第29話 万能ポーション


 いつも通り、ギルド内の倉庫に籠って、研究をしていたある日のことだった。


「よし、ここをこうして……」


 鑑定スキルのおかげもあって、研究は思ったよりもうまく進んでいた。


 といっても、これは偶然だったのかもしれないけど……。


「できた……!」


 なんと僕は【全状態異常回復オールキュアポーション】を作り出してしまったのだ!


「これは革命的だぞ……!」


 さっそくライラさんに報告しなくちゃ……!


「ライラさん!」


 僕は勢いよくギルド長室の扉を開け、中へ入る。


「ひ、ヒナタくん……!?」


 そこにいたのは……下着姿のライラさんだった……。


「あ! すすすす、すみません……!」


 僕は赤面して、数秒硬直したのち、勢いよく扉を閉めた。


 まさかライラさんが着替えの最中だったなんて……。


 確認してから入るべきだった……。


 でもあまりの成果に興奮してしまって、その可能性を失念していた。


 申し訳ないことをしたな……。


「ひひひ、ヒナタくん!」


「は、はい!」


「み、見ましたか……? 見えましたよね?」


「い、いえ……な、何も見てないです!」


 ――嘘である。


 ハイ、僕は今嘘をつきました。


 だけど仕方がないよね。


 まさか素直に全部見ましたなんて言えるわけがないし……。


 これが一番平和に済む返答だろう。


「な、ならいいのですが……」


「す、すみませんでした! ノックをするべきでした」


「い、いえ。大丈夫です! カギをかけてない私が悪いんです! そ、それに……ヒナタくんになら見られても問題ありません……」


 うん……?


 最後の方がよく聞き取れなかったような……。


 いや、ちゃんと聞こえてはいるんだけど。


 耳を疑う、というか。


 いや、そんなはずはない。


 ライラさんがそんなこと言うはずがないもんね。


「それで……そんなに慌ててなんの用事だったんですか?」


「あ、そうだ! 本題を忘れてました」


 僕は先ほど完成した【全状態異常回復オールキュアポーション】をライラさんに見えるよう、机の上に取り出す。


「こ、これは……!」


 ポーションが放つ異様な輝きに、ライラさんも釘付けだ!


 普通のポーションと違って、この万能のポーションは黄金色にきらめいている。


全状態異常回復オールキュアポーション、通称――万能オールポーションです」


「ヒナタくん……、とうとうとんでもない代物を完成させてしまいましたね……」


「や、やっぱり……まずいですかね」


「いえ、そういうことじゃないです。これはすごい発明ですよ?」


「ありがとうございます」


万能オールポーションの完成は、全冒険者の――いや、全人類の夢でしたからね」


 今までのポーションだと、毒や麻痺などの状態によって、ポーションを使い分けなければならなかった。


 それに、上位の魔物モンスターほど、複数の状態異常を重ねて使ってくるから、冒険者には死活問題なのだ。


「ですがこれは、あまりにも再現性にとぼしくて……」


「まあ、そうでしょうね……。こんなものが量産できてしまったら、それこそ天地がひっくり返るような大事件ですもんね」


「正直、売りものにするのは難しいかもしれません」


「そうですか……でも、ヒナタくんの発見は、無駄じゃないですよ!」


「まあ、一部の貴族やSランク冒険者に、高額で限定品として提供する、という形ならなんとかなりますもんね」


「そうじゃなくって……」


「?」


 どういうことなのだろう。


 せっかくのレアポーションなのだから、少ない数でも売り物にしたほうがいいと思うんだけどなぁ。


「このポーションは、まず、妹さんに使ってあげてください」


「え!? いいんですか!?」


 ライラさんからのまさかの提案に、僕は涙が出そうになる。


 なんて優しい人なのだろうか。


「そのために、作ったんですものね?」


「ま、まあそうですけど……! でも、これはギルドからの研究費で得たものですし……」


「そんなこと気にしないでください。私たちがヒナタくんからもらったもののほうが、何倍も大きいんですから……!」


「ライラさん……」


 万能ポーションが、妹の病気に効くかどうかはまだわからない。


 ヒナギクの病気は、状態異常なんかとはまるで無関係のものなのかもしれない。


 だけれど、確かに僕は、わずかな可能性でもあるのなら……!


 それからの僕はもう無我夢中だった。


 ライラさんにお礼を言い、必死で家まで走った。


 ――バン!


 勢いよく家の扉を開く。


「お兄様!? どうしたんですの? こんなはやくに、それにその手に持っているのはまさか……!」


 ヒナドリちゃんが目を丸くして、僕を出迎える。


「そうだよ」


 僕はアイコンタクトをヒナドリちゃんに送る。


 多くは語らない。


 ヒナドリちゃんは無言で唾を飲み込んだ。


 そのまま僕も無言で家の中へ進む。


「ヒナギク!」


 そしてヒナギクが寝ているベッドの元へ……。


「兄さん……?」


「ほら、薬だよ」


 僕は万能ポーションをヒナギクへ口移しで飲ませる。


 最近のヒナギクはますます弱ってきていて、自分でものを飲み込むことも難しい。


「ん……」


「ほら、飲むんだ」


 僕がヒナギクの唇に優しく触れると、ポーションは抵抗なく彼女の喉奥へ流れ込んだ。


 ――ゴキュゴキュゴキュ。


「兄さん……!」


 するとヒナギクの身体がほてりはじめ、金色に薄く光った!


 ポーションの成分が、身体から湧き出ているようだった。


「ヒナギク!」


 みるみるヒナギクの顔色がよくなっていく。


「兄さん、少し楽になったの……!」


「そうか、よかったよ!」


 どうやらポーションだけで完全に回復とはいかないまでも、少しの効き目はあったみたいだ。


 きっとヒナギクの病状は、いろんな要素の重ね合わせで起こっているのだろうね。


 その中でも状態異常の症状が消えただけでも、かなり楽になったのだろう。


 問題は、残った症状がどういったたぐいのものなのかってことだけど……。


 それはまたこれから研究を進めていくしかないね。


「すごく、痛みが減ったなの~!」


「本当によかった……!」


「ありがとうなの、兄さん」


「いつか必ず完全に回復させてみせるからね……!」


 僕はヒナギクをぎゅっと抱きしめた。





「ライラさん、本当にありがとうございました」


「妹さん、少しでもよくなってよかったですね」


「はい! おかげさまで」


 僕は翌日、ライラさんに改めてお礼を言いにいったよ。


 ヒナギクはあれから、自分でご飯を食べられるくらいまで回復した。


 まだまだ安静にすることが必要だけど、状況は上向いたと言えるね。


「それにしても、本当によかったんですか?」


「いいんですよ、ヒナタくんなら、もっとすごいポーションでもなんでも、すぐにもっと沢山作り出せるようになりますから!」


「そうだといいですけど……!」


 すごく期待をされているみたいだから、これからも頑張りたいね。


 結局、万能ポーションはそのあともたまにだけど、調合に成功したよ。


 限定のプレミアム商品ということで、かなりの利益になったみたいだ。

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