第10話 研究予算をもらった


 ギルドで仕事をしていたある日。


 倉庫から出ていくと、先日の商人さんがライラさんと話をしていた。


 僕のポーションを買ってくれた、あの商人さんだね。


 たしか……名前はゲリョンさんだったけ。


「やあヒナタくん。君の作ったあのポーション、非常に好評でね。他の店でもあれを仕入れたいとみんな言ってるんだ」


「ホントですか!? それはよかったです」


「でもうちに独占権があるから、しばらくはみんなからの羨望せんぼうの目を楽しめるよ。それもこれも、君のおかげだな」


「ははは、ありがとうございます」


「うちの系列の店におろすのは、構わないだろうか?」


「ええ、それはもちろん。存分に売りまくってくださいな」


「そうか、それはよかった。ではわしはこの辺で、失礼するよ」


「また何かありましたら、いつでもどうぞ」


 僕はライラさんと二人して、商人さんを見送る。


 商人さんが去ったあと、ライラさんが僕に向き直り、言った。


「やりましたねぇ! ヒナタくん。かなりの利益になってますよ!」


「ライラさんのお役に立てて、僕も嬉しいです」


「ヒナタくんのおかげで、うちのギルドにも、かなり余裕がでてきました。本当にありがとうございます」


「僕の方こそ、あの日、ライラさんに出会わなければ、どうなっていたか……。ライラさんは、僕の運命の人ですね……!」


「う、運命の人!? ですか!? そ、そうですね……。そうかもしれませんね……!」


「……?」


 なぜ、そこで顔を赤くするのだろう?


 ライラさんはたまによくわからない反応をする。


 まあそこもかわいらしいところだね。


 年上の女性、しかも上司に、かわいらしいなんてどうかとも思うけど。


 それでもホントにかわいいとしか言いようがないのも事実だ。


「うぉほん! そ、それで……がんばっているヒナタくんに、私からプレゼントがあります」


「プレゼント……ですか?」


「ギルドから、ポーション調合のための研究予算を出します。それでいろいろなポーションを作って、ためしてみてください。もちろん、出荷に影響のない範囲であれば、倉庫の素材は自由に使って構いません」


「研究予算ですか!? いいんですか!?」


世界樹ユグドラシルの倉庫には、たくさんの種類の素材がそろっている。


 あれだけあれば、なにかすごいポーションを作れるかもしれない。


 ポーションを探求したいという、かねてからの僕の夢が叶うわけだね!


「ええ、それに……妹さんのこともあるでしょう? ポーションを研究していれば、ちょっとでも妹さんの病気を治すことに、近づくのではないかと、そう思うんです」


「ライラさん……。僕のために、そこまで考えてくれたんですね……」


「ヒナタくんはもう、私にとって、特別な……大切な人ですからね。その大切な人の妹さんも、私にとって大切な人です」


「た、大切な人ですか……!」


 なんだか、僕の顔が赤く、熱くなるのを感じる。


 もちろん、深い意味はないんだろうけど……。


 だってライラさんはギルド長で、みんなのリーダーだからね。


 あくまでギルドの一員として、大切という意味だろう。


「あ、あの! 他意はないんですよ! ただ、大切、というだけです! ……って、私、何言ってるんでしょう。アハハハハハ……」


「で、ですよねー! やっぱり! 大丈夫ですよ! 変な誤解とか、ぜんぜん、してないですよ! ホントです。僕も、そのへんはちゃんとわきまえてますから!」


 なんだか、さっきから変な雰囲気になってしまう。


 どうしてだろう。


 ライラさんと会話すると、どうも最近調子がおかしい。


「そ、そうだ! 他にもプレゼントがあるんですよ!」


「え、まだあるんですか?」


「はい。今日は、これでお仕事終わりです。たまには早めに帰って、ゆっくり休んでください。それと、しばらく……そうですね……三日くらい、お休みして構いません」


「え、そんなに!? 大丈夫なんですか?」


「もちろん! ヒナタくんはいつもがんばりすぎなくらいですからね! それに、たまには妹さんと、ゆっくり過ごしてあげてください!」


「ライラさん……! 本当になにからなにまで……。ありがとうございます!」


「いえいえ、お礼を言うのはこちらですよ」


 本当にライラさんはいい人だ。


 上司一つでここまで変わるなんてなぁ。


 ライラさんの厚意に甘えて、僕はさっそく家へと帰った。


 久しぶりに家で妹たちとゆっくりしよう。


 それに、研究ができるようになったっていう、いい報告もできるしね!





