第35話 医術ギルドからの謝罪


 僕は早朝から、ギルドの前を掃き掃除していた。


 こうしたことも、立派な仕事だ。


「あ、ヒナタくん。おはようございます!」


 しばらくするとライラさんが出勤してきた。


「おはようございます、ライラさん」


「朝早くからありがとうございます」


「いいえ、自分のギルドをキレイに保つのは当然ですから」


「でもヒナタくんがこんなことまでする必要はないんですよ? 他にもたくさんがんばっているのに……」


「僕が好きでやっていることですから……」


「本当にヒナタくんは素敵な人ですね」


 なんだか朝から照れくさいぞ。


 でもライラさんと話すと元気をもらえる。


 今日も一日仕事をがんばるぞ!


 という気になる。


 まさに理想の上司だね……。


 それに……、理想の女性でもある……。


「ヒナタくん!」


 今度はライラさんとはうってかわって、野太い男性の声。


 声の主は遠くから走ってくる。


 あの人は……。


 ガイディーンさん――ガイアック医院長のお父さんだね。


「あ、ガイディーンさん! お久しぶりです。どうしたんですか?」


「ヒナタくん、こちらの方は?」


「あ、ライラさんにも紹介しますね。こちらは前の職場のギルド長のお父様です。それに、前の職場の先代ギルド長でもあるんですよ」


「なんだかややこしいですね……」


 ガイディーンさんとライラさんは軽く会釈を交わす。


「それで、用事というのは?」


「ヒナタくん……。うちのバカ息子が君にすまないことをした。今日はそれを謝りたくて来た」


「そんな……、ガイディーンさんが謝るようなことでは……」


「いや、謝らせてくれ」


 ガイディーンさんは、今にも地面に頭をこすりつけそうな勢いだった。


 困ったな……。


「そういうことでしたら、とりあえず、ギルドの中まで上がってもらったらどうですか?」


「そうですね、ライラさんの言う通りです。立ち話もなんですから、こちらへ」


 僕たちはそのままギルドの応接室へ移動する。





「本当にすまなかった! ヒナタくん! 謝って済むことじゃないかもしれないが、どうか許してほしい!」


 応接室へ着くなり、ガイディーンさんが頭を下げる。


 机に頭をゴンゴン打ち付ける。


「や、やめてください!」


「いや、謝らせてくれ!」


 僕が止めるも、ガイディーンさんは謝り続ける。


 僕はなによりもガイアックに腹が立っていた。


 自分の父親にここまでさせるなんて……!


 恥ずかしくないのか?


「それで……どうだろう? もう一度戻ってきてくれないだろうか? 勝手なことを言っているのはわかっているんだ。でも息子が……ガイアックが、医術ギルドがピンチなんだ……」


「そうなんですか……医術ギルドがピンチ……」


 ガイディーンさんの気持ちもわかる。


 ガイアックのような人物だって、彼にしてみれば大事な息子だ。


 それに、代々受け継いできた医術ギルドも大切だろう。


 ガイディーンさんのことは助けてあげたい。


 でも……。


 僕はやっぱりガイアックに手を貸す気にはなれない。


 それに、僕は今戻るわけにはいかない……。


 だって――。


「申し訳ありません。戻ることはできませんよ……」


「そこをなんとか!」


「僕には今のギルドのほうが大切なんです。仕事を放りだすことはできません」


「そうか……。たしかにそれはそうだろうな。ヒナタくん、君は責任感のある立派な人だな……」


「ありがとうございます。それに、僕が戻っても息子さん、ガイアックがそれを許さないでしょう。彼はプライドの塊のような男です。僕の手なんか、借りたくもないでしょう?」


「たしかにそれもあるかもな……」


 とはいえ、医術ギルドの今後は心配だなぁ。


 あんなギルドでもなくなれば、近くに住んでいる人は困るだろうし。


 ガイアックが少しでもまともになってくれればいいんだけど……。


「とにかく、今のヒナタくんが幸せにそうでなによりだよ」


「ありがとうございます。ガイディーンさんもお元気で」


「ああ。もしなにか困ったら私を頼ってくれ。それがせめてものお礼とお詫びだ」


「そうします。では……健闘を祈ります」


 僕はそうして、ガイディーンさんを出口まで送っていった。


「あれで、よかったんですか? ヒナタくん」


 見送りながら、ライラさんが僕に訊ねる。


「ええ、いいんです。もう僕には関係のない話ですから」


「……」



「それに、今一番大切なのはライラさんですから」



「……へ?」


「あ、」


 あれ?


 僕今なにか変なことを口走った!?


「あ、いや……そうじゃなくって……その……、ライラさんのギルドが、っていうことです!」


「そ、そうですよね! びっくりしました。あはは……」


 なんとかごまかせただろうか?


 僕もライラさんも、赤面したまましばらく無言でそのばに突っ立っていた。


「そ、そろそろ中に戻りましょうか。身体が冷えてしまいますし」


「そうですね。風邪をひく前に、そうしましょう」


 なんだか変な、ぎこちない会話を交わしながら、僕たちはギルド内へと戻っていった。


 ああああ、なんか変なことを言ってしまたような気がするぅ!


 気まずい……。

 

 僕はその日一日、もんもんとしたまま過ごした。





【side:ガイディーン】


 ふう。


 私はヒナタくんに謝った後、ようやく医術ギルドに帰ってきた。


「おい、ガイアック。謝ってきたぞ」


「すみません……お父様」


「まったく、面汚しもいいところだ」


 本当にこんなバカ息子を生み出してしまって後悔だよ。


 ヒナタくんが寛大な男でよかった。


「ヒナタくんは、彼は立派だったぞ……。お前ももう少しまともならな……」


「……っく」


 こんなクズでも一人前にくやしいのか?


 そう思えるならまだましか。


 これをバネにして、頑張ってもらいたいところだな。


「あとはこのギルドをどうするかだな……」


「もう一度チャンスをください、お父様!」


 ふん、我が息子ながらなかなか図々しいやつだな。


「まあいいだろう。私がある程度立て直す。もう一度いちからやってみろ」


「ありがとうございます! 頑張ります!」


 まあまた優秀な人材を見つけてくれば、こんなバカ息子でもなんとかなるだろう。


 しかし、レナやキラも優秀なんだがなぁ。


 まあ、なんとかこのバカ息子が成長してくれることを祈るしかないな。





 ガイディーンの期待もむなしく、ガイアックはまだまだ愚かなままなのだった。

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