第9話 赤い“祝福の花”



アウローレンス殿下が私を見下ろす。

幼い腕に、なんと言う力が隠されていたのか。


あぁ、そうだ。


王族は竜の血族だと言われていた。

私と同じで外見に何か特徴がある訳では無いし、姫様たちもふわふわと可愛らしくて竜の血族だと言われても、そうなんだと、流していた。

だけど、殿下は、私を見下ろす双眼は、王族の特徴であるオッドアイだ。

右が黄金左が赤の……髪は私よりも随分と濃い黄金色で、顔の作りはお世辞ではなく、美しい。

きっと、成人する頃には、それは素敵な身姿になっているだろう。


だけど、受け入れられる筈がない。

まだ今は10歳だ。


竜の濃い血が現れた者は残虐性を持っていると聞いた。

確かアンスが言っていた。と、思う。その程度の関心しかなかったし、入城一年目の私ではそれを正しく理解出来てなかったのだ。


小さな生き物の殺生

侍女への折檻


それら逸話は、竜の血故に起こす事柄だったのか。


もしかしたら、コントロール出来なくて起こした事柄で、それに悩んでいたとしたら?

私に甘えたいだけなのでは??


思考は私の良いように流れていくのに、現実は違っていた。


殿下は、右手で私を押さえたまま、左手で金色の花を持ち上げた。

案の定、花は欠片も残さず消えた。


何を思っているのか、殿下は身を起こし、宙を見つめる。


「祝福の花よ」


聴きなれない音がして、殿下の手に収まったは、金色の花と見るからに同じ形の赤い花。

信じられない。

“祝福の花”と殿下は言った。

リロイ家の秘密を何故??


「私の“祝福の花”は美しいだろう?」


オッドアイの瞳が楽しげに細められる。


「さあ、ヴィクトル。期待していろよ?……“私の全盛期の年齢まで成長を希う”」


花を口に入れ、食んだ。


天井を見上げた殿下の全身が震え、グンッ と、肩が盛り上がる。

全身の肉が大きく小さく波打って、見る間に大きく、大人の姿に変わった。

衣服など跡形もなく裂け、美しい肢体が顕になっていた。


息を荒らげた殿下と目線が重なる。


「私の愛しい人……貴女は私のものだ」


蕩けるような黄金と赤の瞳が私を見ている。

右手の平の傷口に、包帯越しに口付けられ「ヴィクトル」と、母の名を呼ぶ。


そのまま手を殿下の頬に移動させられ、その整った顔が間近に寄って来た。

「思い出せ」その声色は、先程とは全く違う、変声した大人の声で、耳元に口を寄せ、


「エドガーの書斎、机の後ろの壁、隠し扉、そこを見てみろ」


その濃厚な声色に、ゾクリ と背筋に衝撃が走り抜け、そのまま生暖かいものが、耳朶を撫でる。舌、舌だっ!

そして、そして、グッ と、下半身の昂りを私の腹に押し付けてきた!!


頭が真っ白になる。

もう彼は10歳の子どもではない。


私には経験はないが、それが何を意味するかは知っていた。


助けて!


純粋に、女としての恐怖が体を、頭を支配する。


助けて!


彼には力で敵わない。


強い恐怖で悲鳴を上げた。

次の瞬間、私の体が金色の光に包まれた。


それにたじろいだ殿下の力が緩んだ。瞬時に彼の下から這い出すと、椅子に掛けてあったワンピース型の寝間着を引っ掴んで外に飛び出す。

走りながら頭から服を被り、止まることなく走り続ける。


門番は驚いていたが、私の顔を覚えていたので、咄嗟の言い訳をして門を通してもらった。


それからも、走り続けて、気付けば、実家の門の前に居た。


はぁ、はぁ、はぁ……。


荒い息を整えて、門に手を這わせる。

もちろん、鍵は持って出られなかったが、木材で出来た門にはカラクリが施されていて、その場所を見つけて指で押すと、カチリ と、施錠が開き、中へと入る。


カラクリ は、父の得意とすることで、こう言った仕掛けを至る所に施していた。


そう、殿下は言ったのだ。


エドガーの書斎

机の後ろの壁

隠し扉


そこを見ろ。と、


疑問よりも、不思議に思う。

何故そんなことを殿下が知っているのか。


エドガーとヴィクトル。


彼は私を執拗に“ヴィクトル”と呼んだ。


生まれ変わっても一緒に居たい。なんて物語の中での話だ。

そんなこと現実では有り得ない。


考えてる内に、いつの間にか父の書斎の扉の前に辿り着いていた。


死んでから一度も開けたことの無い扉。そっと手をかけると、難なく扉は開いた。

真っ暗な室内。扉の横のカラクリ紐を引っ張ると、それに繋がる壁に掛けてあるランプに火が灯る。


炎の揺らぎに室内が照らされて、積もり積もったホコリがその長い年月を知らしめていた。


殿下の言葉に従って、机に行き、その後ろの壁に手を当てる。手を這わせて、壁紙の下に凹んだ箇所を見つけて、一瞬考えた後、ゆっくりと指で押した。


ギギ……ギ


木戸は、軋んだ音を立てながら開いた。

現れたのは小さな部屋。

開いた木戸の横に、ランプのカラクリ紐が垂れていたので引っ張る。と、壁にセットされたランプの炎が点いた。


足を踏み入れて、シンプルなベットを目認する。

慎重に近付いて、そこに在る存在に気付いて……息が止まる。


今は亡きお祖母様は、なんと言っていた?

お父様はお母様の遺体を持って部屋に篭った。と、……では、お母様の遺体はその後どうなった??


それは、何も聞いてはいない。


ベットの上に横になっていたのは、私と同じ髪を持った髑髏しゃれこうべ

そして、その横に寝かされていたのは、干からびた赤子のミイラ。



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