第30話 ユグドラシルの果実【side:ガイアック】


「はぁ……疲れたなぁ……」


 俺は足を組んで大げさにため息をもらす。


 ――チラ。


 ポーション師のヘルダーへガンを飛ばす。


「おい! 疲れたって言ってるんだが?」


「す、すみません!」


 ヘルダーは大急ぎで俺の元へやってくる。


 こうした圧力も上司の立派な役目なのだ。


「失礼します」


 ヘルダーは俺の後ろへ周り、肩へと手をやる。


「おい何やってる!?」


「肩をもませていただこうかと……」


「気色悪い。男なんかに触られたくないんだよ! マッサージならレナにやってもらうわ! 触るな俺から離れろ!」


「す、すみません!」


 まったく、気の利かないヤツだ。


 アホだな。


「俺が言ってるのは、のことだよ!」


 ――ドン!


 俺は机を叩いて威嚇いかくする。


「ですから、以前も言った通り、自分にはそんなものは作れませんよ。どうしてもというのでしたら前任者の方に方法を訊いてくださいよ」


「は!? ヒナタに訊けというのか? そんなことできるわけないだろ!?」


「知りませんよ……」


「そうじゃなく、俺が言ってるのは代わりの方法を探せということだ。前も言っただろう? なんとか俺の疲労を癒せ! お前、ポーション師だろう?」


「それはポーション師の仕事ではないですよ……」


「うるさい! とっとと仕事にかかれ!」


 まったく、やれやれだぜ。





「ガイアックギルド長、お疲れ様です」


 翌日、ヘルダーが性懲りもなく俺に話しかけてきた。


「何の用だ? 俺はいそがしいんだが? それに、お前のせいで疲れもたまっている」

「ですから、これをどうぞ。代わりの方法を用意しました」


 昨日の今日でもう改善してくるとは、なかなかやるなコイツ。


「そうか、ん? これは?」


 ヘルダーが俺に差し出したのは、お茶でもポーションでもなく――。


「なんだこれ?」


 なにやら棒状の果物に、液体をしみこませたもののようだが……。


「これは世界樹ユグドラシルの果実です」


世界樹ユグドラシルの果実? 世界樹ユグドラシルといえばどこかで聞いた名だな……?」


 まあ俺が他の弱小クソギルドの名前なんかいちいち覚えているはずはないが。


 医術ギルド以外はそもそも全部クソだしな。


「それもそうですよ、世界樹ユグドラシルといえば、今絶好調の商業ギルドですからね!」


「ふん、知らんな。で、その果実とやらがなんだって?」


 見た感じ、どす黒い果物で、おいしそうには見えない。


 まして、これと疲労回復とどういった関係性が?


「これはその世界樹ユグドラシルギルドが開発したオリジナルブランドのスティック型ポーションなんですよ! なんでも、労働者や冒険者の間で疲労回復によく効くと噂で……」


「ふん、スティック型ポーションだと? そんな得体のしれないものを……」


「まあ一口食べてみてくださいよ、せっかくギルド長のために買ってきたんですから」


「うーん……」


 においを嗅いでみる。


 かすかにアルコールの風味。


 まあ味はそこそこと言った感じか……。


「む……!?」


「!?」


「これはすごいぞ!」


「でしょう!?」


 みるみるうちに身体に力が湧いてくる。


 果物にしみこませたポーションをゆっくり噛んで接種するからか知らないが……。


 とにかく嚙めば嚙むほど、疲労が回復していくのがわかる。


「しかもアルコールがいいアクセントになっていて、果物の苦みと相まって……。独特な味を生み出している!? これを生み出したヤツは天才か!?」


「なんでも、これを開発した人物はポーション師らしいですよ?」


「は? ポーション師にこんなことができるわけないだろう? いい加減にしろ! 自分を認めてほしいからっていい加減な嘘をつくな! 仮にその話が本当だとして、すごいのはそのポーション師であってお前ではないからな?」


「わかってますよ! でもこの話は本当なんです!」


「ほう……まあポーション師の中にもマシなヤツがいたというわけだな。まったく、お前もそいつくらい優秀だったらなぁ……」


「す、すみません……」


 まあこんなにいい商品を教えてもらったのだ。


 ヘルダーにも点をあげてもいいかもな。


 ま、それでもポーション師な時点でクソだけどな!


「あ、そうだ! その世界樹ユグドラシルとかいうギルドの件のポーション師、そいつを引き抜けばいいんだ!」


「はい?」


「そうすれば問題が一気に解決するぞ!」


「まあ確かにうちのギルドには僕しかポーション師はいませんし……。増員は正直助かりますが」


「そうだろう? そんないい商品を作るポーション師なのだから、きっと優秀な人物に違いない」


「まあそうでしょうね」


「おい、ヘルダー。お前、ちょっと世界樹ユグドラシルに行って勧誘してこい。同じポーション師どうし、話もしやすいだろう」


「ちょっと行ってこいなんて簡単に言いますけど……。引き抜きってそう簡単じゃないですよ……?」


「うるさいな、とっとと行け! もし失敗したらお前もクビだからな」


「まったく無茶いいますね……」


「は? なにか言ったか?」


「いえ、なにも……。行ってきますよ……」


 ふん。


 初めから素直に従えばいいのだ。


 ヘルダーはしぶしぶギルドを出かけていった。


 果報は寝て待てというからな……。


 俺はヤツが帰ってくるまで寝て待つとするか……。





 ガイアックはまだ知らない――。


 世界樹ユグドラシルがヒナタの所属するギルドであるということを……。


 そして、件のポーションを商品開発したのもヒナタであるということを。

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