第31話・こらえきれないもの

 事前にオーリンや第一王女の補助があったので、コーネリアは面倒な面会約束の取り付けに煩わされず、灯火国に行ってすぐにキャロラインに会うことができたようだ。

 しかし結果から言うと失敗とのこと。

「あの女、本当にふざけたクソ女ですよ、姫様」

 コーネリアが憤然とした様子で、私室会議で結果を報告する。

「コーネリア、いったいどうしたんだい。きみがそこまで腹を立てるなんて。失敗の申し訳なさより、怒りを先に出すとは、きみにしては尋常なことではないよ」

 第一王女が美しい眉を八の字にして彼女に声を掛ける。なおオーリンも同じ感想だった。

「そうだぞコーネリア。俺がそうするならともかく、お前がやるのはガラじゃないな。何かあったのか?」

「オーリン……」

 一瞬彼女は切なげに彼を見たあと、王女に向き直った。

「失礼しました、王女殿下。まず己の不手際を恥じて詫びるべきでした」

「いや、そこまで気にしてないし怒る気もないよ。ただ、心配なだけで」

 言うと、王女は紅茶に口を付ける。

「で、どういった事情だったんだい?」

「まとめると、最初からキャロラインはジャスリー以外の誰かに付くつもりがなかったようです。説得の間中、散々おちょくられました」

「ほう? ジャスリーに忠誠心を持っているのかな。風聞の限り、そういう人物には思えないけどねえ」

「キャロラインは野心があると同時に、寝返りが持つ意味を理解しているみたいでした。そうそう何度も与する側を変えるべきではない、という考えがうっすら見えるような感じでした。ちなみに残りの全てはおちょくりに注がれていました。あのクソ女が!」

「おお、落ち着こうよ。……しかしなるほど。それは忠誠心ではないけど、断る理由にはなるね。寝返りは信用を失う一手。そう簡単に実行するわけにはいかない。それはそうだね」

「その通りです。キャロラインも全く同じ考えだったように思えました」

 そこでオーリンがふと疑問に思い、割り込む。

「失礼ながら。コーネリアが激怒した理由、そのきっかけとなったことについて、何も報告がないのですが、問うべきではないでしょうか?」

 言うと、なぜか彼女は顔を赤らめる。

「オーリン!」

「なんだコーネリア。その辺り、何も説明していないのは事実だろう」

「そうだけどよ……」

 しかし、なぜか第一王女はそれを制止した。

「オーリン、女には聞かなくてもいいことがあるんだよ。それにだいたい察しはついている。この話の中で無数に、それを推測する手がかりはあったからね」

「はあ……私には非才ながら、さっぱり分からないのですが、そうでしょうか?」

「そうだよ。これは主君である私が分かっていれば支障ない。オーリンには知られたくないだろうし」

「そういうものですか」

 釈然としないながらも、彼はとりあえずうなずいた。


 オーリンがあとから知った話によると、コーネリアは彼に関することでも、散々おちょくられていたらしい。

 いわく。

 ――私はあなたのような「一途な」人間ではないのは確かです。しかしそれは、一人に執着し、つきまとって足を引っ張るような人間ではない、という意味でもあります。

 ――さすがは誠意の持ち主ですね。どこかの臆病者につきまとって秋波を送っているだけあって、言うことがいちいち薄っぺらいようです。

 ――いやいや、臆病者はクズでしょう。あなたの挙げた、「愛しの君」の長所とやらは、全て陰湿な計略を使うという点を考えれば、到底前向きに考える要素などないはずです。

 ――あなたは恋慕の情で、物の道理がよく見えていないご様子です。しかもよりによって臆病者オーリンに惚れるとは、もしかして最初から物の道理など何も見えていないのかもしれないですね。興味深い。

 コーネリアが自分に懸想をしているとはあまり思えないが、いずれにしても、親しい人間をここまでこき下ろされたら、それは腹が立つというもの。

 彼自身もこの内情を知ったときには、機会があれば、手段を問わず、後で必ずキャロラインを討って雪辱を果たそうと決意した。


 表向きは平和な日々が続く。

 ジャスリーが裏で策動を続けているのかもしれない。しかし、工作をかけている相手の軍学家が誰なのか分からない以上、オーリンの側としても、まだ具体的に動くことはできない。

 そんな中、オーリンの許にエレノアから手紙が来た。

「先日、ジャスリーとの戦いで助けてくれた礼に、贈りたいものがあるので、広場の英雄像の近くで待ち合わせをしたい。なおコーネリアも同席する」

 簡潔にまとめると、そのような内容であった。

「贈りたいもの……?」

 エレノアのことだから、何か珍妙なものを自分は贈られるのではないかと彼は危惧した。

 ……しかし考え直した。

 エレノアは確かに少しばかり不器用だ。だが、そんな誠意のない馬鹿げた行動をするほどに愚かではない。それはなんだかんだ言ってエレノアと接し続けてきたオーリンには、痛いほどよく分かることであった。

 自分は、「エレノアは間抜けである」という偏見に安易に与し、自分との上下を作ることで、いうなれば安心しようとしていた。それは端的に言って恥ずべきことである。今後改めなくてはならない。

 それにコーネリアも同席すると書いてある。エレノアの多少不器用なところは、そのあたり弁えている彼女が補うであろう。

 彼は外套をまとい、オンボロ馬車など使わず自分の足で向かう意思で、邸宅を出た。

 ……以前、彼女がコーネリアとともに贈り物を選んでいた、その現場を見たことを、彼はすっかり忘れていた。エレノアに関することだから仕方がないのだろう。


 空気が少しばかり冷えている。外套を着て正解だった。

 彼は今後の見通し、というか敵の動向に思いを巡らす。

 ジャスリーと接触している兵法家。いったい誰なのか。

 彼の把握した情報によれば、その用兵家は現在、在野の者であり、宮中の派閥争いとは今のところ、あまり縁がないという。

 しかし軍学者として実績があるということは、以前はどこかで活躍していたということだろう。そうでなければ「在野の兵家」という表現はおかしいことになる。

 そういえば。

 オーリンは記憶を漁る。

 そういえば、父ペデールが大切な友人を亡くした戦いや、コーネリアが彼女の親しい親戚を討たれた戦い、さらにはオーリンがザイラスらに殿軍を押し付けられた戦いにおいて、灯火国側に優秀な作戦立案者がおり、大いにその腕を振るったという話があった。

 その作戦立案者がジャスリーの懐柔を受けているのだろうか。

 そうだとしたら、その兵法家はなぜ、宮仕えを辞め、しかしてまたジャスリーに拾われようとしているのか。ジャスリーが才を見出すぐらいなら、もっと以前に拾われているか、あるいはそもそも官職を辞する羽目にはなっていなかったのではないか。

 謎ばかりが残る。

 彼が首をかしげていると、やがてエレノアらが来た。

「やあオーリン殿、まさか私を待っていたとは、ずいぶん早いではないか。そんなに私が恋しかったのか」

「どうとでもいえばよろしい」

 これは彼自身の意識として、万事機先を制するという、まさに用兵家の癖、職業病からきている。しかし説明したところであまり意味がないので、彼はあいまいにごまかした。

「それで、なにか私に下さるとか」

「ふふ、まあそう急ぐな。とりあえずそこの長椅子に座ろう」

 言うと、エレノアとついでにコーネリアは、英雄像広場の片隅に向かった。

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