第6話 見つけられ見つけられる




生まれる感情も、何もかもが全て引き摺って来た前世まえのもの。


生まれた瞬間から記憶に在る存在。

愛する女性はあの人だけ。






自身の黄金の髪を撫で付ける。

私の愛しい女性の髪は淡い金色で陽の光の下では光に溶け込んだみたいに美しく輝く。

私の愛しい女性は……こんなにやかましく喋らない。


「どうなさったの? アウローレンス様」


目の前に座する令嬢は、私の婚約者候補だ。名は何と言ったか……

あの人以外の女性など、興味もない。

それでも、毎週末、決まった日に令嬢たちとお茶をする。


第三王子である私は、何れは王家から離れる。その候補は何人も居た。


けれども、本当に興味はないのだ。愛を伴わない婚姻は、王族貴族、当たり前のことなのだろうが、私は目的を持ってこの立場に生まれたのだから。


「少し疲れた」


そう呟くと、失礼する。とその場を離れた。


長く暗い回廊を進むと、続く光の当たる庭園へと歩みを進める。


本当に、疲れているのだ。


前世の記憶が鮮明すぎて、たまに息苦しくなる。

まだ夕刻の少し前の時間、園庭に足を踏み入れ、八本柱のガゼボを目指して足先を向けて、息を飲む。


そこには、金色に輝く女性が居た。咲き誇る花達に負けない美しさに時が留まる。


「お兄ちゃま!」


第三王女である妹のユーナセリアが駆けて来る。と、蹴つまづいて顔から地面に倒れそうになる。それをしっかりと後ろから抱き留めた金色の髪を持つ女性が顔を上げた。


瞬間、息をするのを忘れた。


あんなにも会いたかった女性と瓜二つの顔の作りと髪の色。

柔らかそうな真っ直ぐな金色の髪を後ろで一括り、前髪は真っ直ぐに切りそろえられている。

腰には短剣をさし、騎士の制服がその美しさを彩っていた。


「……名は?」


絞り出すように吐き出した問いに、彼女は答える。


「ヴァロア=リロイ。本日は姫様の護衛を任されています」


正しく敬礼する彼女は、そう、確かに彼女に似ていて当たり前だ。

息を吐き出す。


愛しい女性が死んだ理由。

その根源。


だが、だが。余りにも、似すぎている。


「ヴィクトル……」


思わず口から溢れ出た名は、ヴァロアにも届いたようで、金色に縁取られた睫毛を震わせ、父親に似た金の瞳を見開いた。


「はっ はは……」


笑うしかない。

私は私の為に“”をしたのだ。

私の全てを壊した罪を償えと。


否、そうか、そうなのだ。

その姿を凝視する。

私の愛する女性そのもの。


もうすでに、叶えていたのか。


「感謝する」


心から、幸福に胸が高鳴る。

見つけた。

見つけたのだ。

の傍に寄る。


「殿下……」


金色の乙女の私を見る目には、恐怖が垣間見える。


彼女の何もかもが、ただ愛おしくて。


その右手を取り、手袋をむしり取る。

小さな傷が、手の平に甲に薄ら痕を残している。


騎士の手だ。

両手でその手を包み、親指でその傷を擦る。

の手は、柔らかく美しかった。


強く握る。


「許せるものでは……ないな」


微かに震えるその手に唇を寄せ、その肉厚のふっくらとした箇所に歯を立てる。

手加減なく。

ぷつ っと、固くなった皮膚を破って歯は肉に沈んだ。


口内に広がる鉄の味。

それは新鮮で、甘やかな味。


か細い悲鳴が上がる。

その存在を忘れていたユーナセリアが叫んでいた。

けれど、流石は騎士殿。眉根を寄せて、苦痛に歪めた表情をしているが、声は上げなかった。


「ふふふ。女性の柔肌に傷を付けてしまったね。責任をとって貴女を娶ろう」


私の歯が貫通した箇所は、思いの外深かったようで、彼女の手の平が赤く染って行く。

あぁ……勿体ない。


その手の傷に唇を寄せ、甘い雫を舐めとる。

目線は金色の乙女から離さず。


ひっ。と、声を上げたユーナセリアがその場で卒倒した。


「姫様――」


私から離れようとした金色の乙女の赤く染った手を握り込む。

んぅ。と、小さく唸った彼女の声は可愛らしく。その、苦痛に歪む顔は……だだ、美しかった。


「お前は、今日この時より、私のものだ」


そうだとも。

絶対に離しはしない。


「ヴィクトル」


を、今度ははっきりと口にした。


は、ヴィクトルだ」


手の平の滴りが一雫地面に落ちると、そこに生えていた白薔薇の花弁に掬われた。


それは見る内に深紅の薔薇へと変貌する。


それはまるで白い肌を染め上げた真っ赤な血のようで、


“前世”で一際鮮明に覚えてるヴィクトルの姿と重なる。








腐りかけたその異様に白い肌は私の歯を拒みはしなかった。

肉の削がれた白骨しらぼねも残らずむ。

愛しくて狂いそうだ。


否、もう狂っているんだ。


だって、ヴィクトルの居ない世界は色褪せて、味気ない。


そうか、世界が狂っているのだ。


愛した女性は、私だけを愛してくれた。


例えそれが私の子だとしても、何故、何故、私以外を愛して守ったのか……


あぁ、狂って行く。


あれは、私の“願い”ではない。

私の願いは叶わなかった。

叶えるのではなかったのか?!


金色の花は祝福の花。


何故だ

何故。


何故っ!?


発狂する私の前に、もう現れるはずのない“祝福の花”が突如現れた。


だから、私は、

願ったのだ。


ヴィクトルを返してくれ。と。










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