第4話 どんな願いも願えば叶う
リロイ家は、それこそ、平民に近しい本当に、小さな男爵だった。管理する土地がある訳でもなく、少し大きい程度の屋敷を持つ、ただ騎士であるだけの家系。
精霊の祖先を持つお祖母様の家も、小さな商会。それが何故、精霊の祖先を持ち得たのか?
お祖母様の話は続く。
昔々、幼い娘は見目麗しい金色の髪を輝かせた男と出逢う。
幼い娘は何も考えることなく男に言ったのだ。
「貴方のお嫁さんになってあげる!」
本当に、ただそれだけ。
初めはその言葉も受け流し、無視をしていた男。
それにも挫けず、幼い娘は毎日毎日尋ねては口説く。
雨の日も風の日も雪の日も……。
それは何年も続いた。
そうしている内に、幼かった娘も、年頃の可愛らしい女性へと成長していた。
それでも男は何も応えない。
娘はそれでも挫けず、また何年も何年も、口説くのだ。
「貴方のお嫁さんになってあげる」
と、娘を心配する家族をも説き伏せて、自分は絶対にあの方のお嫁さんになるの。と、
娘には妹と弟が一人ずついた。
妹が嫁に行き、弟も嫁を貰った。
それでも日課のように娘は彼の人を口説きに行く。
何年も何年も……。
妹が娘と息子を産んだ。
弟は息子と娘が生まれた。
娘はそれでも毎日毎日彼の人に会いに行く。
それは楽しそうに、それは幸せそうに。
そして娘はもう娘ではなくなり、ある日、彼の人にこう言った。
「貴方のお嫁さんになりたかったけれど、どうやらもう無理みたいなの……けれども、やっぱり貴方のお嫁さんになりたいから、また生まれ変わったら会いに来るわ」
そうして微笑んだその笑顔はとても眩しく美しかった。
幼かった娘は、美しい女性となり、その美しさはやがては枯れて老女となった。
それでも曲げない想いの強さに、初めて男の心は動いた。
男の姿は出逢った頃と変わらぬ美しさで、娘は途中から男が人ではないと解ってもいた。
それでも好きになってしまったのだ。愛してしまったのだ。
その一途な想いが実を結ぶ。
山の麓、森の中頃に在る大きな樹の下に金色の男はいつも佇んでいた。
そこに通っていた娘は、見えないものを視る瞳を持っていた。
金色の男が娘の頬にそっと触れると、その体から ぶわり と、金色の花が溢れ出て、娘を覆って見えなくなった。
そして、ぽわぽわと、金色の花が娘に吸収されるように消えて行き、そこに現れたのは、老女ではなく、美しい女性であった。
娘が最も美しいと言われた歳の頃に、一瞬の内に時間を戻していた。
娘は驚いて、それでも喜んで彼の人の横に立つ。
それはそれは綺麗な笑顔で。
金色の男もその笑顔に応え、甘やかに微笑んだ。
そこで初めて男は娘に名は? と、問うた。
「ヴァロアよ」
そしてヴァロアは貴方の名は? と、問い返す。
金色の男はそれに応えたが、その名を理解出来たのはヴァロアだけ。
その日からヴァロアは金色の男の花嫁となり、それはそれは幸せに過ごした。
精霊と人との祖の、それは始まり。
ただ、一目惚れをした娘の、奇跡のような恋物語。
お祖母様は、満足気に溜め息を吐き、嬉しそうに微笑んだ。
私はその物語を聞いて、胸の奥が温かくなったのを感じた。
それは、ザワザワと、落ち着かない温かさで、大きく息を吸う。
「貴女の名は祖の始まりの方の名を頂いたのよ」
私が名付けたの。
と、嬉しそうに頬を染めた。
それは嬉しいと心底思うが、その言葉の裏に気付いてもしまった。
お父様は、私に名を付けることさえ拒否したのだろうと……。
金色の花は、子孫に贈る、全ての始まりの父の
それは長子に限るけれど、と締め括ったお祖母様が、首を傾げ、
「貴女の“祝福の花”は、自在に出るの?」
不思議そうに問う。
「お腹空いて望めば降って来ます」
「そう……。それを食すなんてことも初めてだから、いえ、教えなかったあの子が悪いのだけれどね。ヴァロアはその花しか食せないの?」
「はい。後は水だけ飲めます。口に入れた時点で直ぐに吐き戻してしまいます……まるで花以外は“毒”であるように、気持ちが悪くなってしまうのです」
「そうなの……それは何時から?」
訊かれて気付く。
「思えば、五歳の誕生日だったと記憶しています」
誕生日。母の命日であるその日は特別祝うことはしなかった。
理解出来るようになってから、毎年複雑な気持ちで過ごす誕生日。
そんな日に、“祝福の花”は、お腹を空かせた私の前に現れた。甘い匂いに誘われて、幼い私はそれを食した。
願いが叶うなど、知らなかったとは言え、私はこれしか食せないのだから……恐らくは生涯……願うことは叶わない。
お祖母様の話から推測するに、願いを叶えたら、その役目を果たしたとばかりに、金色の花は現れなくなる。私からすれば死活問題となり得るのだから。
否、もしかすると願いは叶い続けているのかもしれない。
空腹に、何か食べたい。と、あの時考えていた。かもしれない。はっきりとはしないけれど、そう考えると願いは叶ったと言えるのかもしれない。
全ては憶測でしかないけれど、お祖母様もそれには賛成で、そして、注意事項として、持ち主以外が触れたなら、たちまち枯れて無くなるのだと付け加えた。
それは口伝として伝わってもいたらしい。
けれども、私に関しては“食事”であるのだから例外と言えるのかもしれない。
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