第5話 願い叶うは願う者の願う強さによる

お祖母様に秘密を打ち明けていくばくか心が軽くなる。現金なもので、安心と同時に空腹を覚えて苦笑する。

そうですね。頂きましょう。と、お祖母様も食事を再開する。

私は私で空を見上げると、ふわりと金色の花が落ちて来て、それをゆっくりと食んで味わい飲み下す。

ほんの少しの時間で済んでしまうので一緒に食事をする者には申し訳ない程だ。


お祖母様は終始不思議がっていた。


「私も食べてみればよかったわ。

だけど、他のものが食べれないのも不便だわね」


本当にそうなのだ。

公式の場で食事を取ることはないとは言え、これから成長するにつれ、それがまかり通るとも限らない。


「貴女がお嫁に行く時、それが一番気がかりね」

「私にはその予定はありません」


それはとうに決めていたこと。


「それは分からないわよ?」

「私は騎士になろうと思っているのです」


女性騎士。

今現在も、数は少なくとも女性騎士は存在する。


「それは立派ですね。それでもお嫁に行くかもしれません」


それは断固として譲れないような力強さで断言される。

恋を知ってなんぼです。と、力説された。


「私たちは祖の女性から、恋には一途。そして盲目でもあるの。恋はしない。なんて公言していても、出逢ってしまったら最後。諦めないのよ。……息子のようにね」


お父様の話をするお祖母様はいつも悲しそうで、同じように悲しめない私は少しの罪悪感を覚える。


「“祝福の花”は願いを叶えてくれる。それは理解できましたか? そして願いをきいてくれる精霊は、人とは考え方が違うと覚えておいてね。それを前提として、心して聞いて」


前置きされて頷く。


「貴女の誕生と、息子、貴女のお父様の最期についてです」


何れは伝えなければと考えていたの。と寂しく微笑んだお祖母様は語り出す。


お父様とお母様は、やはり一目惚れ同士で、出逢ってすぐに結婚を意識する。

本当に、運命と言う言葉がこんなにしっくりとくる関係はないと思える程、二人は幸せそうで、楽しそうで、輝いていた。


質素ではあったが愛溢れる結婚式も誰もが羨み、祝福された。


そして、子どもを授かる。

お母様、ヴィクトルは、それはそれは幸せそうで、隣でお父様、エドガーも微笑んでいた。


けれども、産気づいても、なかなか生まれない。それが三日と続いた時、もうどちらも命が危ないと産婆が言った。


それでエドガーはヴィクトルを助けて欲しいと懇願した。

ヴィクトルはそれを良しとしなかった。子どもを優先して欲しいと彼女は言った。


出産とは、時に命懸けとなることがある。それがまさか息子たちに降りかかるとは思いもしなかった。


そこでエドガーが気付いた。

“祝福の花”願いをまだ使っていないことを、花を握りしめ、祈る。ヴィクトルは“祝福の花”の物語もちゃんと聞いていて、エドガーが何をしようとしているのか気付いた。


まだ、冷静でいる時なら良かったのにと、未だに思う。

けれども、エドガーは言葉にし、願ってしまったのだ。


を助けて欲しい。


と、



とは願わなかったのだ。


そうすると、ヴィクトルを助ける為、金色の花が一際輝き、彼女を取り巻く。

そこから、信じられないことがおこる。ヴィクトルがエドガーの“願い”を拒否し、に生まれてくる精霊の血族である赤子を助けて欲しい。と、叫んだ。


金色の花は祖の父である精霊からのギ フ

その血族以外の願いなど叶えるはずはない。けれども、ヴィクトルは言ったのだ。“精霊の血族”を助けて欲しい。と、どちらに比重を置くか、それは明らかで……


次の瞬間、ヴァロアが生まれ落ち、母体は絶命した。


それを目の前にしたエドガーは獣のように叫んだ。

涙し、暴れ、誰も近付けず、止められなかった。何日も何日もそれは続いて、静かになってからは、何も話さず、何も食さず。


そして、愛しい人を、ヴィクトルの亡骸を抱き上げ、自室に篭った。


食事をドアの外に置いておいたが、手をつけることもなく、それは、一月ひとつきを有した。


後を追ってしまうのではないか、心配で仕方なかった。


けれども、扉が開かれ、姿を現したエドガーの変わり果てた姿に息を飲む。


旦那様譲りの焦げ茶色の髪は白の斑になり、頬は痩け、落窪んだ金の瞳は、それでもギラギラと光を灯していた。何かを決意したように。


それからは、何事も無かったように、普通に毎日を過ごした。

食事をし、仕事をこなす。

ただ、抜け落ちた感情は戻らぬままに。

そして、五年後、自身の誕生日に、あの閉じこもっていた自室で自害しているのが見つかった。


幼かった貴女には、事実は伏せていた。と、涙を流しながら告白したお祖母様は、肩を震わせ嗚咽が止まらなくなった。

私はその肩を小さなかいなで抱き締めた。


この告白を聞いたのは、十歳の誕生日前日。

子どもなりに、その事実を受け留めた。そうせざるを得なかった。


お祖母様は、ひとしきり泣いた後、私は旦那様と幸せな人生だったの。と、ひとりごちた。




彼に愛され幸せな結婚をしたい。


お祖母様はそう願ったから。

単純だけれど、最も気持ちの篭った願いであったから。

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