第35話・異相の兵家
やがて合流の場所に着き、彼は久方ぶりにメリッサの顔を見る。
「うふふ、お久しゅうございますわ、主様」
彼女はいつものごとく貴族風のあいさつをする。
いつも見慣れていたあいさつを、久しぶりに見るだけで、彼の心は幾分落ち着いた。
「待ち遠しゅうございましたわ。大事な、かけがえのない殿方をお待ちして、その寂しさに心が千切れるかと思いました」
貴族になりきって、ベラベラしゃべる家来。
「そうか。俺も会いたかったぞ」
「まあ! 私とあなた様は心が通じ合っているのですね、絆を改めて知ることができて、本当にうれしゅうございます」
「で、そろそろ茶番をやめようか」
「承知いたしました」
メリッサは柔和で優雅な雰囲気を崩さず、そのままの空気でえりを正した。
「それで、こたびのご来訪、さしたる計画はないとうかがっておりますが」
「その通り。明言してはいなかったが、現場に行ってから考えるという趣旨の命令だった。王女殿下には困ったものだ」
「それはそれは」
「お前には迷惑をかけるが、よろしく頼む。殿下のご命令だからということで、大目に見てくれればありがたい」
「主様がいてくださるのは、私個人にとってはむしろ喜ばしいですが、とにかく承知しました。ともに務めを果たしましょう」
「ありがとう。この馬車に乗ればいいのかな」
「ええ。まずは私たちの拠点に向かいましょう」
二人は馬車に乗り込んだ。
話を聞く限り、あまり捗っていないようだ。
いわく。
それらしいジャスリー側の密使と思われる人物はすぐに発見するが、相手側の密使と合流すると撒かれる。
今までの合流地点から兵家の家の方角を予測して調査しようにも、待ち合わせ場所はいつも方向がバラバラであり、これを許さない状況である。
「面目ありません。なかなか進まず……」
メリッサが柄にもなく意気消沈しているので、オーリンはかぶりを振る。
「いや、糸口が見えた」
「主様……!」
「まず、方角が絞れない件は、おそらくだが待ち合わせ場所をあえてそのように約しているのだろう。一言でいえば追跡を撒くために。もしかしたら、交渉の場所も毎回違うところに設けているかもしれない」
彼は続ける。
「常に撒かれる件に関しては、獣道やら隠れ道などを使っているおそれがある。こちらもここ一帯の地理に詳しい者を金で雇おう。自分で雇うには予算が足りなかっただろう、あまり金を持たせなくてすまなかった。まさかこうなっているとは思わなくてな」
「主様、あなたが頭を下げられる理由はありません。全ては受命した私の責任です」
「まあまあ、主の詫びは素直に受け取ってほしい」
適当になだめる。
「とりあえず、猟師あたりを雇うか。いや、待ち合わせ場所の傾向にもよるか。その辺り、詳しく頼む」
「承知しました。これまでのものとしては……」
彼女は詳細を語った。
その後、またもや違う場所にジャスリーの密使が現れ、兵家の側と思われる使いとともに追跡を撒こうとした。
しかし。
「撒いたと思って油断しているな」
今度は追尾に成功した。
それだけでなく、深く追いかけ、兵家の庵と思われる建物を発見した。
「ここか。予想より捗ったな」
素直に喜ぶオーリンに対して。
「手立てさえ適切なら、こうもたやすく見つけられたのですね……私は不甲斐ないです」
メリッサは柄にもなく落ち込んでいた。
「まあ気にするな。淑女が悲しんでいる姿は絵にはなるが、俺はどちらかというと明るいメリ……淑女を見たい」
言うと、彼女は一瞬表情がこれ以上ないほど明るくなったが、すぐに気遣わしげに。
「主様、何か悪いものでも召し上がりましたか、本当に心配です」
「似合わなくて悪かったな」
彼は気を取り直して、庵を見る。
「さて、無礼にも約定のない突然の訪問をするか」
二人は周囲を警戒しながら庵へ向かった。
突然の訪問にもかかわらず、家宅の主は嫌な顔をせずに招き入れた。
「おう。入られい」
「失礼いたします」
オーリンが入った瞬間に目にした、家主の男の顔。左目に眼帯をしており、古傷だらけのそれは、確かに数々の修羅場を潜ったであろうことを想像させる。
そして、どこかで彼を見た気がした。
……いや、そのような言葉では生ぬるい。家主に一瞬浮かんだ険しい表情、戦塵の中で見かけた記憶のある鋭い眼光、不吉な空気をまとった立ち居振る舞い。
その全てが、オーリンに「早く思い出せ」と絶叫する。「この男はお前の敵だ」と、彼の身体の隅々までもが稲妻の走るように訴えかける。
しかし、彼はそういった直感より、相手をまだ何も知らないという論理、そして命令を遂行すべきという理性を重視する精神性であった。
「お会いできて幸甚に思います。私はオーリン、暁光王国の、男爵ペデールの息子です。そこの女はメリッサ、私の従者です」
「オーリン……そうか。わしの名前は、まあ言わんでもそのうち分かるだろう」
「お名前を頂くことは、できない事情があるのでしょうか」
「まあそうだな。あとで言ったほうがさぞ面白いだろう」
「はあ」
「で、何の用かね。いや、だいたい見当はついているがな」
兵家は話を促した。
「おそらくお察しの通りです。私たち暁光王国は、貴殿が加わられることを強く望んでおります」
「そうはいうがね」
隻眼の兵法家はあごをなでる。
「貴殿はわしが誰であるか知っていないだろう」
「失礼ながら……断片的にしか存じ上げておりません。しかしながらそれは、貴殿についての手がかりが意図をもって隠されているからであると考えます」
「そうだな。しかし知らないには変わりはないだろう」
厳しい指摘。
「ごもっともで……私の非才につきましては深く反省いたします」
「まあいいか。あとで分かったほうが面白いしな」
言うと、兵法家はグフフと怪しい笑い方をする。
「で、本題に入ろうか」
「ぜひとも」
「むう、そうだな、実はわしは、最近欲しいものがあってな」
探し物か。
オーリンは「物で済むなら安い仕事だ」と内心考えた。
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