第10話 妖精ヴァロア


目の前に在る現実に、鼓動が跳ねる。


お父様は、一月、食事も取らなかった。


あぁ、信じられない。

もしやと思いながら、白骨に歩み寄る。

その髑髏の、白い骨に、擦れた跡があった。それは、まるで、歯を立て身を剥いだような……


うっ 気分が悪くなり、吐き気を催す。

けれど、胃からは何も出てこなかった。

夜の食花が出来なかったし、今までどんなに吐きそうでも当たり前だけれど、吐けた試しがない。


そんな明後日の方向の考えに、落ち着いて、現実が炎に照らされて浮かび上がる。

だけど、それも直視したくなくて「お腹空いたなぁ」と、呟いた。


すると、宙に金色の花が現れて、私の手に収まる。

本当に、少しでも思うだけで簡単に現れる花。


何故殿下にも、色違いの花が現れるのか?

だけど、目にした花と、それを食した殿下を見るに、殿下の食事の謎は、私と同じなのだと推測できた。


そして、花に願って、一気に成長した殿下。

想像したよりも、美丈夫であったが、恐ろしさの方が勝った。


女としての恐怖に再び体が震え、自身を抱え、その場にしゃがみ込む。


結局は堂々巡りの考えに至るのだが、殿下は……もしかして……


手に持ったままの金色の花をクルクルと指で回す。

ふと、赤子のミイラを見上げる。


私は生まれた。

もしかして、双子だったのだろうか?

だから、難産で、片割れはそのまま亡くなったのか……

切なくなり、立ち上がり、手に持つ金色の花を、そっと、赤子のミイラに重ね置く。


ミイラに触れた途端、金色の花が一層煌めきを増し、消えるのではなく、ミイラに吸収されて行く。


双子だと言う証なのか、金色の花は受け入れたのだ。


それは救いだった。

ミイラに指先で触れる。

一緒に育ったなら、どんなに楽しかったろう?


触れた途端、あの、殿下から逃げた時の金色の光がミイラを包んだ。

そして、宙に浮かび上がり、え? ええ??


ふっくらとした肉付きの光り輝く小さな生き物が伸びをした。

その背中には、六本のはねが忙しなく動いていた。


大きく欠伸をして、私と目が合う。


「……貴女は、ヴァロア?」


問われ、頷く。


「やっと会えたぁ!!」


小さな生き物が私に飛び付いて来た。


そして、ミイラの在った場所には何も無くなっていた。


「ごめんねぇ、まさかこんなことになるなんて思ってもなかったの」


静かな羽ばたきは、金粉を振り落としながら宙を移動する。


「あなたは?」


「私もヴァロアよ!のヴァロア!」


「え? 精霊を口説き落としたヴァロア?!」


その言葉に、妖精ヴァロアは顔を顰める。


「違うわ。やっぱり美化して伝えるもんじゃないわね。私は攫われて、あちらが必死になって口説いて来たのよ」


え。嘘でしょ?

ぽかーん。と、口を開けてた私に、妖精ヴァロアは語って聞かせる。




「昔々、それはそれは、優しくて誰よりも美しい少女がいたの。

ある目的を持った精霊がその娘を攫ったのね。


精霊の森で、長い間監禁されたの。

何の加護も拒否した娘は、普通に歳を重ねたわ。

それで、もう完全に老婆になった時に、ざまぁみろ。って、死んだ。って、思ったのよ……普通はそうじゃない?

目が覚めたら、若返ってたのね。

信じられないわよね!」


クルクルと宙を飛びながら、本当に腹立たしい! と、叫ぶ。


「そしてさ、自分を受け入れないなら、何度でも、生と死を繰り返させる。と、脅して来たのよ!信じられないわよね!

それで、仕方なしに嫁入りしたの。それが真実よ!」



そんな話、お祖母様が聞いたら卒倒するわよ。いいえ、あの世まで聞こえているかも。もう倒れてるわねぇ。


「それでね、それでね、が、やっちゃったのよ。」


私の手の平にふわりと降りてきて、頭を下げる。


「本当に考え無しで困るのよ! 今も困ってるの。だから、助けるから、助けて欲しいの!」


助けるから、助けて欲しい。

それは?


「ヴァロアは竜の王子に困ってるんでしょ?それに、彼が誰だか解っている筈よね?」


空色の瞳が私を真っ直ぐに見る。

これは、もう、誤魔化しても、見抜かれてそう。


「お父様」


言ってしまった。


「そう。エドガーよ。ヴィクトルは生まれ変わるからって、出逢う為に転生したの」


ベットに横たわる骨。

ヴィクトル、お母様の亡骸。


「しかも、転生先を指名してきた。何故王子なのか解る?」


首を横に振ると、


「権力と自身に力があるから。ヴィクトルを見つけた時、望む望まない関係なく、奪ってでも自分のものにする為に……ドン引きよね」


飾らない言葉で批難する。


「ほんと、精霊の血がそうさせたのだろうけどね。で、実は転生先は選べるようで、選べないの」


妖精ヴァロアは必死で話す。


「自分と同じ血の流れでないとダメなのよ」


ん? と、首を傾げる。

だって、王家だよ?


「疑問に思うわよね。実はね、お祖父様の方に混じってたのよ、王家の血が。でもね、そんなんで転生しちゃったから、あの人、濃いのよ。魂が精霊と竜でミックスされちゃったし、だから、ほら、さっき、花に願って成長しちゃったでしょう?? あれ、かなり不味いの」


小さい妖精ヴァロアは、あせあせと慌てふためきながら訴える。


「だから、先祖返りも先祖返りしすぎちゃうかもなの」


要するに、


「竜になってしまう。とか?」


そう! と、よく解りました。て、拍手を送られた。


て、ええええええ!

どうするの???

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