第7話 黒い夢
包帯の巻かれた右手を撫でる。
幸いにも傷が閉じれば剣は再び握れると言う。
あの後、本当に大変だった。
第三王子アウローレンス殿下。その存在は危ういと噂では聞いていた。
色んな逸話がある。
その逸話の一つによもや自身のことが加わるとは思わなかった。
殿下は何れかの公爵家に婿入りすることは誰もが知る事実で、三番目の王子とはそう言う立ち位置である上に、問題ばかりを起こす第三王子は
まだ公にされてはいないが、それ故に早めに臣下されることと決定していた。
そんな時に、責任をとって私を娶る。など、勘弁して欲しい。
だが、何よりも問題は、ヴィクトル と、母の名を呼んだこと。
アウローレンス様は、齢10歳。
平民落ちした小さなリロイ家のことを知り得る立場でもない。
私が“ヴィクトル”等と……確かに顔は似ているとお祖母様は仰ってはいたけれど……
私は、騎士になる。と、宣言した日から努力した。士官学校へ入学を果たし、現在は見習い騎士として入城していた。
女性騎士数名で、順繰りと姫様たちの護衛を務めていた。
第三王女ユーナセリア様。可憐で可愛らしい、まだ4歳の姫様は大丈夫だっただろうか?
あの場はまるで地獄絵図のようであった。
悲鳴を聞いた騎士たちが集まって来た時、
真っ赤な血に染った手、口元が血に濡れたアウローレンス殿下。意識の無いユーナセリア様……。
どう説明すればいいのか分からず、集まった騎士たちも困惑していた。
結局何も言えず、黙したまま、そこでまたアウローレンス殿下が宣言したのだ。
私が怪我をさせたので、責任をとってこの女性騎士を婚約者とする。
と、またそこから大騒ぎになり、殿下と姫様はその場から連れ出された。
私はそのまま治療に連れ出され、その後の話しはまだ聞いてはいない。
治療をして下さった医師のなんとも言えない表情に、未だにどうしたらいいのか分からない。
何故なら、血を拭った後、その傷痕がはっきりと歯型と解る形をしていたのだ。加えて殿下の口元には血が着いていたのだから誰でも想像出来るだろう。何せ自ら怪我をさせたと公言さえしてしまっている。
もう、溜め息しか出ない。
コホン と、咳払いをされ、何処にいるのか思い出す。
「ヴァロア。このままでは殿下を押し付けられるぞ」
士官学校の二年先輩で上司でもある、アンス=バルトが、事実になりそうな恐ろしいことを言葉にした。
「辞めてくれ。ただでさえ
そこじゃないだろう。と、苦笑するアンスは、姿勢を正して真面目な顔になる。
「第三王子は何かと問題だらけだ。その多くの逸話はほぼ全てが真実だと言っていい程にな。まだ10歳なのに、だ」
小さな生き物の殺生。
侍女への折檻。
殿下はこれらを隠すことなく行って来た。だから城の者なら誰もが知ってしまった事実だ。
もちろん、箝口令が敷かれているので誰も漏らすことは無い。
その中に、気に入った女性騎士に噛み付いて求婚した。なんて加わるのだろうか?
10歳にして、女狂い。等とか……。
頭を抱えて俯く。
ふと思い出した。その逸話の一つに謎とされていることがある。殿下の食事だ。
御家族誰とも食卓を共にしない、それこそ食事をしている所さえ見たことがない。用意していても全く手付かずだ、と。
包帯の巻かれた手を見て、嫌な予感しかしない。
……噛み付いて血を舐めとって……それこそ、人を食べている……なんて噂されそうだ。
まぁ、食事については私も同じだな。独りごちると、椅子から立ち上がる。
「さて、と。今日はもう騎士寮へ帰っていいのだったな?」
再度確認すると、アンスは頷いた。
「まあ、どうなるかなんてまだ分からんからな。殿下も本気かどうか……いや、噛み付いてマーキングしたと考えれば……」
「本当に、不吉なことは言わないでくれ」
一瞥くれてやり、踵を返す。
「まあ、がんばれ」
その言葉にヒラヒラと後ろ手を振り答えると、それでもくるりと扉を背にし、失礼しますときっちりと敬礼する。
一応アンスは上司なのだから。と。
騎士寮は、当然ながら男女に別れている。
男性は二人もしくは四人部屋、女性は数が少ないので小さな部屋ながらも各自一人部屋が用意されていた。
沐浴は出来そうもないので、タオルを濡らすと、片手で軽くしぼり、下着になって体を拭き上げる。
心持ちさっぱりとしたので、食事をすることにした。
一人なのだからと、胸は丸出しで下履の下着姿のまま、手を空中に差し出すと“金色の花”が現れた。
瞬間、ゾクリとして、目の前の暗がりに目をやる。
そこには、小さな人影。蝋燭の灯火に揺れる姿がゆっくりと視界に映る。まるで金色の花と一緒に現れたみたいな錯覚を起こす。
そこに佇むは「殿下」第三王子アウローレンス殿下であった。
「ふふ。まるで私を待っていたような姿だな」
殿下の言葉に今の自分の姿を思い出し、手近にあった服を抱き寄せた。
妖しく目を細める殿下の表情を見て鳥肌が立つ。殿下の視線は子どものそれではないと気付いたから。
知らず喉をならしていた。
瞬きをし、気付いたら、覆い被さるように殿下の体が私を押し倒していた。
ギリリと手首を掴む手の握力に抗えずゾッとする。
まるで、黒い夢……嫌な、夢のようで現実味がなかった。
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