第46話 大躍進の日


「せっかくなので踊りましょうか」


「はい。といっても、僕ダンスなんてしたことないですけど」


「大丈夫ですよ。私に身を任せてください」


 ライラさんは僕の手を取り、踊りだす。


 パーティー会場にはすでにたくさんの人がダンスをしている。


「ライラさん、ダンス上手ですね」


「いちおう、貴族ですからね。社交界には慣れてます」


 そうやってしばらくダンスを楽しんだ。


 その後は沢山の豪華な料理にしたつづみをうった。


 宴もたけなわとなったところで。


「お集りの皆さん。今日は特別な日です」


 執事服? のようなものを着た紳士的な男性が現れて、みんなの注目をさらう。


「うおおおおおおお! 待ってました!」


 誰かが野次をとばす。それが静まるのを待ってから、男性がさらに続ける。


「本日は国の一大事を救った、英雄的ギルドをたたえるための会でもあります。このような時期に、国のために多くの命を救った英雄に拍手を!」



「「「うおおおおおおおお」」」



 なんだか照れくさいな。


「さあ、ギルド世界樹ユグドラシルのみなさん。前へどうぞ」


 どこからともなく案内の執事がやってきて、僕たちを壇上へ導く。


「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。一商業ギルドでありながら、このような機会に恵まれたことを、たいへんよろこばしく思います」


 ライラさんはきりっとした面持ちで、しっかりとあいさつの言葉を述べる。


 さすがはギルドの長だなぁ。


 本当は不安でいっぱいだったんだろうけど、さっき僕が手を握ったら震えがとまっていたし、大丈夫みたいだ。


「では、次は王女殿下からの挨拶です。どうぞ」


 司会の男性がそう告げると、壇上の奥から、ひときわ綺麗な女性が姿を現した。


 紅の長髪をゆらしながら、高貴な服をまとった王女は言う。


「あー、私が王女スカーレット・グランヴェスカーだ。まずは世界樹ユグドラシルギルドのお二人にお礼を言いたい。我が国の民を救ってくれてありがとう」


 僕は軽く会釈で返す。


 なんだか緊張感のある雰囲気だなぁ。


「だが、先の爆破テロでは多くの命が失われたことも事実だ。我々は敵国――キロメリア王国を決してゆるしはしない! これはそのための決起集会でもある!!!!」


 王女スカーレット・グランヴェスカーは、覇気のある声で言った。



「「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」



 集まった人民が揺れる!


 怒りと、士気と、希望と、さまざまな感情が入り混じった大合唱。


 王女の一声で、会場のムードががらっと変わった。


 言葉だけでここまで人を扇動できるのか……。


 これが王女の威厳、風格、力……。


 だけど、なんだか妙なことになってきたぞ……。



「まずは手始めに、英雄的ギルド――世界樹ユグドラシルを商業ギルドから総合ギルドに格上げしようと思う! もちろん予算は我々が全面的に支援する! そして強力な冒険者を募り、きたるべき開戦の日に備えるのだ!!!!」



 総合ギルドだって!?


 そんなこと聞いていない。


 それに、開戦の日って……!?


(ライラさん、聞いてましたか……?)


