第35話 医術ギルドからの謝罪
僕は早朝から、ギルドの前を掃き掃除していた。
こうしたことも、立派な仕事だ。
「あ、ヒナタくん。おはようございます!」
しばらくするとライラさんが出勤してきた。
「おはようございます、ライラさん」
「朝早くからありがとうございます」
「いいえ、自分のギルドをキレイに保つのは当然ですから」
「でもヒナタくんがこんなことまでする必要はないんですよ? 他にもたくさんがんばっているのに……」
「僕が好きでやっていることですから……」
「本当にヒナタくんは素敵な人ですね」
なんだか朝から照れくさいぞ。
でもライラさんと話すと元気をもらえる。
今日も一日仕事をがんばるぞ!
という気になる。
まさに理想の上司だね……。
それに……、理想の女性でもある……。
「ヒナタくん!」
今度はライラさんとはうってかわって、野太い男性の声。
声の主は遠くから走ってくる。
あの人は……。
ガイディーンさん――ガイアック医院長のお父さんだね。
「あ、ガイディーンさん! お久しぶりです。どうしたんですか?」
「ヒナタくん、こちらの方は?」
「あ、ライラさんにも紹介しますね。こちらは前の職場のギルド長のお父様です。それに、前の職場の先代ギルド長でもあるんですよ」
「なんだかややこしいですね……」
ガイディーンさんとライラさんは軽く会釈を交わす。
「それで、用事というのは?」
「ヒナタくん……。うちのバカ息子が君にすまないことをした。今日はそれを謝りたくて来た」
「そんな……、ガイディーンさんが謝るようなことでは……」
「いや、謝らせてくれ」
ガイディーンさんは、今にも地面に頭をこすりつけそうな勢いだった。
困ったな……。
「そういうことでしたら、とりあえず、ギルドの中まで上がってもらったらどうですか?」
「そうですね、ライラさんの言う通りです。立ち話もなんですから、こちらへ」
僕たちはそのままギルドの応接室へ移動する。
◇
「本当にすまなかった! ヒナタくん! 謝って済むことじゃないかもしれないが、どうか許してほしい!」
応接室へ着くなり、ガイディーンさんが頭を下げる。
机に頭をゴンゴン打ち付ける。
「や、やめてください!」
「いや、謝らせてくれ!」
僕が止めるも、ガイディーンさんは謝り続ける。
僕はなによりもガイアックに腹が立っていた。
自分の父親にここまでさせるなんて……!
恥ずかしくないのか?
「それで……どうだろう? もう一度戻ってきてくれないだろうか? 勝手なことを言っているのはわかっているんだ。でも息子が……ガイアックが、医術ギルドがピンチなんだ……」
「そうなんですか……医術ギルドがピンチ……」
ガイディーンさんの気持ちもわかる。
ガイアックのような人物だって、彼にしてみれば大事な息子だ。
それに、代々受け継いできた医術ギルドも大切だろう。
ガイディーンさんのことは助けてあげたい。
でも……。
僕はやっぱりガイアックに手を貸す気にはなれない。
それに、僕は今戻るわけにはいかない……。
だって――。
「申し訳ありません。戻ることはできませんよ……」
「そこをなんとか!」
「僕には今のギルドのほうが大切なんです。仕事を放りだすことはできません」
「そうか……。たしかにそれはそうだろうな。ヒナタくん、君は責任感のある立派な人だな……」
「ありがとうございます。それに、僕が戻っても息子さん、ガイアックがそれを許さないでしょう。彼はプライドの塊のような男です。僕の手なんか、借りたくもないでしょう?」
「たしかにそれもあるかもな……」
とはいえ、医術ギルドの今後は心配だなぁ。
あんなギルドでもなくなれば、近くに住んでいる人は困るだろうし。
ガイアックが少しでもまともになってくれればいいんだけど……。
「とにかく、今のヒナタくんが幸せにそうでなによりだよ」
「ありがとうございます。ガイディーンさんもお元気で」
「ああ。もしなにか困ったら私を頼ってくれ。それがせめてものお礼とお詫びだ」
「そうします。では……健闘を祈ります」
僕はそうして、ガイディーンさんを出口まで送っていった。
「あれで、よかったんですか? ヒナタくん」
見送りながら、ライラさんが僕に訊ねる。
「ええ、いいんです。もう僕には関係のない話ですから」
「……」
「それに、今一番大切なのはライラさんですから」
「……へ?」
「あ、」
あれ?
僕今なにか変なことを口走った!?
「あ、いや……そうじゃなくって……その……、ライラさんのギルドが、っていうことです!」
「そ、そうですよね! びっくりしました。あはは……」
なんとかごまかせただろうか?
僕もライラさんも、赤面したまましばらく無言でそのばに突っ立っていた。
「そ、そろそろ中に戻りましょうか。身体が冷えてしまいますし」
「そうですね。風邪をひく前に、そうしましょう」
なんだか変な、ぎこちない会話を交わしながら、僕たちはギルド内へと戻っていった。
ああああ、なんか変なことを言ってしまたような気がするぅ!
気まずい……。
僕はその日一日、もんもんとしたまま過ごした。
◇
【side:ガイディーン】
ふう。
私はヒナタくんに謝った後、ようやく医術ギルドに帰ってきた。
「おい、ガイアック。謝ってきたぞ」
「すみません……お父様」
「まったく、面汚しもいいところだ」
本当にこんなバカ息子を生み出してしまって後悔だよ。
ヒナタくんが寛大な男でよかった。
「ヒナタくんは、彼は立派だったぞ……。お前ももう少しまともならな……」
「……っく」
こんなクズでも一人前にくやしいのか?
そう思えるならまだましか。
これをバネにして、頑張ってもらいたいところだな。
「あとはこのギルドをどうするかだな……」
「もう一度チャンスをください、お父様!」
ふん、我が息子ながらなかなか図々しいやつだな。
「まあいいだろう。私がある程度立て直す。もう一度いちからやってみろ」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
まあまた優秀な人材を見つけてくれば、こんなバカ息子でもなんとかなるだろう。
しかし、レナやキラも優秀なんだがなぁ。
まあ、なんとかこのバカ息子が成長してくれることを祈るしかないな。
◆
ガイディーンの期待もむなしく、ガイアックはまだまだ愚かなままなのだった。
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