像と、俺を責め立てる亡霊たちの声があふれてくる。





俺は自分の言葉を自分で思い返しながら、自問自答のすえ、結論する。


俺は自分で気づいてしまったのだ。



「あ、」



俺の考えの、自分の論理の――矛盾に、誤謬ごびゅうに、自分でとどめをさした。



そう、俺が最優先に考えていたのは――。



「そう、ガイアック・シルバ。お前が最も優先的に考えていたもの……それは――」





――――――――――――保身だ。






【あとがき】


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