第44話 表彰式の前日


「ヒナタくん、準備はできましたか?」


「はい、ライラさん。今行きます!」


 翌朝、僕の家に王都から派遣されてきた馬車が来た。


 先にライラさんのもとへ寄ったようで、既にライラさんが乗っていた。


「行ってらっしゃいませ、お兄様」


「行ってらっしゃいなのー、兄さん!」


「うん、いってくるよ」


 ヒナドリちゃん、ヒナギクそれぞれの頭を撫でて、僕は家を出る。


 事前にパーティー用の服装を、ライラさんが用意してくれていた。


 商業ギルドだから、その手の服も倉庫にいくつかある。


 今回はその中でもとびきり上等なものを借りてきた。


 馬車に乗り込むと、ドレス姿のライラさん。


 もともと綺麗なのに、こんなの綺麗すぎる……!


「きれいだ……」


「ひ、ヒナタくん!? あ、ありがとうござぃますぅ……もにょもにょもにょ……」


 なんだかライラさんの声、語尾につれてどんどん小さくなっていったな……。


 緊張しているのかな?


「ひ、ヒナタくんもかっこいいですよ!」


「あ、ありがとうございます。ライラさんの選んでくれた服のおかげですよ!」


「そ、そうですか? それはヒナタくんがもともとカッコいいからですよ!」


 なんだか褒められ慣れていないから照れるな。


 どう考えたって僕なんかよりライラさんのほうがずっときれいだ。


「えー、うぉほん! それでは出発しますよ……」


 馬車の運転手さんが咳ばらいをして、合図する。


 会話をぜんぶ聞かれてたかな……。


 だとしたら恥ずかしいし、少し気まずい。


 僕とライラさんはまた顔を見合わせて赤面してしまう。


 はぁ……。


 こんなんで二人きりで王都までって……、大丈夫かな?


 僕の心臓はもちそうにない……。





「ここが王都グランヴェスカーか、初めて来たけどすごいですね!」


「うちのギルドとは比べ物にならないですね……」


 やっぱり人の集まる都会はちがうなぁ……。


 僕らの住む土地もかなりの都会だけど、これに比べたらなぁ。


「ではこちらがお泊り頂くホテルですので。私はこれで……」


 馬車が止まり、運転手さんがそう言う。


「え!? ここに泊るんですか!?」


「ええ、表彰式は明日の夜ですので」


 てっきり日帰りだとばかり思っていた……。


 だけどまあ距離とかを考えればそうか。


 だけどライラさんと二人で泊まるのか!?


 そんなことが許されるのだろうか。


「どうしたんですか、ヒナタくん?」


「あ、ええっと……。あまりにも豪華なホテルだなぁと」


「そ、そうですね。まるでお城みたいです」


 僕はとっさにそうごまかす。


 ライラさんと同じ部屋に泊る想像をしていたなんて知られたら生きていけない。


「じゃあ、行きましょうか」


「そ、そうですね」


 なんだか緊張するなぁ……。


 ライラさんと一緒にお城に泊るのか?


 寝れるのだろうか。


「あ、私は605号室ですね。ヒナタくんはその隣みたいです」



 ズコー――――――――!!



 僕は心の中でずっこける。


 受付のお姉さんがくれたカギはふたつだった。


 そりゃあそうか。


 僕のバカバカバカバカバカ!


 でも隣の部屋ってのもそれはそれで緊張するなぁ……。


 なんて考えていたら……。


「あ、はい」


 部屋に入った瞬間、その不安は消し飛んだ。


 部屋と言っても、これはホール? 会議室? とにかくとんでもなく広いのだ。


「うちのギルドの倉庫よりも広い……」


 さすが王都いちばんのホテルだけあるね。


「ま、これなら壁越しに声が聞こえてきたりもしないし、よく眠れそうだ」





「ヒナタくん、起きていますか……?」


 夜中、部屋の扉を叩く音。


 隣の部屋で眠っているはずのライラさんだ。


「どうしたんですか?」


「それが……眠れなくて」


「あはは、わかります。僕もまだ眠れてなくて……」


「そうじゃないんです……。緊張で眠れないんじゃなくって」


 僕はライラさんの面持ちからただならぬ雰囲気を感じ取った。


 なにか言いにくいことでもあるのだろうか?


「とりあえず、中に入ります? コーヒーでも……」


「そうですね。お願いします」


 寝るとき用の服なのか、妙にカジュアルでリラックスした服装のライラさん。


 無防備なその姿に、僕は一瞬目を奪われる。


「それで、どうかしたんですか? 話してみてください」


「……」


 少しの間を置いて、ライラさんは話始めた。



「私は、ここまでこられたのは全部、ヒナタくんのおかげだと思っています。だから、私が表彰を受け取ってもいいのか迷っているんですよ。ギルドが表彰される、ということはそのまま、ギルドの拡張を意味します。正直、私にこれ以上の組織をまとめられるのか不安で……」



 意外だった。完璧超人のようにまわりから思われているライラさんが、僕にこんなことを話すなんて。人に弱音を見せない人だと思っていたけど、僕を信用してくれているのかな。こんなライラさんははじめてだ。


 正直、いつも頼りがいのある女性が、弱音をさらけだしてくれている姿は、少し可愛いと思ってしまう。僕がまもらなきゃ、僕がまもりたい。そんなふうに思った。


「何を言ってるんですか、ライラさん」


「え?」


「僕だって、ぜんぶライラさんのおかげだと思ってますよ? 他に誰がこんなことできるんです? まだ設立したてのギルドなのに、ここまでのことを成し遂げられたのは、ぜんぶライラさんの実力ですよ」


「ヒナタくん……」


 僕はライラさんの頭にそっと手を置く。


「だから安心して僕を頼ってください。お互い様なんですから。僕らはみんな運命共同体です」


「はい。いつでもヒナタくんを頼ります。だから……ずっといっしょにいてくださいね!」


 僕はなにも言わず、彼女を抱きしめた。





 ――チュンチュンチュンチュンチュン。


「もうこんな時間か……」


 僕は朝のにおいに目を覚ます。


 鳥の鳴き声が耳に心地いい。


 ライラさんはまだぐっすり眠っている。


 疲れているだろうしまだ寝かせておいてあげよう。


 きっとすごいプレッシャーを抱えていたんだね。


「さあ、今日も一日が始まるぞ!」


 僕はベッドから飛び起きて、コーヒーを沸かすことにした。


 ライラさんが起きてすぐ飲めるように。


 今日はいよいよ表彰式。


 ギルドにとっても、僕たちにとっても、大事な日となるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る