第8話 白い夢



「私が怪我をさせたのだから、その責任をとって、金色の乙女を婚約者にしたい」


それは当たり前の権利だ。


高い場所の煌びやかな椅子に座る両親。

その下で頭を下げ、許しを乞う。


このユーラシフラン王国の国王陛下と、王妃様。


私がこの二人を選んだのは、その特殊な血による。


リロイ家は隠された精霊の血族。

ユーラシフラン王家は誰もが知っているドラゴンの血族。


その特異性により、近親婚を繰り返している一族だ。

現夫妻も祖父が同じ双子姉妹の従兄妹同士だ。


竜の血が色濃く出た者は、残虐性が強く出る。

私はまた魂の関係もあるのだが……


傅き、こうべを下げたまま、様子を見る。


私と同じ黄金の髪に、長い白ひげを蓄えた父王は、ふむ と、黄金と赤のオッドアイを細め、冷たい視線で私を睨め付ける。


「その女性騎士はかなり歳上と訊いたが」


「彼女がいいのです」


「……貴族でもないと訊いたぞ」


「元男爵です」


「そうか。ならば、再び与えねばならぬな」


「ありがたき幸せ」


そう。反対される筈がないのだ。

どんな身分の者でも、私と言う厄介払い(殺せない)が出来るならば。


「そうだ。子どもは作ってはならぬぞ。お前の血は残してはならぬ」


冷たく言い放つ。


「解っております。その処置は既にされてあります故に」


願ってもないことだ。



「はっ! 本当に、とうなのが信じられぬよ」


もうよい。と、退室を許された。





外に出ると、空はもう黒に染まっていた。


闇夜は好きだ。

自分の存在が溶けて見えなくなる感じがして。


突如“祝福の花”の気配を感じて、その方向を視る。

城の端にある建物から仄かに香る甘い匂い。

なるほど、ヴィクトルはあの建物で生活しているのか。

好奇心から足を進める。


走って飛んで、ゆっくりと闇に溶けて、匂いのする二階の窓辺からそっと室内を覗く。


蝋燭の淡い焔に照らされて、ヴィクトルの白い肌が艶めかしく視界に入る。


喉が鳴る。

喉が渇く……。

甘い花の香りと、ヴィクトル自身の甘やかな血の匂いが鼻腔を刺激する。

目眩がして、ゆっくりと手を伸ばすと、壁の暗闇から室内の暗がりへと移動していた。


すぐに、ヴィクトルは私に気付いた。


「殿下」と、呼ぶ。出来るならば、エドガーと呼んで欲しい。


「ふふ。まるで私を待っていたような姿だな」

揶揄からかうつもりで言ったが、まるで意識されたように脱ぎ捨ててあった服を身に寄せて肌を隠した。その姿に感情のたがが外れた。


気付けばベットの上にヴィクトルを組み伏せていた。


力は誰よりも強い自信があった。だが、ヴィクトルの手首を握る自身の手が思いの外小さいのが気に入らない。

覆いかぶさっても、ヴィクトルよりも身長が低い。


そうか。私の体は子どもなのだ。

ヴィクトルよりも遥かに……。


気に入らない。

私は待っていたのだ。

ずっと、ずっと。

再会しても、この腕に抱けぬのは苦痛でしかない。


ふと、目に入って来たのは金色の花。

ヴィクトルの淡い金髪に絡まるようにしてそれは転がっていた。


そして、思い出した。

“祝福の花”は、願いを叶える花。

生涯一度だけと言われていたリロイ家の秘宝。それは個人限定ではあったが、これは、ヴィクトルの花か。


押さえつけたままに、片手で花を掴む。と、瞬時に白くなり、その存在が霧散した。


なるほど、他者は認めぬと言う話は本当だったらしい。


ヴィクトルを見ると、花に対しての驚きは無さそうだ。それよりも、私を警戒してその目を離さない。

ゾクゾクと、背中に衝撃が走る。


それならば、これはどうだ?


「祝福の花よ」

 

言って宙を見つめる。

ファンッ。と、目前に現れた真っ赤な花。

転生してからも“祝福の花”は色を変えて着いて来た。

私の、唯一の食料だ。


ヴィクトルが明らかに驚愕し、息を飲む。


「私の“祝福の花”は美しいだろう?」


まるで血の色。

真っ赤な美しい花。

願えばまた、叶えてくれるのではないか?

その期待から体が震えた。


「さあ、ヴィクトル。期待していろよ? ……“私の全盛期の年齢まで成長を希う”」


願い、花を食む。


口内から突き抜ける甘い、甘い味と匂い。


ヴィクトルに馬乗りのまま、恍惚と天井の暗闇を仰ぎ見る。

ブルブルと手先から震えが体全身に浸透する。


体の細かい部分から全てが活性化し、グンッ と肉が膨らむ。それは苦痛を伴ったが、その苦痛が……良い。


息が上がる。

汗が吹き出る。

軋む骨、伸びる肉。

布の裂ける音が、静かな室内を侵す。


足の下に押さえたままのヴィクトルを見下ろすと、恐怖に見開いた金の瞳としっかりと見つめ合う。


「私の愛しい人」


愛を囁く。

さあこれで、年齢的な問題は解決された。


「貴女は私のものだ」


私の痕をつけた右手をとって、その手の平に口付ける。

甘やかな血の匂いが私を刺激する。


「ヴィクトル」


右手をそのまま私の頬に添わせ、顔を見る。


「思い出せ」


ヴィクトル。私の最愛の人。

あぁ、そうか。を見せれば思い出すだろう。

耳元に顔を寄せ囁く。


「エドガーの書斎、机の後ろの壁、隠し扉、そこを見てみろ」


さぁ、思い出せ。

だが、私が離した後でだ。


厄介なことに“竜の血”が騒ぎだす。


形のいい耳朶に舌を這わせ、私のをそのまま押し当て知らしめる。


あぁ、優しい甘やかな匂いにクラクラする。


夢にまで見た、どこまでも清らかで白い貴女との再会に、感謝と、そして、エドガーを裏切った報復を……。


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