第33話 獣人の少女


 商人さんが去って、僕と奴隷の少女がその場に残された。


「まったく……本当にお人好しですね、ヒナタくんは」


 声がして後ろを振り向くと、そこにはライラさん。


「すみません……、勝手なことをして」


「いいんですよ。ちょうど私もあの手の商人にはうんざりしていました」


「そうなんですか?」


「ええ、それに、ヒナタくんの気持ちもわかります」


「ライラさん。ありがとうございます」


「さっきのお金もギルドでもちましょう」


「え!? いいんですか!?」


「当然です。ヒナタくんがこのギルドにもたらした利益を考えればね……。そんなことより、はやくそちらの獣人の少女を治療しなくては……!」


「そ、そうですね!」


 獣人の少女はまだ状況を理解していないようすで、きょとんとしている。


 それもそうだろう、ずっと奴隷として過ごしていたら、いろんな感情が鈍くなるものだ。


「ほらおいで治療してあげよう」


 僕は彼女の手を引いて、ギルドの医務室へと急ぐ。


 ライラさんも後に続く。


 こんなとき、役に立つのは万能オールポーションだ。


 数は少ないけど、まだ残っていたはず。


「さあ、飲んで」


「ん……」


 ――ゴキュゴキュ。


 ポーションを飲むと、獣人の少女の身体はみるみるうちに癒されていった。


 どうやら彼女の病状は、ヒナギクとは違って普通の状態異常だけだったみたいだね。


 すっかりよくなったみたいだ。


 ヒナギクの病気もこんなふうに万能オールポーションだけで回復すればよかったんだけどね……。


「さっそく、万能オールポーションが役に立ちましたね!」


「よかったです。これもライラさんのおかげです」


「いえいえ、ヒナタくんのおかげですよ」


 で、これからどうしようか。


 僕はあらためて獣人の少女に向き直る。


 さっきまでは苦しそうにして喋れなかったみたいだけど。


 どうやらもう平気そうだね。


「あの、ありがとうございます。わたしをここにおいてください」


 たどたどしく少女はそう言った。


 獣人はあまり言葉が達者じゃないんだよね。



「「もちろん! ただし、奴隷としてではなく……仲間として!」」



 僕とライラさんは、満面の笑みで彼女を受け入れた。


 こうして、獣人の少女――クリシャ・ウォンがギルドの新たな一員となった。





 それからしばらくして、場所はギルド内のとある一室。


 クリシャには温かいスープを用意して、くつろいでもらっている。


「あの、なにかやくめをください」


 獣人の少女――クリシャは、僕に泣きそうな目でそう訴える。


「え? 役目?」


「そうです、ここに置いてもらうのでしたら……なにかお返しをしなければなりません」


「うーん、とはいっても僕が勝手にしたことだし、そんな風に思う必要はないんだけど……」


「そうはいきません」


 もしかして、助けたことで勝手に重荷に感じさせてしまったかな?


 だとしたら少し申し訳ないな。


 でも、まあこれから彼女が快適に暮らせるようにサポートしていけばいいだけの話か……。


 なんて僕が考えていると……。



 ――しゅるるるるる。



 クリシャが突然、衣服を脱ぎだした。


「なななな、なにしてるの!?」


「わたしには、このくらいしかできることがありません……」


 そう言った彼女の目は、ひどく怯えている。


 きっと奴隷として扱われるなかで、そうなってしまったのだろう。


 びっくりしている僕を見て何を思ったか、彼女はまたとんでもないことを言いだした。


「あんしんしてください。わたしはしょじょだから……」


「そういうことじゃなくて!!」


「……?」


「いいから服を着て!」


 彼女は本当になんのことかわかってないようだ。


 ここまで認知が歪んでしまうなんて……。


 いままでどんな境遇にいたんだ?


「いい? 僕は君にそんなことをさせる気はないよ。僕がかってに君を引き受けたんだ。見返りは期待していない」


「でも……」


 どうやらなかなか納得してくれないみたいだぞ。


 なんとかクリシャに役目を与えるしかないかな?


「そうだ! 獣人ってたしか鼻がきくんだったよね?」


「はい。数メートル先からでも、ご主人を探し出せます」


「その、ご主人ってのは僕のこと……?」


「そうです」


「はぁ……。ご主人ってのはどうなのかな?」


「……?」


 まあいいか……。


「と、とにかく! その鼻、このギルドならちょうどいい仕事があるよ!」


「ほんとですか!」





 僕はクリシャを倉庫に連れてきた。


「ヒナタ先輩、なんなんスか? その獣人の子……。自分とヒナタ先輩の倉庫には邪魔ですよ……」


 ウィンディがそんな文句をいう。


 また面倒なことを……。


「いいから、仲良くして!」


「はぁい。先輩がいうならそうしますっス」


 なぜか不服そうだけど……。


 なにがそんなに不満なんだろう?


「じゃあクリシャ、このハーブのにおいを覚えてくれる?」


「はい、ご主人」


 ――クンカクンカクンカクンカ。


「じゃあこの薬草の山の中から、さっきのハーブを仕分けてくれるかな?」


「はい!」


 クリシャは元気よく返事をし、ささっと仕分けの作業をテキパキこなす。


「すごい!」


「ほんとに、すごいっスね! 先輩!」


 どうやらウィンディもクリシャの実力を認めたようだね。


 クリシャの鼻をつかえば、面倒な仕分け作業もすぐに終わりそうだ。


 これならギルドのみんなもクリシャのことを認めるだろう。


「あら、新人さん? よく働くわねぇ、えらいわぁ」


 ベテランのパートのおばさんが、クリシャを見つけてそんなことを話しかける。


「よかった、上手くやっていけそうだね……」


「本当に、先輩はいい人っスね……」


「そうでもないよ……。本当に救いたい人はまだ救えていないから……」


「……?」


「あ、ごめんね。なんでもないんだ」


「先輩……」


 ウィンディと話しているうちに、クリシャは仕分け作業を終えていた。


「すごい! えらいね、クリシャ」


 僕は頭を撫でてやる。


「ありがとうございます! ご主人」


「あ、ずるいっス! 自分も撫でてほしいっス!」


「えー、ウィンディはなにもしてないじゃん!」


「そんなことないっス!」


「はいはい、嘘だよ。いつもありがとうね、ウィンディ」


「えへへー」


 ウィンディのこともついでに撫でてやった。


 彼女もいい後輩だ。


 いつも助かっている。


「ヒナタくん、私も撫でてくれますか……?」


「ライラさん!? いつのまに……」


 なんだか妙なことになったぞ……。


 でもまあとりあえず、ライラさんの頭を撫でる。


 すると、僕の頭の上にも手が乗ってくる。


 かわいい小さなおててが三つ。


「いつもありがとうございます、ヒナタさん」


「ありがとうっス、先輩」


「助けてくれてありがとうございます、ご主人」


「みんな……」


 僕が感動に浸っていると……。


 ――パーン!


 クラッカーの弾ける音。


 そして舞い上がる紙吹雪。



「「誕生日おめでとう! ヒナタ!」」



 いつのまにかギルドのみんなが倉庫に集まっていた。


「みなさん……」


 そういえば、忙しくて忘れていたけど。


 僕は今日誕生日だった……。


「ありがとうございます!」


 それから誕生日パーティーが始まり、夜遅くまで大騒ぎが続いた。


 パーティーが終わるころにはクリシャもみんなと打ち解け……。


 すっかり仲間になっていた。


「よかったよかった……」

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