第33話 獣人の少女
商人さんが去って、僕と奴隷の少女がその場に残された。
「まったく……本当にお人好しですね、ヒナタくんは」
声がして後ろを振り向くと、そこにはライラさん。
「すみません……、勝手なことをして」
「いいんですよ。ちょうど私もあの手の商人にはうんざりしていました」
「そうなんですか?」
「ええ、それに、ヒナタくんの気持ちもわかります」
「ライラさん。ありがとうございます」
「さっきのお金もギルドでもちましょう」
「え!? いいんですか!?」
「当然です。ヒナタくんがこのギルドにもたらした利益を考えればね……。そんなことより、はやくそちらの獣人の少女を治療しなくては……!」
「そ、そうですね!」
獣人の少女はまだ状況を理解していないようすで、きょとんとしている。
それもそうだろう、ずっと奴隷として過ごしていたら、いろんな感情が鈍くなるものだ。
「ほらおいで治療してあげよう」
僕は彼女の手を引いて、ギルドの医務室へと急ぐ。
ライラさんも後に続く。
こんなとき、役に立つのは
数は少ないけど、まだ残っていたはず。
「さあ、飲んで」
「ん……」
――ゴキュゴキュ。
ポーションを飲むと、獣人の少女の身体はみるみるうちに癒されていった。
どうやら彼女の病状は、ヒナギクとは違って普通の状態異常だけだったみたいだね。
すっかりよくなったみたいだ。
ヒナギクの病気もこんなふうに
「さっそく、
「よかったです。これもライラさんのおかげです」
「いえいえ、ヒナタくんのおかげですよ」
で、これからどうしようか。
僕はあらためて獣人の少女に向き直る。
さっきまでは苦しそうにして喋れなかったみたいだけど。
どうやらもう平気そうだね。
「あの、ありがとうございます。わたしをここにおいてください」
たどたどしく少女はそう言った。
獣人はあまり言葉が達者じゃないんだよね。
「「もちろん! ただし、奴隷としてではなく……仲間として!」」
僕とライラさんは、満面の笑みで彼女を受け入れた。
こうして、獣人の少女――クリシャ・ウォンがギルドの新たな一員となった。
◇
それからしばらくして、場所はギルド内のとある一室。
クリシャには温かいスープを用意して、くつろいでもらっている。
「あの、なにかやくめをください」
獣人の少女――クリシャは、僕に泣きそうな目でそう訴える。
「え? 役目?」
「そうです、ここに置いてもらうのでしたら……なにかお返しをしなければなりません」
「うーん、とはいっても僕が勝手にしたことだし、そんな風に思う必要はないんだけど……」
「そうはいきません」
もしかして、助けたことで勝手に重荷に感じさせてしまったかな?
だとしたら少し申し訳ないな。
でも、まあこれから彼女が快適に暮らせるようにサポートしていけばいいだけの話か……。
なんて僕が考えていると……。
――しゅるるるるる。
クリシャが突然、衣服を脱ぎだした。
「なななな、なにしてるの!?」
「わたしには、このくらいしかできることがありません……」
そう言った彼女の目は、ひどく怯えている。
きっと奴隷として扱われるなかで、そうなってしまったのだろう。
びっくりしている僕を見て何を思ったか、彼女はまたとんでもないことを言いだした。
「あんしんしてください。わたしはしょじょだから……」
「そういうことじゃなくて!!」
「……?」
「いいから服を着て!」
彼女は本当になんのことかわかってないようだ。
ここまで認知が歪んでしまうなんて……。
いままでどんな境遇にいたんだ?
「いい? 僕は君にそんなことをさせる気はないよ。僕がかってに君を引き受けたんだ。見返りは期待していない」
「でも……」
どうやらなかなか納得してくれないみたいだぞ。
なんとかクリシャに役目を与えるしかないかな?
「そうだ! 獣人ってたしか鼻がきくんだったよね?」
「はい。数メートル先からでも、ご主人を探し出せます」
「その、ご主人ってのは僕のこと……?」
「そうです」
「はぁ……。ご主人ってのはどうなのかな?」
「……?」
まあいいか……。
「と、とにかく! その鼻、このギルドならちょうどいい仕事があるよ!」
「ほんとですか!」
◇
僕はクリシャを倉庫に連れてきた。
「ヒナタ先輩、なんなんスか? その獣人の子……。自分とヒナタ先輩の倉庫には邪魔ですよ……」
ウィンディがそんな文句をいう。
また面倒なことを……。
「いいから、仲良くして!」
「はぁい。先輩がいうならそうしますっス」
なぜか不服そうだけど……。
なにがそんなに不満なんだろう?
「じゃあクリシャ、このハーブのにおいを覚えてくれる?」
「はい、ご主人」
――クンカクンカクンカクンカ。
「じゃあこの薬草の山の中から、さっきのハーブを仕分けてくれるかな?」
「はい!」
クリシャは元気よく返事をし、ささっと仕分けの作業をテキパキこなす。
「すごい!」
「ほんとに、すごいっスね! 先輩!」
どうやらウィンディもクリシャの実力を認めたようだね。
クリシャの鼻をつかえば、面倒な仕分け作業もすぐに終わりそうだ。
これならギルドのみんなもクリシャのことを認めるだろう。
「あら、新人さん? よく働くわねぇ、えらいわぁ」
ベテランのパートのおばさんが、クリシャを見つけてそんなことを話しかける。
「よかった、上手くやっていけそうだね……」
「本当に、先輩はいい人っスね……」
「そうでもないよ……。本当に救いたい人はまだ救えていないから……」
「……?」
「あ、ごめんね。なんでもないんだ」
「先輩……」
ウィンディと話しているうちに、クリシャは仕分け作業を終えていた。
「すごい! えらいね、クリシャ」
僕は頭を撫でてやる。
「ありがとうございます! ご主人」
「あ、ずるいっス! 自分も撫でてほしいっス!」
「えー、ウィンディはなにもしてないじゃん!」
「そんなことないっス!」
「はいはい、嘘だよ。いつもありがとうね、ウィンディ」
「えへへー」
ウィンディのこともついでに撫でてやった。
彼女もいい後輩だ。
いつも助かっている。
「ヒナタくん、私も撫でてくれますか……?」
「ライラさん!? いつのまに……」
なんだか妙なことになったぞ……。
でもまあとりあえず、ライラさんの頭を撫でる。
すると、僕の頭の上にも手が乗ってくる。
かわいい小さなおててが三つ。
「いつもありがとうございます、ヒナタさん」
「ありがとうっス、先輩」
「助けてくれてありがとうございます、ご主人」
「みんな……」
僕が感動に浸っていると……。
――パーン!
クラッカーの弾ける音。
そして舞い上がる紙吹雪。
「「誕生日おめでとう! ヒナタ!」」
いつのまにかギルドのみんなが倉庫に集まっていた。
「みなさん……」
そういえば、忙しくて忘れていたけど。
僕は今日誕生日だった……。
「ありがとうございます!」
それから誕生日パーティーが始まり、夜遅くまで大騒ぎが続いた。
パーティーが終わるころにはクリシャもみんなと打ち解け……。
すっかり仲間になっていた。
「よかったよかった……」
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