 僕は小声で耳打ちする。


 ライラさんはそれに、無言で首を横に振ってこたえた。


 なんだか大変なことになったぞ……。


 前から国の情勢が不安定なことはわかっていたけど……。


 王女の口から「開戦」なんて言葉が出るとは……。


 王女の演説はそのまま続き、集会はものものしい雰囲気のまま終わりを迎えた。


「すまないな……。勝手に話をすすめさせてもらった」


 王女スカーレットが僕たちの前にやってくる。


 ライラさんはそれに直立不動で応答する。


「いえ、問題ありません」


 仮に異義をとなえたとして、相手は王族――国だ。


「ところで、今日は王様はいらっしゃらないのですか?」


 僕は無邪気な質問をしてしまう。


「――ッハ! そうか……君は平民だったな。父上がこのような場にわざわざ顔を出すわけがないだろう。私で十分だ」


「そ、そういうものなのですね……」


 まあ、一国の主がそうやすやすと顔を晒すわけにはいかないか……。


 国の状況も状況だし、暗殺の危険もあるだろうしね。

 だとしても鼻で笑うなんてすこしひどいな。


「王女様、お言葉ですが、私たちは商業ギルドです。戦争屋ではないですし、まして戦争の道具になるつもりもありません。失礼ですが総合ギルド化の件は……」


 ライラさんが果敢にも王女に食ってかかる。すごいな、相手は王女なのに。物おじしないなんて。


 だが王女も負けていない。ライラさんが言い切る前に、指でそれを制止し、反論する。


「いや、いい。支援金は予定通りにくれてやるさ。どのみちそのつもりだ。戦争に協力するもしないも君らの好きにしていい。まあいずれ、状況が動けば嫌でも国のために働くさ。それまでせいぜい武器の在庫をたくわえておいてくれ……」


 王女はそれだけ言い残すと、パーティー会場を後にした。


 たしかに彼女の言うことには一理ある。


 はじめから僕たちに選択肢なんてないんだ。


 戦争が本格的に始まれば、国内のギルドも物資の提供などで参戦しなくてはならない。


「一杯食わされましたね……。彼女の方が一枚上手ということです」


 ライラさんが悔しそうに歯噛みする。


 僕たちをわざわざ呼びつけて、表彰までして支援金を送る。


 それはすなわち、大戦へ向けての投資にほかならない。


 うまく利用されたわけだ。


 だけど僕は、そんなことはどうでもいい。



 僕が護りたいのは、国なんて大きなものではなく、ライラさんの笑顔と、妹の命――。



「だ……大丈夫ですよ、ライラさん!」


「え?」


「ギルドが大きくなることには変わりないんですし! それに、戦争だってきっと、勇者さんが解決してくれますよ!」


「そ、そうですね……。ありがとうございます」


 まだ落ち込んでるな……。


 これは必殺技を使うしかないな。


 僕はライラさんの頭を抱きかかえるようにして、ゆっくりと体ごと包み込む。


 ライラさんの身体の震えから、その怒りや悲しみ、悔しさが伝わってくる。


「ライラさんらしくないですね。こう考えるんです。逆に利用してやりましょう! 今回の支援金を利用して、もっともっとギルドを大きくするんです! それで、国が手出しできなくなるくらいまでの力を持っちゃえばいいんですよ!」


 僕は精一杯の持論を展開する。



「――あははっ!」



「ライラさん……」


 ライラさんは笑いながら、僕の腕の中から離れる。


 そして涙を拭きながら――。


「そうですね! ヒナタくんの言う通りです! あの王女を出し抜いてやりましょう!」


「そうですよ! その意気です! それでこそ僕のライラさんだ!」


「僕の……ですか……?」


「……」


 以前、ライラさんが僕のことを「私のヒナタくん」なんて言ってたっけ……。


 そのときはまだ僕はライラさんの気持ちに気づいてなかったなぁ。


「そうです。僕の・・、ですよ」


「じゃあ、ヒナタくんは、私の・・、ですね」


「はい」


 僕たちは暗い夜道を、笑い合いながら帰った。


 街に戻るのにはまだ日にちがあるから、明日は二人でゆっくり観光できそうだ!



「これで、また私の夢に一歩近づきました――」



 ライラさんがそんな独り言をこぼしていた気がするけど……。


 もう眠たくてあまり覚えていない。


 ライラさんの夢って、なんなんだろう――。





 こうして、物語はひとつの区切りを迎えるのだが……。


 ヒナタにはまだ救わなければならないいもうとがいる。


 まだまだ彼らの物語は続いていくのであった――。





【あとがき】


これにて1章は終わりです。

すぐに2章が始まります。引き続きよろしくお願いいたします。


もしここまで「面白かった!」とすこしでも思っていただければ、ぜひ☆☆☆マークをください!

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