第8話 商人を説得しよう
「あれ、ライラさんはどうしたんですか?」
僕は朝、ライラさんの姿が見えないことに気がついた。
ポーションについて、話を進めるはずだったんだけど。
「ああ、ライラさんなら、応接室にいるよ」
「応接室?」
「ちょっとね……。商談のとちゅうさ」
ギルドの中でも顔見知りのお兄さんに声をかけた。
お兄さんはそのまま応接室に案内してくれたよ。
応接室の前の廊下にくると、中から声が聞こえてくる。
ライラさんの声と……初老の男性の声。
「これが、
「うーん……新しいギルドの、新しいブランドポーションなんて誰も買わないよ、信用ってものがあるからね」
「でもいいものなんです」
「まあ、それはそうなんだろうけどね……。それでもみんな、得意先ってものがあるから……付き合いってやつだよ。派閥や利権とかもあるしね」
どうやら商談はあまり上手くいってないみたいだね。
せっかく上手くいくと思ったんだけどなぁ。
しばらくの間、僕が黙って聞いていると……。
ライラさんが僕に手招きした。
「ヒナタくん、君もこっちへ来て座ってください。ヒナタくんの商品なのですから、ヒナタくんが説得したほうが、ご納得いただけるでしょう」
「は、はい!」
僕が商談に加わってもいいのかな?
僕はまだ入ったばかりの、ただのポーション師なのに。
そんな僕の不安を察したかのように、商人さんが口を開いた。
「一介のポーション師がなんのようだね? 大事な商談なんだが?」
むかっ。
直接そんな風に言われると、さすがにちょっと傷つく。
まあでも、ここでいいところを見せて、見返してやる!
「ポーション師のヒナタと申します。一介のポーション師にすぎませんが、そちらのポーションは私がデザインしたものですので、詳しくお話できると思いますよ?」
「ふん、一応の礼儀はなっているようだな……」
ていねいにあいさつしたところ、どうやら聞く耳を持ってくれたみたいだね。
僕にはちょっとした考えがあったから、それを提案してみることにした。
「こうするのはどうですか? こちらのポーションを買っていただければ、
僕は持っていた普通のポーションを、
「なに? そんなことが可能なのか? ワシをからかっているのではあるまいな?」
「可能です。こちらの従来品のポーションは、もともと捨てるはずのクズ素材から作ったものですので、実質ゼロ
「なんだって!? どうやってそんなことが……!」
「それは……僕のスキルに秘密があります。詳しくは企業秘密ですが……」
「ほう……どうやら君は、ただのそこら辺のポーション師とはわけが違うようだな……。さっきの発言は取り消さねばなるまいな?」
「いえいえ、僕は大したことはしていませんよ。ここのギルドの在庫が充実しているだけです」
商人さんの顔が、さっきとは違って穏やかなものになっていく。
あともう少しだ。
あと一押しで、商談を成立させることができるだろうね。
「それで……どうでしょう? とりあえず売れるかどうかだけでも、様子見をしてもらえませんかね」
「でもなぁ……。うちのギルド長は厳しい人だからなぁ。無名のポーションを仕入れて、売れなかったらなんて言うか……」
「でしたら、
「時限独占販売契約?」
「はい。最初の半年は、あなたのギルドに
「うーむ、たしかに。その条件なら、うちのギルド長も納得するかもしれないなぁ」
どうやら、この条件で決定しそうだね。
勝手にいろいろと決めてしまったけれど、大丈夫だったかな……?
僕はおそるおそる、ライラさんの顔をチラリと見る。
ライラさんはアイコンタクトで応える。
どうやら大丈夫そうだね。
「ようしわかった! 契約書にサインしよう。君はポーション師としの腕もさることながら、商売の才能もあるみたいだ」
「いえいえ、商人さんが話しやすい人だったからですよ」
「はっはっは。君は本当に口が達者だなぁ。どうだい? うちのギルドに来るってのは?」
「ははは……。遠慮しておきますよ。まだまだこのギルドで、やることがあるのでね」
「そうか。まあそうだろうね。ライラさんも君のような人を手放したくはないだろうし。まあもしも食うに困ったら、うちのギルドを思い出してくれればいい」
「そうします」
商人さんは、契約書をササっと書き、上機嫌で帰っていった。
ライラさんも笑顔で僕に向かってくる。
「いやぁヒナタくん。びっくりしましたよ。まさかヒナタくんに商才まであったなんて……!」
「いえいえ、前のギルドでも仕入れなどで、商人さんと話をすることはありましたから……。このくらい、大したことではないですよ」
「それでも、私にとっては頼もしいですよ。お恥ずかしながら、まだまだ商売のいろはというのがわかっていないもので……」
「そんなことはありませんよ。ライラさんは立派にギルド長としての役目を果たしていると思いますよ」
僕は、思わずライラさんの頭を撫でていた。
光沢のあるキレイな茶髪が、犬の毛並みのようで、かわいらしい。
「……!? ひ、ヒナタくん!?」
ライラさんは、顔を真っ赤にして飛び上がる。
そんなところもギャップがあってかわいらしいね。
「あ、す……すみません、つい。妹にいつもやっているので、クセが出てしまいました。ギルド長に対して、失礼でしたよね……」
「い、いや! そんなことはないんですよ! ちょっとびっくりしただけです」
「そ、そうですか……?」
「そ、その……嬉しかった……です……よ?」
「へ?」
「な、なんでもないです!」
どうやら、頭を撫でるのは特に問題ないみたいだね。
今後も積極的に撫でていこう。
でも……どうしてそんなに喜ぶんだろう?
妹は僕のことが大好きだから、撫でられて喜ぶ、というのはわかる。
でも、ライラさんが僕なんかを好きなわけがないし……。
まあいいか。
ライラさんくらいの人になると、普段撫でられるようなことなんてないのだろうな。
だからまぁ、久しぶりに撫でられて、嬉しかったのかもなぁ。
とりあえず僕は、そう結論付けた。
「それにしても……いろいろと条件を勝手に決めてしまって、申し訳ありませんでした」
「いや、それについては問題ないですよ。もともと、ヒナタくんによってもたらされた利益ですしね」
「そうですか? ならよかったです」
「とにかく、商品を売って、信用を得ていかないと、始まらないですからね。新規のギルドは、顔を売ってなんぼです」
ライラさんも、いろいろ考えているんだなぁ。
やっぱり、ギルド長という仕事は大変だ。
前のギルド長は、まあ……いろいろと問題のある人だったけど……。
いや、それはもう忘れよう。
今はライラさんがいるんだ。
僕がいなくなった医術ギルドが、どうなっているのかは、まあ気になるところだけど。
「あ、そうだ! いいことを思いつきましたよ!」
「どうしたんですか?」
「
「アルコール入りバージョンですか……。それはいかにも、みなさん喜びそうですねぇ」
「でしょう? 2バージョンあれな、いろんな層に、アピールできます!」
「ですね! さすがヒナタくん。いいアイデアを思いつきますね!」
◆
アルコール入りポーションというこの思いつきが、のちに莫大な利益をもたらすのだった……。
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