「ただいまー」


「あれ? 今日はずいぶんと早いおかえりですのね、お兄様」


「あ、ヒナドリちゃん。ただいま」


「まさか……またクビになったんですの!?」


「ち、ちがうから! 安心して、休みをもらえただけだよ」


「そ、そう。それはよかったですね。ヒナギクも喜びますわ」


 危ない危ない。


 ヒナドリちゃんにいらない心配をかけてしまった。


 もっとしっかりしないとね。


「兄さん……? おかえり、なの」


「ああ、ヒナギク。ただいま」


 ヒナギクは、ふらふらした足取りで、僕に近づいてくる。


 そしてそのまま、僕に寄りかかる形で、倒れかかってきた。


 僕はあわてて受け止める。


「おっと……。ダメじゃないか、寝てないと」


「えへへ……。兄さんに抱っこしてもらいにきたのー」


「もう、ヒナギクは甘えんぼさんですの!」


「さ、いい子だからベッドに戻ろうね?」


「わかったなのー。兄さんが連れていくなのー」


「はいはい。わかったわかった」


 僕は抱っこしたヒナギクを、ベッドまで連れていく。


 持ち上げるとわかるけど、異常なほど軽い。


 それに、力なく寄りかかってくるようすは、見ていて痛々しい。


 力の入ってない人体を持ち上げるのは奇妙な感覚がする。


 まるで死体か人形でも持っているかのような……。


 そういったことの一つ一つが、彼女の病状の重さを、深刻に物語っている。


 一刻も早く、ヒナギクを病気から救ってやりたい!


 僕は彼女をベッドに寝かせながら、改めてそう、決意するのであった。


「いい子だね。さ、お茶を飲んだら、また寝るんだよ?」


「はいなのー」


 ヒナギクは素直ないい子だ。


 昔はもっとヤンチャなおてんば娘だったっけ。


 病気が、彼女のそういった部分を弱らしてしまったのかもしれない。


 僕は彼女のために煎じたお茶を、ゆっくり飲ませてやる。


 どれほど効果があるかわからないけど、何もしないよりましだ。


 こういった薬効のあるお茶、それからポーション、栄養のある食事。


 いろいろと試してはいるけど、どれも目に見えるような効果はない。


「さ、これで安心だ」


 僕は頭をなでてやる。


 すると安心したのか、すぐに小さな寝息が聞こえてきた。


「ふぅ……」


 僕はそのかわいい寝顔を前に、ひとりごつ。


「兄さんが……救ってみせるからな! 絶対に……!」





「ヒナギクは……寝ましたの?」


「うん、ぐっすりとね」


 僕とヒナドリちゃんは、食卓に向かい合って座り、スープを飲む。


 ヒナドリちゃんが作ってくれていた、栄養満点の野菜スープだ。


「そうだ……! 今日、研究予算が下りたんだ。これで、ヒナギクの薬を研究できるよ!」


「そう、それはよかったですわね」


「絶対に、僕が救ってみせるよ! ヒナドリちゃんにも苦労をかけるけど、もうちょっとだからね!」


「あまり無理はしないでくださいませ? お兄様……」


「うん、ほどほどにがんばるよ」


「もうお兄様は十分にがんばっていますわ……! 十分すぎるほど……」


 ヒナドリちゃんは、立ち上がり、僕の横に来て、頭をなでてくれた。


 スープで体が温まって、なんだか眠くなってきた。


「ベッドに……いかなくちゃ……」


 僕はそこで意識を失うようにして、机につっぷした。


「今は、ゆっくり、おやすみなさい。お兄様……」


 あいまいな意識の中で、ヒナドリちゃんが僕に毛布をかけてくれたような気がする。


 それ以降の記憶は……覚えてない。


 ただ、起きた時にもそばにヒナドリちゃんがいてくれて。


 それが妙にうれしかった。


 言い知れぬ安心感があった。


 なんだか、言わないでも、彼女はずっとそこにいてくれたような気がする。


 暖炉の前で裁縫さいほうの内職をしながら、僕にほほ笑みかけてくれていた。





 こうして、ヒナタの研究がスタートする。


 彼が歴史に残る大発見をすることを、この時点では、まだ誰も知らない……。

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