第32話 商人の裏の顔


「ヒナタくん、今日午後から商人さんと商談があるので、同席してくれますか?」


 朝ギルドにて、ライラさんからそんなことを言われた。


 僕が商談に同席?


 まあ確かに以前からもそういったことはあったけど……。


「いいですけど、どうして?」


「以前もヒナタくんがいてくれたおかげで助かりましたからね……」


「あれはたまたまですよ」


「いえ、ヒナタくんには確かな商才があると確信しています。それに居てくれるだけで私も安心できます」


 そんな風にいってもらえると、僕としても嬉しい。


 僕もライラさんの力になれて嬉しいな。


「まあ僕に商才があるかはわかりませんが……。僕で良ければいくらでもご一緒しますよ」


「ありがとうございます」





「私は商人のグスクスです。よろしくお願いします」


 今日の商人さんは、また新しい人だね。


 正直、いろんな商人さんがいすぎて、名前と顔が覚えられないよ……。


「では、さっそく商談に取り掛かりましょうか……」


 それほど複雑な取引じゃなかったから、商談はスムーズに進行した。


「では、そういうことで……よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 そんな感じであっという間に話がまとまった。


「ヒナタくんのおかげで、スムーズに取引ができました」


「いえ、僕は何も……」


 ライラさんと話していると、商人さんが口を挟んできた。



「おや? お二人はお付き合いされているのですか?」



「「へ? おおおおお、お付き合い? そそそそんなことはありません!」」


 僕もライラさんも、同時に顔を見合わせて、赤面する。


「おや、そうでしたか……。いや、仲がよさそうでしたので……」


「そ、そうですか……」


 まったく、商人さんも余計なことを言う……。


 そしてそれをごまかすように――。


「で、ではヒナタくん。グスクスさんを出口までお見送りしてあげてください」


「は、はい! そうですね……。では、こちらへ」


 僕はライラさんから逃げるように、商人さんを連れて部屋を出る。


 そしてそのまま外へ。


 商人さんの馬車はギルドの前に止めてあって、たくさんの荷物が詰め込まれている。


 そしてその中には――。


 奴隷紋を刻まれた女の子の姿――。


「グスクスさん……、これは?」


「なに、獣人の奴隷ですよ……。もしかしてお気に召しましたか? でしたらお譲りしますよ? でもいいんですか? あんなにキレイなギルド長がいるのに」


 グスクスさんはまだ笑いながら、そんなことを言う。


 だが僕の心の中は穏やかではなかった。


 奴隷の子は確かにたくさんいる。


 ありふれている。


 でも……。


 この子は――。


「彼女、病気じゃないですか……。治療をうけさせないと」


「ああ、いいんですよコイツは。所詮は奴隷なんで」


 なんだって!?


 僕は耳を疑った。


 真面目な商人さんだと思っていたのに。


 人って言うのはわからないものだな。


「ダメですよ! かわいそうじゃないですか!」


「は? 何を言ってるんだアンタは? いいですか? 奴隷にそんなお金はかけられませんよ! まあ別にこんな獣人、死んでもどうってことないですから」


 あ、この人最低な人だ……。


 たしかに奴隷は大事に扱われることのほうが少ないけど……。


 僕はこんなかわいい女の子を放っておけない。


「それに、もうこれは助かりませんぜ? せいぜい死ぬまで荷物運びでもさせて元をとるとしますよ。こんな病気のやつは性奴隷にもできませんしね」


 なんてヤツだ……。


 黙っていれば次々と暴言が出てくる……。


 僕は許せなかった。


 もう助からないからって見捨てるなんて。


 命をそこであきらめてしまうなんて、僕は絶対に認められない!


 脳裏にヒナギクのことがちらつく。


 絶対に治らない病気なんてないんだ……。


 僕はそれを証明してみせたい!


 僕は意を決して、口を開いた。


「お言葉ですが、商品の状態も管理できないような人とは今後、取引できませんねぇ……」


「は? なんだと? もっぺんいってみろ」


「ですから、奴隷だとしても……、それを大事に扱うことが商人としての責任では?」


「べつにこいつが死んでもかわりの商品はいくらでもあるんだ! 腐りかけの薬草(F)をいつまでも大事に取っておく馬鹿がどこにいる?」


 この人は、商人としても腐ってる……!


 もちろん人としても間違っている。


 僕は腐りかけの薬草だとしても、扱い方ひとつで有効活用できることを知っている。


 今までだってそうしてきた。


 そして僕だって、一度は前の職場で無能とみなされたけれど……。


 今ではこうして幸せに暮らせている。


 一度だめだって思っても、人はまた変われるんだ!


 絶対にダメな人なんていない。


 あきらめてしまったら、見捨ててしまったら、そこで終わってしまうんだ!


「もういいですか? もめごとはごめんなんで。帰らせていただきますよ……」


「ええ、お引き取り願います。もうあなたとは取引できません」


「ふん、クソギルドめ。偽善者は大変だな……?」


「でもその前に……、お忘れ物ですよ?」


 僕はグスクスさんに大金の入った袋を差し出す。


「こ、これは……なんという大金!」



「そちらの奴隷をもらっても?」



 僕は先ほどの獣人の少女を指さす。


「ふん、かまわん、どうせ利益にもならんようなゴミだ。それがこんな大金に化けるなら、問題はないですよ……」


「では……」


 グスクスさんは少女をその場に置いて、馬車で駆けて行った。

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