第32話・おやじ

 軍略者の謎はひとまず保留にし、本題に入る。

「それで、いったい何を頂けるのでしょうか」

 オーリンは尋ねる。

「ふふ、貴殿によく似合うものだぞ」

 言って、エレノアは袋から何かを取り出す。

「これは……帽子?」

 見れば、鍔も縁もない簡素な帽子。四角を並べたような模様をしている。

 我々の世界でいうベレー帽に似ているが、模様は市松模様に近い。

 そして、少なくともこの世界の人間であるオーリンにとっては。

「なかなか良さそうですね」

 そう悪くもないものであった。エレノアの美的感覚を疑うような流れになれば、オーリンとしては面白かったのだが、さすがにそこまで彼女はポンコツではなかったようだ。

「そうだろう。なにせコーネリアに協力してもらったからな」

「そうだぞ。私が協力したんだから、変なもんは選ばねえぞ」

「なるほど」

 それなら確かに大外れはしなさそうですね……と彼は言いたかったが、のどまで出かかって我慢した。今回、オーリンは贈り物をもらう立場だからだ。

「これは良さそうです。エレノア殿、ありがとうございます。大切に使わせていただきます。うん、良い感じですね」

 彼がその場で被ると、彼女は満面の笑み、というかふにゃふにゃした笑みを浮かべた。

「エヘヘ、似合っているぞオーリン殿、フフフ」

 彼は彼女の、普段の様子からだいぶ離れた笑い方に気持ち悪さを感じたが、その言葉をのど元まで出して我慢した。理由は省略する。

「……エレノア殿がご満足で良かったです。今後もありがたく使わせていただきます」

「それがよいぞフフフ」

「あとコーネリアも、わざわざエレノア殿に付き合ってくれてありがとう、すまんな」

「いやあ私は別に、気にすんな」

 実際、コーネリアは別に無理強いされたり、追い込まれてエレノアに協力したのではないのは分かっている。

 しかしそれでも礼は言わなければならなかった。

「そうか。ではコーネリアが気にならない程度に気にするとしよう」

「……よく分からんが、めんどくせえ男だな」

「知らなかったのか」

「知らないわけねえだろ。全く、そういうところが面倒なんだ」

 口ではそう言うものの、コーネリアは少しだけニヤついていた。


 その日も、終業後、オーリンは第一王女に呼ばれた。

「オーリン参上しました」

 言って、彼は彼女に頭を下げる。

「やあオーリン。進捗はどうだい?」

「進捗も何も、特に拝命しておりませんゆえ」

 彼は頭をかく。

「……ああ、このところの私室会議の状況は、かなり良くないでしょう。フーヴァー侯爵は懐柔され、ジャスリーにはエレノア殿が襲撃され、キャロラインの引き抜きには失敗しています。加えてジャスリー側は、誰とも知れぬ兵法家の取り込みをなそうとしています」

「そうだね」

「率直にいって、私室会議とジャスリー周辺を比べてみるならば、こちら側のほうが失敗続きというべきでしょう。……ですが」

 彼はそこで視点を変えた。

「争っているのは、私室会議とジャスリー一党という単位ではありません。これは間違いなく、国同士の問題というべきです。その観点からいいますと、フーヴァー侯爵の出奔以外は、そこまで我らの国は痛手を負っていないと解すべきです。エレノア殿の襲撃も、結局は撃退しているのですから」

「なるほどねえ」

「ついでに思ったのですが」

 彼は向き直った。

「王都の警備を強化すべきです」

「おや。……まあ確かにフーヴァーの件も、エレノア襲撃事件も、厳重な警備があれば防げたかもしれないね」

「そういった暗殺者や不審者の見回りだけでなく、王都門の検問を強化して、そもそも中に入れなくさせたり、内々の密談防止のためにも、貴族の行動に対しても裏で警戒を強化したりとか、そういったことをすべきではないでしょうか」

「焼け石に水の気がするけどね」

「おっしゃる通り、あまり効果はないでしょう。相手は少なくとも、これまでの警備網は突破してきていますゆえ。……ただ、何もしないよりは何かをすべきです、そうすることによって少しでも陰謀を阻止しうるなら、実行すべきと考えます」

「うーん」

 王女はしばらく腕組みしたのち、しぶしぶといった体でうなずいた。

「分かった。今度、国王陛下に進言しよう」

「私も大きな効果が上がるとは思っておりませんが、この状況ならそうすべきではないでしょうか」

「まあその通りだね。もっともだ。それからジャスリーが近づいている兵法家の件についても、こちらでも調べを続けている。何かあったら教えるから、オーリンも注視していてほしい」

「承知しました。私としても、間者を介して調査を続けております」

「よろしい。下がってもいいよ」

 彼女はいつものように、上品に紅茶を味わい始めた。


 しばらくは、あまりの静けさに不安なまでに、何事もない日々が続いた。

 ジャスリーは水面下で活動しているのだろうが、オーリンたちからは容易にはその動向をつかめない以上、「何事もない」とするしかない。

 その一時の凪において、ペデールがオーリンに自慢げに言った。

「今度、わしとエレノア嬢とで、模擬合戦をすることになったぞ」

「模擬合戦……兵たちの訓練の一環ですか」

「左様。訓練の一環とは確かにそうだが、わしの軍才を広く世に示す時が来たぞ、ふふふ。それにお前の妻になるかもしれない人間に、少しはしゃんとしたところを見せんとな」

 やたら上機嫌なペデール。

「エレノア殿が私の妻にって、そういう縁談でも来ているのですか」

「お相手の家は乗り気だそうだぞ。正式な申し込みはないが」

「そうですか。それより、相手はエレノア殿なのでしょう。生半可な準備と見通しでは歯が立たないと思いますが」

 実際、彼女は決して頭が悪いわけではない。むしろ現場での指揮、司令術は巧いの一言に尽きる。そのあたり、戦乙女の二つ名は伊達ではない。むしろ付くべくして付いた異名である。

「亀の甲より年の功、わしにも策ぐらいある。心配するな。エレノア嬢のご両親に、我が一家がどれほどのものか、そして結婚にふさわしい家であるか否か、嫌というほど分からせてきてやろう」

「大丈夫ですかね……」

 オーリンは頭を抱えた。

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