第33話・おやじの暗躍のような何か

 ここからは、オーリンが後から知った話。

 ペデールは思う。息子の心配はもっともだ。

 エレノアは頭の悪いほうではない。過去の戦歴から具体的な点を見るなら、例えばオーリンとの模擬戦や先日の灯火国迎撃戦の水攻め工作――つまり「火計等の心配のない場面」で、「火に弱いがそれ以外高性能な」ミレーベル兵装を使っている。

 これを偶然ととらえるかどうかは人によるだろう。しかしペデールは、それを意図を持ったものだと解する。すなわち、兵装について弱点を突かれず、それでいて特性を最大限活かした運用を行ったものだと考える。

 とすると、エレノアは少なくとも、状況に応じて最適な装備を投入するだけの頭はあるという結論になる。

 模擬合戦にしろ、一対一の剣術試合にしろ、相手があのオーリンだったから――自分の息子をそのように称するのは気が引けるが――惨敗したように見えるだけで、彼女の頭脳は決してナマクラではないし、剣の腕も、別段剣士として優れているわけでもないペデールが、容易に勝てるような相手ではないだろう。

 そしてそれは、戦場における用兵でも同じ。かたや武門に生まれ、指揮官としての才能に恵まれ、または開花し、二つ名で呼ばれるほどの女。かたや、一応有事の際には部隊長もこなすが、基本的に名将と呼べるほどの戦功は挙げたことがなく、決して愚鈍やボンクラの類ではないものの、到底戦上手とはいいがたい中年男。

 まともに戦ったところで、勝ち目がないのは明白。

 そう、「まともに戦えば」勝ち目はない。

 だから相手の思いもよらないところから切り崩す。

 この模擬合戦、趣旨として、あくまでも実戦を可能な限り想定している。その一環として、例えば戦いの前の兵集めや編制も、各々の大将が手配したり整えたりしている。

 つまりこの戦いは、趣旨的に盤外戦を許容している。

 とすれば、ペデールが勝つためにやることはただ一つ。盤外戦である。

 彼は一覧表を見ながら、行くべき場所を見定めた。


 模擬戦当日。

 ペデールは泰然として本陣から自軍を見る。

 ごく普通の軍団である。槍、弓、弩、いずれも装備や比率、練度に見るべき点はない。

 もしこれらの点に策略が隠れているのならば、ペデールは息子を超える水準のすさまじい策士といえるだろう。

 しかし、現実としてそうは思えなかった。

 それはエレノアも同じだったようで。

「うーん……むむ、オーリン殿の父君にしては……」

 割と失礼なことを口走りながら、困惑しきっていた。

 だが、ペデールはその様子と敵陣の面子を見て、泰然を超えてニヤニヤしだす始末。

「ふふ、若者よ大いに困惑すればよい。戦う前から分かる。これはわしの勝ちだ」

「むむ……? 意味が分からないな」

 深まる困惑をよそに、立会人が「模擬戦、始め!」と号令をかけた。


 ペデールのニヤつきがどういう意味か、始まってから明らかになった。

 開始早々、エレノア軍団の大半が丁寧にも総大将への道を開け、敵を目の前にして呑気にも休息に入ったのだ。

「お、おい、何をしている、敵の目前だぞ!」

 にわかに慌てるエレノア。

 その道を悠然と迫るペデール軍。もちろん、彼の軍にそのような不届き者はいない。

「何をしているんだ、真面目にやらないと模擬戦にならないぞ!」

 再三の喝にもかかわらず、兵や部隊長はどこ吹く風とばかり、怠業をやめる気配がない。

 そして、エレノアがペデール軍の飛び道具の有効射程に入る。

「おい、これはちょっと――」

 模擬矢の雨が彼女個人を襲う。

「ぐわっ、がっ、あああぁ!」

 模擬とはいえ、当たるとかなり痛い。彼女が倒れる前に、立会人が「やめ、ペデール殿の勝利!」と合図を出した。


 ペデールは一体何をしたのか。

 敵兵に一服盛ったのか、気力を失わせる気体ほか何かを流したのか、戦闘開始と同時に士気を完全に喪失するものを見せたのか。

 いずれも外れである。答えは「エレノアが借りた将兵に、伝手や縁を駆使し、事前に話をつけて怠業を約束した」である。

 前に説明した通り、この訓練としての模擬戦は、事前準備もその一部である。要するに大将となる士官の教育や鍛錬でもある。

 そこに彼は目を付けた。盤外戦も許容する趣旨を利用し、戦いの前に、まともな戦いを成立させないまでに工作を仕掛け、敵軍団を張りぼての状態にしたのだ。

 相手はなんだかんだ言って、かの高名な戦乙女。まともな戦いが始まっては、勝ち目は完全に無くなる。完膚なきまでに突き崩される。

 だからそうなる前に、盤外戦で手を打った。術策、というより調略により、正面きっての戦いを回避し、試合の外だけでほぼ完結するように調整した。

 では、なぜそこまでして彼はエレノアに勝とうとしたのか。功名心、はたまたオーリンに嫉妬しての年甲斐もない対抗心?

 違う。むしろオーリンとエレノアが円滑に結ばれるための証明活動。いつか結婚の話が出てきたときのために、夫となる者の父親もいかに立派な人物か、その証を立てる必要がある。少なくともペデールはそう踏んだ。

 仮に相手がエレノアでなく、コーネリア、ほか未知の貴族だったとしても、舅がひとかどの人物であることを示すのは、決して不利益ではあるまい。

 そのため、ペデールは多少無茶な行動に踏み切り、強引に成果を挙げたのだった。


 それを聞いたエレノアは。

「フヘヘ、つまりペデール殿は私とあのお方の仲を祝福すると解してよろしいでしょうか」

 にわかに相貌を崩した。

 正直気持ち悪い、とペデールは思った。

「祝福するかどうかは、愚息の意思によるな。あやつが真に戦乙女殿に惚れ、結婚を考えたときは、わしからは素直に祝福しよう」

 率直にいうと、ペデールとしては、武の名門であるエレノアの一族と縁戚になることをオーリンに勧めたかった。しかし彼は、この時代の貴族としては珍しく、息子の結婚は息子自身の意思をある程度尊重したいと考えるものであった。

 もちろん、コーネリアをないがしろにすることへの抵抗感もあった。彼女がオーリンに懸想していることを、彼は昔から知っている。

 ともあれ結局は、オーリン自身の意思次第。武門の名家との縁がもし閉ざされたとしても、父親としては息子が自身の力で自らの地位を築いてほしいと願う。

 それが正道でもあるから。

「フヘヘ、これはペデール殿がお義父様となる日も近いですねフヘヘ」

 戦乙女は気持ち悪さを隠さなかった。

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